episode25:白銀の狂風
「ん……」
差し込む朝日に目を細めて起き上がる。ついにヴェルディア、入学試験まで後一週間となった。今日も六時に起きる。
「おはようございます、アルゼ様。」
パティオドアをガッと開けて、筋トレ中のアルゼ様に挨拶をする。
上半身裸のことなんかもう慣れた。慣れたくなかったけれど!
「おはよう、チビ。」
「もう15歳です。チビじゃありません」
「いいや、お前がばあちゃんになろうと、俺からするとずっとチビだ。」
ずっとこのやり取りをしている気がする……。
「それにしても、遠慮なくドア開けれるようになったなあ。少し前までは、あんなに恥ずかしがってたのに。」
「引いてただけなんで!そこ勘違いしないでください!」
私は、ドアを閉めると朝食の準備をしにキッチンへ向かう。
気付けば、朝食は私が毎日準備するようになった。パンを二人分焼いて食卓に並べる。そのタイミングで、アルゼ様がやってきた。
「毎日すまんのう」
ジジくさいセリフを吐きながら向かい側に座る。
「ルーティンになったので大丈夫です。今日は何をしますか?」
「うーん、今日はなあ……」
腕を組んで何やら考えるアルゼ様。
「何もすることねえや」
「はい?」
「だってもうチビは、俺様が思う基準をかなり超えてるわけ。何教えたらいいか分かんない」
褒められるのは嬉しいけど、後一週間しかない。何もしない訳にはいかない。
「あ、なら西の森行きませんか?」
この一年、庭で鍛錬してきたが、結界を張っていると言っても限度があるし、そろそろ本当の威力を試したい。
「渋ってたのに行ってもいいのか?」
「はい。そういえばアルゼ様って精霊いないんですか?」
契約していない場合もあるが、アルゼ様程の人なら精霊を従えているだろう。
しかし、アルゼ様は顔を曇らせた。
「いや、いるけど……なんで?」
「あの、気にしないでください。私の精霊みたいに、ポンッと投げてくれたらいいなー、なんて思っただけです。」
それを聞いたアルゼ様はため息を着くと、こちらをじっと見た。
「なら召喚するぞ。何があっても知らんからな?」
「え、怖いんですけど……」
「風の精霊シェルフィーネ。ここに司れ─」
そう言った瞬間、アルゼ様の背後からゴゴゴ……と何かが現れる。
「アルゼ様!背後に何かいます!!」
「落ち着け、俺様の精霊だ」
やがて、白銀の髪をふわりと下ろした、やわらかな雰囲気の美しい精霊が姿を現した。途端にアルゼ様に抱きつく。
「ほえ?」
ありえない状況に私は固まった。
「おい、シェルフィーネ!首しまってる!!」
腕をバシバシと叩くアルゼ様。
なるほど、そういうご関係でしたか。
「アルゼ様、さすがに精霊に手を出すのは……」
「おい、変な勘違いしてないか」
アルゼ様は、力づくで引っぺがす。
「だから言ったろ?こいつはこういう奴なんだよ。」
「愛しいアルゼ様。その女誰ですか。」
シェルフィーネが透き通る声で言う。こちらを睨む目に、恐ろしいほどの殺意がこもっているのを見て、鳥肌が立つ。
見た目は清楚系なのに、まさかの束縛系……。
「……あー妹」
「ちょっとアルゼ様!?何を言って……」
アルゼ様が合わせてくれ、という目を向けてくる。
「……なら許しますわ」
さっきまでの表情が嘘だったように、シェルフィーネはニコッと笑うと、アルゼ様の腕に抱きついた。
いやいやいや、怖いんだけど……。
「あーシェルフィーネ、今日はして欲しいことがあってな。」
「せっかくアルゼ様と会えたのに、嫌ですわよ。」
「あれ約束するから。」
「なら仕方ないですわね」
……あれって何?
「じゃあ、チビと俺様を西の森まで飛ばしてほしいんだが、できるか?」
「可能ですが……チビとは?」
「あーすまん、間違えた。妹と俺様を飛ばしてほしい」
「……分かりました」
シェルフィーネは、頷くと人差し指を唇に当てた。
「西の森入口で下ろしますわね。良いお空の旅を。」
「ちょっ、今かよ!」
アルゼ様が慌てて上着を羽織る。
あれ?なんかこれデジャヴだぞ……。
気付けば風が巻き起こり、空を飛んでいた。
「うわああああ!!!!」
どうして風の精霊って皆こうなの……!
しかし、腕は相当なもので、すぐ西の森が見えてきた。途端に急降下を始め、目をギュッと瞑る。けれども……
……あれ、スピード止まらなくない?
なぜか私だけ猛スピードで飛んでいて、遥か頭上にアルゼ様がいる。
「くっそ、あいつ……!」
遠くでアルゼ様が何か言っているのが聞こえる。
私浮遊魔法苦手なんだけど!!
死を覚悟したその時、体がフワッと浮いた。そして、そのまま地面に降り立つ。
「おい、チビ。大丈夫か?」
どうやらアルゼ様が、浮遊魔法を掛けてくれたよう。
「大丈夫ですけど……私殺されるところでしたよね?」
これはさすがに笑えないようで、アルゼ様も冷や汗をかいている。
「危なかったな……」
「アルゼ様いなかったら死んでました。ありがとうございます。」
息を整えて西の森を見上げる。北の森ほど威圧感はないものの、やはり存在感は大きく、木々が茂っている。
「……うっし、行くか!」
「はい!」
私たちは、西の森に足を踏み入れた。
「やっぱ北の森がおかしいんかねぇ」
「ですね……」
中に入ると、北の森とは比べ物にならないほどの清々しい空気が体を包み込む。日光も木々の間から漏れ出て明るく、小鳥がさえずっている。
少し歩くとアルゼ様が立ち止まった。
「ここら辺でいいか」
一応結界を張って、被害が及ばないようにする。
「じゃあ、チビの本気を見たいということで……」
アルゼ様は、指をパチンと鳴らした。すると、現れたのは─
「愛しいアルゼ様。お呼びでしょうか」
まさかのシェルフィーネ。なぜ?……なぜ!?
「おし、シェルフィーネ。紹介する。実はあいつ、俺様の彼女なんだ。」
「はっ?」
驚いて声を漏らしてしまう。
なんてこと言うんだ!?
アルゼ様ラブの彼女が、この後どうするかなんて想像がつくだろう。
途端にピシッと空気が固まった。
「まずいですって!アルゼ様!!」
私が慌てて小声で言うが、もう遅い。
シェルフィーネの笑顔が、スッ……と音を立てて消えた。
「……アルゼ様?いま、なんと?」
空気の匂いが変わる。風が止まり、森の音すら消えた。
やばい。この人ほんとうに怒ってる……!
「だから、あいつ。俺様の彼女だって言ったろ?」
アルゼ様は完全に悪ノリモードでニヤッとしている。
火に油どころかガソリンぶっかけてるって!!
シェルフィーネはゆっくりとこちらを向いた。
さっきまで柔らかかった白銀の髪が、風もないのにふわりと揺れる。
「……なら殺してもいいですわよね?」
「アルゼ様!ほんとに私死んじゃいます!」
おそらくシェルフィーネは、上位精霊。本気を出して飛びかかられたら、防御できるかさえ怪しい。
「本当に命狙いに来る奴の方が、危機感持って戦えるだろ?」
「まだそこのレベルじゃないんですって!!」
「お命頂戴いたしますわ」
シェルフィーネが恐ろしい笑みを浮かべた瞬間、風の刃が飛んできた。
さすが上位精霊。無詠唱で魔法を使ってくる。
「……っ!」
慌てて魔法壁を展開する。しかし、刃の威力は落ちず、ギチギチと擦れ合う嫌な音がする。さらに刃の数は増す。
基本魔法じゃ防御しきれない!
そう思った私は氷魔法の防御魔法を唱える。
「清き氷よ、我を護り、すべてを凍て阻め─!」
地面からペキペキと音がし、氷壁が姿を現した。無事攻撃を防ぎ切り、追撃を警戒して氷壁を溶かすと、シェルフィーネと目が合った。
「わたくしの攻撃を防ぎ切るなんて。なかなかやりますのね。」
そう言いながら指を二本立てて唇に当てる。
「少し本気を出しましょうか」
その瞬間立っていられないほどの強風が巻き起こった。




