episode20:壊し屋アルゼ様
「アルゼ様。私に魔法学校へ行くための勉強と魔法を教えてください。」
アルゼ様に頭を下げる私。
断られたらどうしよう。息が詰まりそうなほど緊張していた。
「……いいぜ。」
「へっ?」
あっさり頷かれて素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ほ、本当によろしいのですか?」
「んまあ、大丈夫じゃね?」
頭をポリポリかきながら言うアルゼ様。
……ほんとに大丈夫か、この人。
「まあ、俺様の鍛錬は、死ぬほどキツイがな。」
「……耐えられます。」
「キツすぎて諦めちゃうかもな。」
「……耐えてみせます。」
「おし、じゃあお前は、今日からここに住め。」
「こんなとこ無理です」
そこは即答せずにはいられなかった。
「ったく即答しやがって……考えてみろよ。早朝から鍛錬するんだぜ?イアンに毎朝飯作ってもらうつもりか?」
イアンさんの名前を出されて、私はグッと詰まった。
確かにそうだ。迷惑をかけることになる。
「でも、でもですね!こんな家のどこに住めって言うんですか!」
「そこは大丈夫だぜ。」
「ちょっと来いよ」と手招きされる。なぜか自慢げで不安が膨らむ。
連れていかれたのは庭で、大きな木がそびえ立っている。そして木の上には─
「見ろよ!俺様のツリーハウスを!」
大木の上に、堂々とツリーハウスが建ててあった。
「あそこで暮らせって言うんですか?木の上で?」
「おいおい、そんな顔すんなよ。意外と広いんだぜ。見てみるか?」
「……分かりました。ここで暮らせばいいんですね。」
私は諦めて言う。
「そうだ。必ずお前を魔法学校に入学させる。俺様に任せとけ!」
「……はい!」
胸を張って自信満々なアルゼ様に、少し不安があるけれど、力強い言葉に胸がジーンとする。
「ってことで、子分一号!掃除を再開するぞ!」
「子分!?せめて弟子にしてください……」
アルゼ様の明るいテンションに引っ張られ、少し前向きに進めそうな、そんな気持ちになった。
掃除と修理で、お父様のことを聞く暇もないまま、一日が終わった。
「今日は助かったよ。ありがとな。」
「めちゃめちゃ疲れました……」
まだやるべきことはたくさんあるが、とりあえず屋根の穴は塞ぎ、部屋の片付けも終えられた。日も暮れ、私は帰ることにする。
「じゃあ、明日は六時に集合。荷物は全部持ってくること。ちゃんとイアンにも伝えとけよ。」
「はい、もちろんです。」
「よし、じゃあな!」
「それでは」
別れを告げ、家を出る。
イアンさん、せっかく部屋まで用意してくれたのに、一日で出るなんて申し訳ない。どう伝えようか……。
そんなことを考えながら、イアンさんの家へと向かった。
「魔法学校!?すごいねぇ!!」
「あの、それでアルゼ様の所に住むことになりまして……」
家に着き、恐る恐るイアンさんに伝える。申し訳なさを滲ませて言うが、イアンさんはニコッと笑った。
「気にしないで!……いつから行くんだい?」
「……明日です。」
「明日!?」
イアンさんが目を丸くする。当然の反応だろう。
「全くアルゼも急だなぁ。無理してない?大丈夫?」
「それは大丈夫です!」
勢いよく言う私に、イアンさんはニコッと微笑んだ。
「ならよし!あいつ生活面はヤバいけど、教えるのは上手いと思うよ。学んでおいで!」
「はい、ありがとうございます!」
快く送り出してくれるイアンさんが、とてもありがたい。背中を押されるようで、なんだか心が軽くなった。
まだ薄暗さが残る早朝、私は目を覚ました。外は静まり返っており、鳥の鳴き声さえ聞こえない。
「はっ、今何時だ……」
慌てて飛び起きて時間を確認する。五時半。まずい、後三十分しかない。
眠気をこらえて下に降りると、ラップにかけられたパンが用意されていた。イアンさんに感謝してパンを食べる。
生活用品は、昨日イアンさんと用意したので不備はないはず。衣服類は、自分の服が一着しかないため、娘さんの服をたくさん貸してもらった。
残り十五分。行ってきます、という置き手紙を残して、私は家を出た。
十分前にアルゼ様の家に到着し、ドアをノックする。しかし、またもや返事はない。
……まだアルゼ様、寝てるかもしれないからなぁ。
あの人ならその可能性も全然ある。
しかし、こんな時間にドアをゴンゴン叩くのも近所迷惑なので、しばらく待つことにした。
数分待っていると、突然ドアが開いた。驚いてひっくり返りそうになるが、アルゼ様が私の手を掴んだ。
「おはよう、チビ。五分前集合だぜ?」
その言葉にムッとして言い返す。
「おはようございます、アルゼ様。十分前には来てました。」
「ドアノックしたんですけどね。」と、言うとアルゼ様はポリポリ頭をかいた。
「おっかしいなぁ。何で俺様聞こえないんだろ。」
「チャイムぐらい付けてくださいよ……」
アルゼ様が試しにバンバンと、ドアを叩く。その瞬間─
「あ」
叩いた場所がミシッといってヒビが入った。
「な、なにしてるんですか!!」
「いやいや嘘だろ!?この前直したばっかなんだが?」
そして、アルゼ様は私を見てニヤッと笑う。
「俺様の拳、強くなったかも……」
「自分の成長で家を壊さないでください。」
「俺様の鍛錬の成果分かったろ?いやぁ、自分が怖いよ。」
「怖いのはこの家の耐久力です!」
……大丈夫か?この家本当に住めるのか?
「今日は、ドアを直すところから始めますか……。」
「……うん」
アルゼ様との鍛錬一日目。今日はドアの修理から始まる。どうやら普通じゃない日々が始まるようだ。




