episode21:新たな始まり
無事ドアを直し終わり、ようやく一息つけるようになった。
「あれ、アルゼ様。自分で掃除したんですか?」
家の中に入ると、きちんと掃除されていて、昨日の影は見当たらない。
「俺様はもう大人だぞ?当たり前だろ。」
「……はあ」
「あ、それから!」
アルゼ様はそう言って、私を手招きする。
「何ですか?ツリーハウスなら、もう見ましたって。」
「違うわ」
私にツッコミを入れて、二階に上がる。向かったのは、一つの部屋だった。
「ここ、今日からチビの部屋な。」
そう言われて、私は驚く。
「昨日ツリーハウスでって……」
「これから住むのに、さすがに良くないと思ってな。ほら、ちゃんと掃除しといたから。」
私は警戒しながらドアを開ける。しかし、部屋の中は意外と綺麗で広々としていた。机にベッド、鏡や本棚、クローゼットまで揃っている。
「え、すごくいい部屋じゃないですか……。ありがとうございます。」
「ふふん。じゃ荷物置いて下に降りてこい。今日は勉強会をしよう。」
「分かりました。」
頷くと、アルゼ様は下に降りていき、私は中に入る。
生活面がヤバいって言ってたけど、案外大丈夫かも。
荷物を置いた私は、アルゼ様のもとへと向かった。
下に降りると、紅茶のいい匂いが漂ってくる。どうやら魔法を使って、お湯を沸かしたようだった。
「チビ。紅茶飲めるか?ジュースも買ってあるぜ。」
「……子供扱いしないでください。ジュースも飲みますけど、紅茶飲みます。」
「……あれチビ何歳?」
「14です。」
「まじか……俺様16ぐらいかと思ってたわ……」
この人、16歳でもチビって呼ぼうとしてたんだ……
「ちなみに俺様は、26な。」
聞いてないのに教えてくれる。
「30ぐらいかと思ってました。」
「……そんな老けて見える?」
紅茶を入れてもらい、恐る恐る口をつける。
「あれ!?おいしい!」
ほのかな香りと共に、爽やかな風味がやってくる。
「あれ、は余計だけどな!……じゃあとりあえず」
アルゼ様は紅茶を一口飲んで一息ついた。
急に真剣な雰囲気になり、私は気持ちを切り替える。
「まず、王都の魔法学校─ヴェルディア学園の試験内容は、知ってるか?」
「えっと……筆記試験と実技試験ですよね。」
アルゼ様は頷く。
「科目は?」
「魔法文学、魔力統計学、魔法史、精霊学です。」
アルゼ様は少し黙ると、口を開いた。
「初代魔法使いを全て答えよ。」
急な質問に、私は頭を働かせる。
初代魔法使い─彼らは魔法の基礎を築いた伝説の魔法使いたちで、五人存在する。
「ルラシア、ヴィクヴェラ、ユスティモ、アスティーヌ、オスティール?」
「正解だ……魔王の名前は!」
「オルグザード」
「……よし、勉強はおしまいだ。」
そう言われて、私はガクッとなる。
「今始めたばっかりですよね!?」
「冗談だ。どのくらい理解しているか尋ねただけだ。」
いや常識を聞かれても……。
しかも、どこからどこまでが冗談なのかが、分からない……
「とりあえず図書館で、ヴェルディアの過去問を手に入れてきた。」
アルゼ様が、分厚い何冊もの教材をドサッと置く。
「ありがとうございます。」
最初から出して欲しかったけど……。
「最初に取り組みたい教科とかあるか?」
「私、魔法統計学が苦手なんです。威力の計算とかがよく分からなくて……」
「よし、じゃあ……三年前のから解いてみてくれ。分からないところは解説する。できなかったところは、基礎から見直すぞ。」
そうして、ようやく本当の勉強会が始まった。
気付けば夕方。
休憩を挟みながら、分からないところは解説してもらい、まずは全教科一年分を解ききった。
驚くことにアルゼ様の説明は、とても分かりやすく、あんなに苦手だった魔法統計学も、数分後には解けるようになってしまった。
「想像以上だな。マジで教えることないぞ?」
私の答案を見ながら、アルゼ様がそう言う。
「この年は、解きやすい問題が多かったんですよ。」
「いやいや、この年って割と平均低かった年だぞ。」
アルゼ様が若干、苦笑いをして言う。
あれれ、おかしいぞ……
「……私、実技の方が不安なんです。実技あんまり触れてこなかったんですけど、過去にどんな内容のが出たんですか?」
「んー、去年は確か属性試験だったな。自分の属性でミッションをクリアしろ、みたいな。」
「なるほど。二年前は?」
アルゼ様は、記憶を手繰るように上に視線を向ける。
「んーと、魔力操作だっけな。魔力球を三十秒維持しろってやつ。地味だけど、落ちるやつは落ちるらしい。」
「地味ですね……。というか、何でそんなに詳しいんですか?」
「徹夜で調べたんだよ。」
いとも簡単そうに言うアルゼ様だが、大変だったに違いない。
「本当にありがとうございます……」
「いいんだぜ。昨日約束したからな。」
「ところで、何でアルゼ様って勉強も出来るんですか?」
気になり尋ねてみると、褒められて気分を良くしたようだ。嬉しそうに腕を組む。
「まあ、受験しなかったけど、俺様もヴェルディア目指してたからな。」
「えっ!?」
「驚いたろう!」
「ええ……」
目指してた、のか……。
「……」
「何で受けなかったのか気になるんだろ?」
「気にはなりましたけど、そんなズケズケと踏み込むつもりはないので……」
「……んまあ、当日寝坊しただけなんだけど。」
「はあ……え?」
……危ない、聞き流すところだった。それにしても……
アルゼ様の一瞬だけ浮かんだ曇り顔に気づき、胸がざわつく。しかし、見なかったふりをして、「はあ……」と呆れた声を漏らした。
「何してるんですか……」
「だからチビ!お前も寝坊には気をつけること!」
「……もちろんです。」
ファリンネに毎日起こされていたことを思い出し、気をつけようと胸に誓った。
「それでアルゼ様。この後は、何しましょう。」
「フッ……」
これは、嫌な予感。まさか、この後日が暮れるまで走れとか言わないよね……?
「今夜はパーティーだ!」
両手を広げるアルゼ様に、私はキョトンとする。
「……二人でですか?」
「おう!俺様との絆を深めるためだ!」
そういえば、二日前に知り合ったんだった……。
「でもまだ17時ですよね。その間どうします?」
「何を言っているんだ?」
「へ?」
「これから街に買い物に行くんだぜ。」
そう言って、アルゼ様はニヤッと笑った。




