episode23:光差す夜明け
「あれは、何年前だったかなぁ……」
ふとアルゼ様が私を見た。
「イアンからさ、俺様の昔のこと聞いた?」
そう聞かれて私は詰まる。
イアンさんには、話したことを言わないで欲しいって言われたけど……。
「怒るつもりは全くねえよ。どこまで聞いた?」
「その……イアンさんのところで、暮らしていたところまでです。」
「あー、そうそう。でもずっと住んでた訳じゃなくって……」
─イアンに拾われてから二年後、17歳だった俺。家を出たくて仕方なかった。
優しいイアンと、心に闇を抱えている俺。申し訳なさと罪悪感で毎日息がうまく吸えず、無性に一人になりたかった。
「アルゼ!!あんたどこ行くの!?」
大きな荷物を抱えて靴を履く俺を見て、イアンが駆け寄ってきた。
「どこだっていいだろ。しばらく家戻らないから。」
夢だったヴェルディアへの道も閉ざされ、何もかも上手くいかない、そんな日々に、ただ耐えることができなかった。
「……行ってくる」
「アルゼ!!」
引き止めるイアンの声を無視して家を出る。
お金は働いて大分貯めた。しばらく困ることはない。魔法も皆よりは使える。魔物が出てきても大丈夫だろう。
そう思っていた俺は、甘かった。
数日後、地名も知らない森の中で、魔物と対峙した。
魔法を放つも跳ね返され、全く効き目がない。
─ああ、俺死ぬのか。
鋭い爪が振り下ろされる。防御も割られ、死ぬ覚悟をしたその時だった─
グアアア……!!
魔物が雄叫び声を上げて、呆気なく死んで行った。見ると、魔物の額に氷の槍が刺さっている。
「君、大丈夫か!」
座り込んだ俺の目の前に現れたのは、一人の青年だった。
「……大丈夫……です」
「よかった。ここは、魔物がよく出るから早く去った方がいい。」
立ち上がろうとした俺は、足首の鈍い痛みに顔を顰めた。
「怪我しているのか……」
それに気付いた青年は、背中を見せてしゃがむ。
「俺の住んでる村は近くなんだ。手当てするから乗って」
「すぐ治るから結構です。助けてくれてありがとうございました。」
ペコリと頭を下げて去ろうとする俺の手を、青年が掴んだ。
「そっちは行っちゃダメだ。今日はもう遅いから泊まっていかないか?明日すぐ出ていってもいいから」
森が暗くて分からなかったが、どうやら夜になっているらしい。
「……お願いします」
「よかった!」
ムスッとして言ったのに、青年は爽やかに笑った。
肩を貸してもらって、青年の村へと歩き始める。
青年は、名をアーサー・クラークと言った。
俺のトゲトゲとした態度にも朗らかに接してくれる。
「君は名前なんて言うの?」
「……アルゼ」
「アルゼかぁ。いい名前だなぁ。」
にこやかに話す彼を見ると、廃れていた心が少し浄化されていくのを感じた。
少し歩いて村に着いた。小さな家が立ち並んでおり、家の中の明かりが点々と外を照らしている。
「着いたよ」
ドアの鍵を開けて中に入る。中はとても暖かった。
「さ、アルゼ。すぐ手当てするから」
椅子に座り、治癒魔法を掛けてもらう。
「どう?」
「……痛くない」
「よかった!」
アーサーは、ニコッと笑う。
「じゃあ、ご飯にしよう!アルゼ、座って待ってて!」
しばらくしてグラタンの香りが漂ってきた。
座って待っていると、グラタンが運ばれてくる。作るのが早いのは魔法を使ったのだろうか。
「さ、召し上がれ!」
「……ありがとう」
無愛想にお礼を言って口に運ぶ。
「……おいしい」
「良かった!」
嬉しそうにアーサーは、微笑む。
「アーサーは……」
「うん」
「ここで一人で暮らしてるのか?」
少しの沈黙。
「……なんでもない。悪かった。」
「……子供が一人いるよ。けど、ここにはいない。」
「そうか……」
聞いてから後悔した。アーサーがすごく寂しげな顔をしていたから。
「……ご馳走様でした」
気まずい空気のまま、俺は手を合わせた。
シャワーを浴び、用意してくれた布団の中に入る。
─明日になったら、ここを出よう。
そう決心して、目を閉じた。
「おはよーアルゼ」
名を呼ぶ声で目を開けると、アーサーが俺を覗き込んでいた。ギョッとして身じろぎする。
「なっ、なんでここに……!」
「いやここ俺の家ね。」
アーサーは、にこやかに笑っている。
体を起こすと、アーサーが剣を腰にさしていることに気づいた。そういえば、昨日も剣を持っていた。
「どっか行くのか?」
「魔物の討伐依頼が来ててね。今から向かわなくちゃならないんだ。」
「討伐……?」
「うん。いつ戻ってこれるか分かんないから言っておこうと思って。」
「……そうか」
すると、突然アーサーは俺の頭をぐちゃと撫でた。
「なっ、にすんだよ!」
「ははっ、ごめんごめん。朝食は下に置いてるから食べてね。後、今日もここにいてもいいし、出て行ってもいいし。アルゼの好きなようにしてね。」
そう言うと、部屋を出ようとする。その手を俺は掴んだ。
「どうした?」
「その……魔物の討伐、邪魔しないから俺もついて行っていいか?」
「別にいいけど、危ないよ?」
「分かってる」
魔法が好きという訳では無いが、昨日の氷魔法。あれをもう一度、どうしても見たかった。
朝食を軽くとり、急いで支度をする。
「遅くなった。準備できた」
「よし、行くか!」
どうやら昨日の森に行くようだ。同じ道を通って歩いていく。
「昨日森にいたのも討伐依頼か?」
歩きながら尋ねてみる。
「依頼ではないんだけど、膨大な魔力反応があったからね。不審に思って向かったら、魔物と対峙する君がいたんだよ。」
「膨大な魔力反応?」
「俺の魔力探知からするに、君の魔力だと思う。」
そんなこと言われたのは初めてで、疑心暗鬼になる。
眉を顰める俺の顔を見てアーサーは、プッと吹き出した。
「心当たりなさそうだね。魔法の才能あるんじゃないかな。」
昨日の出来事を見て、どこが才能あるように見えるんだよ……。
皮肉に聞こえて、ムスッとしてしまう。
森に着き、どんどん奥へと進んでいく。しばらくして、濃い魔法の気配が漂ってきた。
「奥にいるね。アルゼここで見てて。」
「……ここじゃ何も見えねえよ」
「ここにいてね」
にっこりした顔でそう言われて、仕方なくここで観戦することにした。
アーサーが奥へと進み、姿が見えなくなる。その直後だった。
グオオオオ……!!
唸り声とともに地面が揺れる。
……村の近くなのにヤバい奴いすぎだろ!
すると何かが凍る音と共に、淡い光が奥から漏れてくる。
氷魔法を使っている……!
好奇心が刺激され、木の陰から盗み見る。ちょうど俺の目の前で、アーサーが大型の魔物に向かって氷の槍を放つところだった。
グアアア……!!
魔物は絶叫とともに凍りつき、やがて氷ごと粉砕されて倒れる。一体、また一体と小型の魔物が迫ってくるが、アーサーは一歩も動じず、短詠唱で正確に魔法を撃ち続ける。
「すげえ……」
魔法の威力と美しさに目を奪われる。
襲いかかってくる全ての魔物を倒したアーサーは、木の陰に立っている俺に気付いた。
「離れて見てろって言ってのに。」
呆れたように言う。しかし、その後ろで一体の魔物がピクッと動いた。アーサーは気付かずに立っている。魔物はアーサーに飛びかかろうとした。
「……っ!」
慌てて得意な炎魔法で、遠隔攻撃をする。魔物は、炎に包まれ、呆気なく倒れた。
「いやあ、アルゼ助かったよ 」
驚く素振りを見せずに、アーサーは言う。その様子を見て、あることに気づく。
「……わざと俺にさせただろ?」
アーサーは、肩をすくめるだけで何も言わなかった。
「終わったから行こうか」
「あ、おい!」
先に行くアーサーを慌てて追いかける。追いつくと、アーサーが尋ねてきた。
「アルゼ、今日はこの後どうするの?」
「……何も考えてない」
「じゃあ俺の相手してくれないかな」
「相手?」
「うん」と、アーサーは頷いた。
「ちょっと待て!!」
氷魔法を放ってくるアーサーから慌てて距離をとる。
「どうしたどうした?」
森の中で、突然氷魔法をぶっぱなしてきたアーサー。
相手をしろと頼まれて受け入れたが、まさか魔法の対戦をしろなんて聞いていない。
「何で俺が相手なんだよ!」
「君しか俺の魔法を受けられる人はいないんだって。」
「だからって……!」
防御魔法も、数回攻撃を受けただけで破壊されるし、このままじゃやられてしまう!
頑張って反撃するものの、防御で精一杯な俺が撃った魔法は、完全に防がれてしまう。
「いやあ、アルゼ、君すごいな。魔法のコントロールが的確だ。」
「防がれてるのに言われたくないんだが?」
「いやいや、魔法の撃つスピードも俺より早いし、君やっぱ才能あるよ。」
そう言いながらバンバン氷の槍を撃ってくる。
……なんでこの数なのに魔力切れにならないんだ?さっき魔物とも対戦してたのに。
「しかもアルゼは、短詠唱使えるんだね。どこで学んだんだ?」
そう聞かれて思い出そうとした瞬間、ヒュッと息が詰まり、心臓が警鐘を鳴らす。体のあちこちがズキズキと痛む。人の罵声、泣き叫ぶ声、剣がぶつかり合う音。
……思い出せない、誰だった?誰が俺に……。
「ごめん、アルゼ」
気付けば、アーサーが近くにいて俺の背中に手を置いていた。
「今のは忘れて。大丈夫かい?」
「……ああ」
「今日はもう帰ろう」
アーサーは、それ以上深入りしてこようとはしなかった。
「アルゼってさ、なんか目的あって旅してる感じ?」
結局、今日も家に泊まらせてもらうことになった。一緒に夕食をとる。
「……いや」
「ならさ、もうここに住みなよ」
俺は予想外の言葉に驚き、箸からブロッコリーが落ちる。
「……迷惑じゃないのか?」
「全然」
「でも俺何もできねえよ」
「そんなに気にするならさ、交換条件として魔物の討伐手伝ってよ。」
「討伐だけでいいのか?」
不安そうな俺を見て、アーサーは微笑んだ。
「だけって言っても結構大変だよ?俺は、討伐依頼で生計を立ててるからさ。」
「……やります。お願いします」
精一杯の誠意を込めて頭を下げる。アーサーは、「頭まで下げなくても……」と言いながらも、自分も頭を下げていた。
次の日も、魔物の討伐依頼が舞い込んだ。
どうやらあそこの森は、魔物を発生させる厄介な樹があるらしく、毎日依頼がくるのが普通だそうだ。
魔物を倒した後は、アーサーと鍛錬をする。戦闘技術、魔法の応用、短詠唱の練習。
こういう日々が数年続き、俺の体も魔法の感覚も少しずつ強くなっていった。
二年後、俺は19歳になった。もう成年しているのにアーサーさんの家で世話になるのは、どうも嫌で家を出ることを決意した。
「本当に大丈夫なのか?」
去り際まで不安げなアーサーさんに、俺は笑いかける。
「大丈夫ですよ。魔法もめちゃ強くなったし、故郷に帰ろうと思います。」
「そうか。それなら帰ったほうがいい。」
荷物を背負い、アーサーさんと向き合う。
「二年間、本当にお世話になりました」
「……君は本当に変わったな。」
少し涙目になっているアーサーさん。俺も泣きそうになり、視線を下に落とす。
「こちらこそありがとう。二年間楽しかったよ。」
「俺もです……」
別れ惜しいが、行かなければならない。
「俺行きますね。」
踵を返して家を出ようとすると、
「アルゼ」
アーサーさんが俺を呼び止めた。
「一つだけ約束して欲しい」
「約束?」
「何があっても、ここには絶対帰ってくるな」
真剣な表情のアーサーさんを見て、理由は聞けなかった。俺は頷くと、頭を下げて家を後にした。
きっと、また会える。そう思いながら─。




