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アイディールに捧ぐ物語  作者: 朝霧唯凪
第二章:紡がれる願い
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episode29:守りたいもの

「ただいまー!」


家に着き、ドアを開けると香ばしい香りが漂ってきた。


「おう!チビお帰りー!!」

「めっちゃいい匂いしますね!」


私はアルゼ様の手元を覗き込む。

フライパンに、手のひらより一回り大きいハンバーグが二個、ジューと音を立てて焼かれていた。

 

「なんか……デカくないですか?」

「そりゃ頑張ったチビへのハンバーグだからな。特大に決まってんだろ。ほら、手洗ってこい」

「はーい」


私は手を洗うと、荷物を置きに部屋に向かう。急に疲れがドッと押し寄せてきた。

カイン、私頑張ったよ─

心の中で私は呟く。


「チビー!ハンバーグできたぞー?」


下からアルゼ様の声が聞こえる。


「はーい!」


私は返事をすると、下に降りる。

テーブルの上にどでかいハンバーグと、パンとスープが置かれていた。


「よし、食べるか!」

「はい!いただきまーす」


手を合わせて、ハンバーグを口に運ぶ。


「んっ!おいひ!」


噛むと肉汁が溢れてきて、私は思わず頬を抑える。


「よかった!……改めまして!チビよく頑張ったな!おつかれ!」

「ありがとうございます!アルゼ様、すごくお世話になりました。アルゼ様がいなかったら私……」


カインがいなくなり、家にも帰れなくなり、アルゼ様がいなかったら、ヴェルディアを目指す気など失せていただろう。


「おいおい、合格発表はまだ先だぜ?まあ、俺様の弟子だから受かってるも当然だけどな!」


アルゼ様は豪快に笑う。


「あ、それから合格発表までは鍛錬やるからな?明日は八時に起きろよ」

「え?六時じゃないんですか?」

「明日ぐらいはゆっくり寝ろよ。緊張して大分疲れたろ。」

「それはそうですけど」


けど、優しさに甘えてそうすることにした。


「そういえば、イアンさんのこと教えてくれるって言いましたよね。」

「あーそうだったな」

「イアンさん、今どこにいるんですか?」

「あいつ、今娘さんとこに帰ってるよ」

「娘さんのところ?」


アルゼ様は、お茶を一口飲んだ。


「一か月前だったかな。階段からこけて骨折したみたいなんだ。」 

「こ、骨折!?」


私は前のめりになる。


「落ち着け。大分良くなってるみたいだから。けど、念を置いて娘さんのところで過ごしてるみたいだぜ」

「……一か月前って。何で言ってくれなかったんですか。」

「イアンに伝えるなって言われてたんだよ。試験のことを配慮してたんじゃねえか?」

「そんな……」


配慮してくれたのはありがたいが、どうしても疎外感を感じてしまう。


「明日でも会いに行くか?着くのに二日ぐらいかかるが」

「二日も……ちなみに娘さんは、どこに住んでるんですか?」

「あーどこだっけな……そうだ、ケイペルだ」


……ケイペルか。

レーゲルトほどは離れていないが、それでも王都からは距離がある。


「どした?行かないのか?」


口を閉ざした私の顔を、アルゼ様が覗き込む。


「合格発表までは、王都内待機ってなってるんです」

「うわ、マジかよ……」


合格発表までは、王都にいなければならない。

これは、何回も試験官に説明されたこと。合格していようと、都内から出た瞬間、辞退したとみなされる。

合格発表前に、追加確認、面談、突発的な再試験が入る可能性があるかららしい。


「理由に納得してないんですけどね。規則は規則ですので……」


ふくれっ面になる私にアルゼ様が言った。


「まあ、しゃーねえわな。でも、これで合格発表が待ち切れなくなったな。」

「……落ちてたらどうしましょ。イアンさんに合わせる顔が……」

「自信満々の顔で帰ってきたやつが何言ってんだよ」

「そんな顔してました?」


無自覚だなぁ……


するとアルゼ様が「あ」と声を漏らした。


「そういえば、合格発表の後ってさ、学園始まる前に数週間休みあるよな?」

「ありますけど……?」

「ならさ、イアンとこ行った後どこか遠出しねえか?」

「行きたいです!!」


私は目をキラキラさせて即答する。


「よしゃ!どっか行きたいとこある?チビが行きたいとこ行こうぜ!」


行きたいとこ……。


一つの場所が思い浮かんだ時、私は唇を噛んだ。


「私、レーゲルトに帰りたい……」


レーゲルト─ずっと帰りたかった場所。ポツリと、本音が出た。

ここに居場所はあるものの、やはり私の帰るべき場所は、お母様と精霊たち、そしてカインと暮らしたレーゲルトなのだ。


「チビ」


アルゼ様が真剣な面持ちで私を呼ぶ。


「そこは、やめとけ」

「……え?」


賛成してくれるかと思った私は、驚愕する。


「どうしてですか?」

「今は……言えない」

「納得できません……」


思わず強い口調になってしまう。

アルゼ様は一瞬だけ視線を逸らし、コップの中のお茶を見つめた。


「納得しなくていい」

「……っ」


それは、いつものアルゼ様らしくない言い方だった。


「帰りたい気持ちは分かる。俺だって、故郷に帰りてぇ時はある」

「だったら──」

「それでもだ」


言葉を遮るように、低く言われる。


「今は帰ったらダメだ」


胸が、ぎゅっと締めつけられる。言い返そうと口を開いた、その時だった。

アルゼ様が、ほんの一瞬だけ視線を伏せる。

さっきまでの強い口調とは違う、どこか弱ったような横顔。


「……悪い」


低く、短い一言。


「本当は、こんな言い方したくねぇんだけどな」


そう言って、アルゼ様は苦笑した。

けれどその笑みは、いつもの豪快なものじゃない。


「でも……今は、守りたいもんが多すぎる」


その言葉の意味は、やっぱり分からなかった。

魔力探知に引っかからないことを、誰にも言ってはいけないこと。故郷に帰ってはいけないこと。

どちらも理由は、教えてくれない。

それでも─アルゼ様の顔が、あまりにも悲しそうで、それ以上、何も言えなくなった。


ベッドに横になった後も、アルゼ様の悲しげな顔が頭から離れなかった。


守りたいもんが多すぎる─


しかし、その意味を知るのは、きっとまだ先だろう。

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