episode24:優しさのカタチ
「って感じかなあ」
アルゼ様が話し終えて、一息つく。
「そんなことがあったんですね……」
教えてもらったはいいものの、話の中に気になる点が多すぎる。
「あのー子供出てきましたけど、それって私のことですかね?」
「わっかんないけど、そうじゃねえの?」
兄妹がいるとは聞いたことがなく、お父様と別居していた記憶も全くない。それに、お母様のことも気になる。誰が私を産んだのよ?
「なんか混乱してるみたいだな」
「不可解な点が多すぎて……」
「んまあ、アーサーさんも隠してること色々あったっぽいしなぁ……」
「というか!」
私はアルゼ様を見る。
「キャラ変しすぎじゃないですか?お父様の家出てから何があったんです?」
「んー、何があったんだろなぁ。気付けばこうなってた。」
一人称、俺様って普通ならないと思うんだけど……。
「とりあえず、俺様は話したぞ。聞きたいことは聞けたか?」
「気になるとこあるってか、ありすぎますけど、ありがとうございました。」
アルゼ様の強さは、お父様の指導だったんだなあ。
嬉しくなってニヤニヤしてしまう。
「ニヤニヤしなくていいから、早くシャワー浴びてこい。シャワーは一階な。」
「はーい」
私は食べ終えたお皿を片付けると、シャワーを浴びに向かった。
夜になり、寝る支度をする。歯磨きをしていると、アルゼ様が顔を覗かせた。
「あー明日の朝は、魔法の鍛錬しに森に行くから六時には起きとけよ」
「ほーかいでふ」
「んじゃ、おやすみー」
「ほやふみなさい」
アルゼ様は、去っていった。
森に行くのか……。
アルゼ様の言葉を反芻する。
森っていうのは北の森だろうか。なるべく行きたくない。でもアルゼ様も二度と行かないって言ってたしな……。
考えても分からないので、寝ることにした。部屋の電気を消し、布団に潜り込む。
アルゼ様のことだから、明日の鍛錬キツそうだな……。
そんなことを思いながら、私は目を閉じた。
カーテンの隙間から漏れ出る光で、私は目を覚ました。時間を確認して、支度を始める。
部屋を出ると、物音一つせず、アルゼ様はまだ寝ているようだ。
何か飲み物を飲もうと下に降りる。
そういえばアルゼ様、ツリーハウスで寝てるっぽいんだよな。
ふとパティオドアを開けて、ツリーハウスのある庭を覗き込むと、
「ひっ……」
上半身裸で腕立てをする不審者がいた。パチッと目が合い、ニヤッと笑いかけられる。
「おはよ、チビ」
「ぎゃああ!!」
ドアを慌てて閉める。
何で裸なの!?
不審者─もといアルゼ様は、近くに置いてあった服を着るとドアを開ける。
「おはよ、チビ」
「……おはようございます。何で裸……?」
「裸じゃねえぜ。ちゃんと下は履いてるだろ?」
「……変な理屈押し付けないでください。」
「これは、俺様のルーティンだ。早く慣れることだな。」
そう言うと、「飯にするかー」とキッチンへ歩いていく。
朝から変なものを見てしまった……。
私はため息をつくと、手伝いをしにキッチンへと向かった。
「そういえば、森ってどこの森に行くんですか?」
朝食をとりながら、私は尋ねる。
「うーん、北の森が一番近いが、チビも行くの嫌だろ?」
私はコクコクと、頷く。
「西の森でも行くかねぇ……」
「西の森って、ここからどれぐらいかかるんですか?」
「うーん、二時間ぐらい?」
二時間か……。
「庭では、鍛錬できないんですか?」
ふと気になって聞いてみる。
「おいおい、家をはちゃめちゃにするつもりか?俺様、屋根吹っ飛ばしたことあんだぜ?」
「いや、そんなの自慢されても……」
この家よく耐えてるな……。
「んまあ、めんどくせえし、今日は庭でやるか。」
「いいんですか?」
「ぶっ壊しても、チビ一緒に直してくれるだろ?」
「……まず、ぶっ壊さないようにしましょうか」
ということで、今日は庭での鍛錬となった。
アルゼ様が庭に結界を張り、周りに被害が出ないようにする。
てか、ほんとにこの人なんでもできるな!
「結界張ってるのに、屋根吹っ飛ばしたんですか?」
「威力ミスった」
庭でやらないのか、と聞いたけどすごく心配になってきたぞ。
「まず、チビって短詠唱できんの?」
「……いや、まだです」
「おっけーおっけー。じゃあ、基本の技から確認していこうか!」
「お願いします!」
そうして、鍛錬が始まった。
「うーん、やっぱ魔法の発動がどうしても遅くなるなー」
「……ですよね」
一通りの氷魔法の技をアルゼ様に撃ち込んだ。どうすべきかアルゼ様が悩んでいる。
短詠唱出来なくてごめんなさい……
「とりあえず短詠唱一旦やってみ」
「え?」
なんか物凄いこと言われたような……
「正気ですか?」
「うん。大丈夫、俺様が絶対守ってやるから。」
「……なら」
心臓がバクバクしている。もし、これで習得できたら─
「氷槍─」
周りの空気が急激に冷え、氷の槍が形作られていく。
ペキペキ─
これ行けるんじゃない……?
しかし、急に氷槍が向きを変えた。なんだか体内も気持ち悪い。
槍の先が私の目の前に来たところで魔法壁が展開された。ガツンと言って槍が粉砕された。
「アルゼ様……」
アルゼ様が手のひらをこちらに向けていた。この魔法壁はアルゼ様のものだろう。
「やっぱ難しかったか。どうだった?」
「最初はいけると思ったんですけど、無理でした。」
「そうか。こっちから見ても、体内の魔力が暴走しかけてた。」
体内が気持ち悪かったのは、そのせいか。
「とりあえず、今は詠唱して鍛錬する。自分の課題分かってるか?」
「魔法の操作性が優れていないのと、発動が遅いこと。後は、技数が少ないことです。」
アルゼ様は、腕組みをして頷く。
「ん、大体そうだな。後チビは、魔力をちゃんと攻撃に込められていない。」
「どういうことですか?」
「例えば、さっきの氷槍。詠唱したら魔力から氷が作られるんだが、その魔力が分散しちゃってる。ちゃんと込めてないから威力が落ちるんだ。」
急な難しい説明に、私は混乱する。
「とりあえず、詠唱する時に魔力の流れを意識してみな。それだけでも大分変わると思うぞ。」
「……やってみます」
しかし、意識してもなかなか威力は上がらず、魔力切れになりかけたところで、今日の鍛錬を終了した。
ウッドデッキに座り、落ち込んでいる私のもとに、アルゼ様がやってきた。
「おい、チビ。どうしたんだよ。」
「何も成長できない自分が不甲斐なくて……」
「まだ魔法の鍛錬は、一日目だぜ?」
「分かってるんですけどね……」
「しゃーねーな」とアルゼ様は言うと、私の横に座った。
「チビはさ、自分の課題も分かってるし、根性あるから大丈夫だぞ。操作とか威力とかは、魔力がめちゃめちゃ多いから、扱いが難しいんだろな。」
「私、魔力多いんですか……?」
「うん、俺様より多いんじゃねえの?」
「……そうなんですか」
「他人より持ってるものが多いから、そこを磨けばもっと強くなれると思う。」
アルゼ様の励ましで、少し元気を取り戻す。
「それに、俺様がついてるから大丈夫だ。」
「ありがとうございます……。私もっと頑張りますね。」
「んまあ、無理しすぎないようにな。」
「アルゼ様が優しいと怖い……」
「失敬な。俺様はいつも優しいだろうが」
アルゼ様の言葉が、まだ胸の中でじんわり響いている。
不安もある。悔しさもある。でも、少しだけ、前に進めた気がした。
次の日は、午前中に勉強をして、午後に魔法の鍛錬をした。
やはり、すぐ魔法の腕が上がるというわけではないが、昨日のアルゼ様の言葉を思い出して頑張る。
今は、空き缶の真ん中を狙って撃ち抜くという特訓をしている。まだ完全に真ん中は撃ち抜くことはできないが、端には当たるようになってきた。
「コントロールは、大分できるんようになったんじゃね?」
「コツ掴んだ気がします!」
すると、アルゼ様は口角を上げた。
「なら、そろそろ的を動かしても良さそうだな」
そう言った途端、缶がフワッと浮かんだ。ゆらゆらと揺れている。
「無理だと思うんですけど……」
「コツ掴んだんだろ?いけるぞ」
気がするって言ったんだけどなぁ……。
しかし、戸惑っていても仕方ない。私は集中して詠唱する。が─
「え!?」
当たったと思った瞬間、缶は急に横に抜けるように滑った。
「ちょっとずるくないですか!」
「ずるくないずるくない。相手は防御魔法を使ってくるぞ?」
「……あのー、これって本当に試験対策ですか?」
実技試験は、そんなレベルの高い内容を出すだろうか。バチバチに戦うことなんてないだろうに。
すると、アルゼ様は何言ってんだこいつ、と言うような顔をした。
「お前さあ、護衛目指してんだろ?魔法学校に受かることをゴールにしてどうすんだよ。」
そう言われて私はグッと詰まる。
「てかお前は甘く見すぎ。あんまり言いたくないけどさ、ヴェルディアの中には、短詠唱出来るやつも珍しくはないぜ?」
「……はい」
そうだよな、と私は反省する。
最難関の学校と言われるヴェルディア。勉強も魔法も、私よりできる人なんていくらでもいるだろう。もっと焦らなければならない。
「今日は、魔力切れになっても、当てるまで休ませないからな。」
「……分かりました」
一見すると、血も涙もない人に思えるが、これもアルゼ様の優しさの一つだと知っている。
私ができることを信じてくれている。
私はフヨフヨと浮かぶ缶を見つめると、魔力の流れを意識して攻撃を放つ。しかし、焦りのせいかかすりもせずに庭の端へと飛んで行った。
アルゼ様は、何も言わずに私を見ている。
……落ち着け!!
自分にそう言い聞かせて、また手を構えた。
何時間経っただろうか。日は沈みかけ、魔力はほとんど残っていない。
集中しろ、落ち着け、と何度唱えても、視界は揺れて、手は震えて、呼吸すら荒くなる。
恐らく魔力不足になりかけている。それでも私は、やめたくなかった。
最後の一撃だと、自分に言い聞かせる。
魔力の残りかすを、すくい取るようにして練り上げる。
「……っ!」
ここだ─
何かを掴んだ気がした。光が走り、空気が震える。次の瞬間、カン、と小さく澄んだ音が庭に響いた。ふわふわと揺れていた缶が、真横に弾け飛ぶ。
「……当たった」
呆然と呟いた私に、アルゼ様はニヤッと笑った。
「ほら、できるじゃねえか。言っただろ?」
その声を聞いた瞬間、膝から力が抜けて座り込む。悔しさと不安が全部消え去り、胸の奥が熱くなる。
「当たった……当たりましたよアルゼ様!」
「おう、当たったな!」
一緒に喜んでくれるアルゼ様。
「よく頑張ったな。チビならやれると信じてた。魔力の核心を掴むこの感覚を忘れんじゃねえよ。」
「……はい!」
皆に負けたくない。自分の力を諦めたくない。
絶対に、追いつく。追い越す。
そう強く思った。
朝六時に起き、上半身裸で筋トレをするアルゼ様に呆れた後、朝食をとって、鍛錬を開始する、という生活が続いた。季節が一つ、また一つと過ぎていく中で、鍛錬の日々は積み重なっていき、そうして一年が経った。




