episode26:氷霧の中で
強風が巻き起こり、飛ばされないように必死で踏ん張る。
耐えれば強風は問題ないが、土埃でシェルフィーネの姿が完全に見えなくなってしまった。
どこ行ったのかしら……。
魔力探知を試すけど、潜伏が上手いのか反応が何もない。
警戒しながら土埃が薄くなるのを待っていると、ようやく視界が開けてきた。その瞬間、背後に鋭い殺気が走り、慌てて防御魔法を展開する。ガツン、と重い衝撃が響き、腕が痺れた。
振り返ると、シェルフィーネが魔法で作った剣を振り下ろしていた。
「……よく気付きましたわね」
「あなた、殺気出しすぎなのよ……!」
距離を取って氷の槍を放つも、簡単に防がれる。
「もっと威力だせー!」
遠くでアルゼ様が叫んでいる。
「そんなこと言われても困ります!てか、どうしたら攻撃やめてもらえますかね!?」
「一撃いれろー!!」
……無茶言うなぁ!!
でも、このままじゃジリ貧だ。反撃しないと確実に魔力が削られる。
必死に隙を探し、さっきの攻撃を思い返す。
……あれ。
なんであの背後からの攻撃、あんなに遅かったの?
私はハッとして、この前アルゼ様に言われたことを思い出す。
どうやら、不思議なことに私は魔力探知に反応しないらしい。
魔力探知というものは、わずかな魔力しかもたない植物にも反応するが、基本的にはある一定量の魔力をもった物に制限して反応する。
私の魔力が、植物以下ということは決してないが、魔力探知に引っかからない特異な性質を持っているようだ。
つまり、土埃で視界を失ったシェルフィーネは、魔力探知に頼りすぎたあまり、私の位置を正確に捉えられなかったのだ。
「白く霞め、氷の霧よ──我が姿をもて隠せ」
唱えた瞬間、足元から白い霧がふわりと立ち上り、視界も音もかすんで、私の輪郭は空気に溶けていく。
氷霧による透明化。
……魔力探知頼りのあなたに、この一手は見えるかしら。
私は姿を隠したまま、魔力探知を行うシェルフィーネの背後に立つ。
しかし、今の私のレベルでは、氷魔法は一つしか保持できない。攻撃するにはこの潜伏魔法氷幻霧を解除しなければならない。
一撃入れなきゃ……!
私は氷幻霧を解除すると、
「凍れ、氷の刃となりて、汝を切り刻め─」
すぐに氷裂風刃を唱えた。途端に周りの空気が凍って氷の刃となり、シェルフィーネに降り注ぐ。
シェルフィーネはすぐ防御を張ったものの、一部がすり抜けて彼女の服の裾を裂いた。しかし─
「まだまだですわよ」
彼女はそんなことを気にせず、私に風の刃で切りかかろうとする。
風の刃が再び迫った瞬間、私は手に冷気を集中させた。刹那、氷の刃が私の手元で形成され、握りしめていた手の中から飛び出す。
「……っ!?」
鋭い氷の槍が、シェルフィーネの防御の隙間を突き、肩口をかすめる。
彼女は驚きの声を上げ、慌てて防御を固めるが、その反応のわずかな遅れが私には好機となった。
「今よ……!」
私は氷裂風刃の残りの魔力を一気に集中させ、前方に広範囲の刃を放つ。
さすがのシェルフィーネも広範囲の攻撃に耐えきれず、地に膝をついた。
「勝負ありね」
だが、まだ余力があるよう。彼女は、人差し指を上へと掲げる。途端に嫌な感じがする。
「な、なに……?」
身構えていると、
「はい、おつかれー」
アルゼ様が、私とシェルフィーネの肩を叩いた。
「アルゼ様……」
「シェルフィーネももういいぜ。そんな大技したらお前の体が持たんぞ。」
大技!?
私はギョッとして身を引く。
何をしようとしてたんだ……?
「ですが、アルゼ様!私、あなた様に奥様ができるなんて許せませんわ!!」
「奥様なんて言ってないですよね」
「あーやっぱ、こいつとは合わないみたいだー。よし、別れるかー」
「はい?」
アルゼ様は、棒読みで言うとシェルフィーネを立たせる。
「シェルフィーネ。俺はもう独身になった。何も心配はいらないぞ」
そんなんで信じるわけ……
「あぁ、アルゼ様。良かったですわ。これで私には、もう戦う理由がなくなりました。」
あまりの変わりように、私はついていけなくなる。
「シェルフィーネ疲れたろう。ゆっくり休んでくれ。」
「……はい、アルゼ様」
シェルフィーネは、空気に溶け込むように消えていった。私はようやく息をつけるようになり、ホッとする。
「チビもお疲れ様。上位精霊相手によくやったな」
「めちゃくちゃ疲れました……」
まだ胸の高鳴りはおさまっていない。
「それにしても自分が魔力探知に引っかからないこと、よく思い出したな」
「隙を探すのに一生懸命でしたからね。というか何で引っかからないんでしょう。」
すると、アルゼ様は「うーん」と唸る。
「もしかして、死んでるとか?」
私は呆れてアルゼ様を見る。
「変なこと言わないでください。そんな訳ないでしょ。そもそも魔力探知って、完全に反応しないこととかあるんですか?」
「いやあ、誰かに妨害魔法かけられてたら反応しなくなるけど、そんなことできるのは……」
そこでアルゼ様は、目を見開いて固まった。
「どうしたんですか?」
「……いや」
何か様子がおかしいアルゼ様。何かを考え込むように空を見上げると、見たことないほどの真面目な顔で言う。
「チビ。これから約束だ。魔力探知に反応しないことは、誰にも話したらダメだ。」
急な話に、私は戸惑う。
「で、でも戦闘中とか気付かれるんじゃないんですかね?」
「そん時はそん時ではぐらかせ。いいな?」
いつにも増して真剣なアルゼ様に、私は頷くしかなかった。
その後は、いつものように調子が戻ったアルゼ様と軽く魔法の鍛錬をし、シェルフィーネの力を借りて、家へと帰った。
その日の夜、ベッドに入っても、心はまだざわついていた。
シェルフィーネとの戦闘、魔力探知に引っかからない自分、そしてアルゼ様の真剣な表情。
「誰にも話すな」
その言葉の意味が、まだ完全には分からない。
でも、何か大きな秘密が自分を取り巻いていることだけは感じられた。
明日になれば、また一日が始まる。
そのとき、私は一歩ずつ、自分の道を探していくのだろう。




