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アイディールに捧ぐ物語  作者: 朝霧唯凪
第二章:紡がれる願い
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episode26:氷霧の中で

強風が巻き起こり、飛ばされないように必死で踏ん張る。

耐えれば強風は問題ないが、土埃でシェルフィーネの姿が完全に見えなくなってしまった。


どこ行ったのかしら……。


魔力探知を試すけど、潜伏が上手いのか反応が何もない。

警戒しながら土埃が薄くなるのを待っていると、ようやく視界が開けてきた。その瞬間、背後に鋭い殺気が走り、慌てて防御魔法を展開する。ガツン、と重い衝撃が響き、腕が痺れた。

振り返ると、シェルフィーネが魔法で作った剣を振り下ろしていた。


「……よく気付きましたわね」

「あなた、殺気出しすぎなのよ……!」


距離を取って氷の槍を放つも、簡単に防がれる。


「もっと威力だせー!」


遠くでアルゼ様が叫んでいる。


「そんなこと言われても困ります!てか、どうしたら攻撃やめてもらえますかね!?」

「一撃いれろー!!」


……無茶言うなぁ!!

でも、このままじゃジリ貧だ。反撃しないと確実に魔力が削られる。

必死に隙を探し、さっきの攻撃を思い返す。


……あれ。


なんであの背後からの攻撃、あんなに遅かったの?

私はハッとして、この前アルゼ様に言われたことを思い出す。

どうやら、不思議なことに私は魔力探知に反応しないらしい。

魔力探知というものは、わずかな魔力しかもたない植物にも反応するが、基本的にはある一定量の魔力をもった物に制限して反応する。

私の魔力が、植物以下ということは決してないが、魔力探知に引っかからない特異な性質を持っているようだ。

つまり、土埃で視界を失ったシェルフィーネは、魔力探知に頼りすぎたあまり、私の位置を正確に捉えられなかったのだ。


「白く霞め、氷の霧よ──我が姿をもて隠せ」


唱えた瞬間、足元から白い霧がふわりと立ち上り、視界も音もかすんで、私の輪郭は空気に溶けていく。

氷霧による透明化。


……魔力探知頼りのあなたに、この一手は見えるかしら。


私は姿を隠したまま、魔力探知を行うシェルフィーネの背後に立つ。

しかし、今の私のレベルでは、氷魔法は一つしか保持できない。攻撃するにはこの潜伏魔法氷幻霧(レヴィオラ)を解除しなければならない。

一撃入れなきゃ……!

私は氷幻霧(レヴィオラ)を解除すると、


「凍れ、氷の刃となりて、汝を切り刻め─」


すぐに氷裂風刃(リストフ)を唱えた。途端に周りの空気が凍って氷の刃となり、シェルフィーネに降り注ぐ。

シェルフィーネはすぐ防御を張ったものの、一部がすり抜けて彼女の服の裾を裂いた。しかし─


「まだまだですわよ」


彼女はそんなことを気にせず、私に風の刃で切りかかろうとする。

風の刃が再び迫った瞬間、私は手に冷気を集中させた。刹那、氷の刃が私の手元で形成され、握りしめていた手の中から飛び出す。


「……っ!?」


鋭い氷の槍が、シェルフィーネの防御の隙間を突き、肩口をかすめる。

彼女は驚きの声を上げ、慌てて防御を固めるが、その反応のわずかな遅れが私には好機となった。


「今よ……!」


私は氷裂風刃(リストフ)の残りの魔力を一気に集中させ、前方に広範囲の刃を放つ。

さすがのシェルフィーネも広範囲の攻撃に耐えきれず、地に膝をついた。


「勝負ありね」


だが、まだ余力があるよう。彼女は、人差し指を上へと掲げる。途端に嫌な感じがする。


「な、なに……?」


身構えていると、


「はい、おつかれー」


アルゼ様が、私とシェルフィーネの肩を叩いた。


「アルゼ様……」

「シェルフィーネももういいぜ。そんな大技したらお前の体が持たんぞ。」


大技!?

私はギョッとして身を引く。

何をしようとしてたんだ……?


「ですが、アルゼ様!私、あなた様に奥様ができるなんて許せませんわ!!」

「奥様なんて言ってないですよね」

「あーやっぱ、こいつとは合わないみたいだー。よし、別れるかー」

「はい?」


アルゼ様は、棒読みで言うとシェルフィーネを立たせる。


「シェルフィーネ。俺はもう独身になった。何も心配はいらないぞ」


そんなんで信じるわけ……


「あぁ、アルゼ様。良かったですわ。これで私には、もう戦う理由がなくなりました。」


あまりの変わりように、私はついていけなくなる。


「シェルフィーネ疲れたろう。ゆっくり休んでくれ。」

「……はい、アルゼ様」


シェルフィーネは、空気に溶け込むように消えていった。私はようやく息をつけるようになり、ホッとする。


「チビもお疲れ様。上位精霊相手によくやったな」

「めちゃくちゃ疲れました……」


まだ胸の高鳴りはおさまっていない。


「それにしても自分が魔力探知に引っかからないこと、よく思い出したな」

「隙を探すのに一生懸命でしたからね。というか何で引っかからないんでしょう。」


すると、アルゼ様は「うーん」と唸る。


「もしかして、死んでるとか?」


私は呆れてアルゼ様を見る。


「変なこと言わないでください。そんな訳ないでしょ。そもそも魔力探知って、完全に反応しないこととかあるんですか?」

「いやあ、誰かに妨害魔法かけられてたら反応しなくなるけど、そんなことできるのは……」


そこでアルゼ様は、目を見開いて固まった。


「どうしたんですか?」

「……いや」


何か様子がおかしいアルゼ様。何かを考え込むように空を見上げると、見たことないほどの真面目な顔で言う。


「チビ。これから約束だ。魔力探知に反応しないことは、誰にも話したらダメだ。」


急な話に、私は戸惑う。


「で、でも戦闘中とか気付かれるんじゃないんですかね?」

「そん時はそん時ではぐらかせ。いいな?」 


いつにも増して真剣なアルゼ様に、私は頷くしかなかった。

 

その後は、いつものように調子が戻ったアルゼ様と軽く魔法の鍛錬をし、シェルフィーネの力を借りて、家へと帰った。


その日の夜、ベッドに入っても、心はまだざわついていた。

シェルフィーネとの戦闘、魔力探知に引っかからない自分、そしてアルゼ様の真剣な表情。


「誰にも話すな」


その言葉の意味が、まだ完全には分からない。

でも、何か大きな秘密が自分を取り巻いていることだけは感じられた。

明日になれば、また一日が始まる。

そのとき、私は一歩ずつ、自分の道を探していくのだろう。 

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