episode2:お嬢様と従者
「ルウお嬢様!ルウ様!」
「はっ!?」
変な声を出して飛び起きた。ベッドの側に精霊のファリンネが立っていた。部屋にあるカーテンの隙間から朝日がさしこんでいる。
「ごきげんよう、 ファリンネ。何かご用かしら?」
途端にファリンネが無表情になる。
「忘れているのならわたくしは失礼致します。」
「はてな…」
...ああっ!
「思い出したのなら良かったでございます。」
今日は従者のカインと森に行く約束をしたのだった。
「もー!!こんな時間じゃない!」
「知らないでございます。」
全く...
ルウラ・クラーク、12歳。氷属性の魔法使い。
そして、ファリンネは母に仕えている精霊。赤ん坊の頃からお世話になっている。
「ファリンネ!服お願い!」
「人使いが荒いでございます」
とか言いながらも、服を持ってきてくれる。今日は胸元に赤いリボンがついたワンピース。私は急いで着替える。
「お母様は?」
「朝早く起きて薬草の研究をしてらっしゃいます。」
「そう。」
お母様は研究熱心。寂しいな、とよく思うけど我慢も大切よね。
「お嬢様。髪がはねております。選択肢 1つ目、わたくしに直してもらう。 2つ目、そのままでカイン様に直してもらう。どれがよろしいでしょうか。私のおすすめは、ふた⋯」
「1つ目で!!」
「かしこまりました。」
嫌な顔をしたのは気のせいだと思うわ!
ファリンネは私の髪をブラシでとくと、綺麗に結んでくれた。
「お化粧は どうされます?」
「リップだけちょうだい。」
お気に入りのリップを塗って鏡でチェックする。
「ルウ様、奥様からの差し入れです。伝言をお伝えします。」
私に水色のバスケットを渡すと、咳ばらいして、
「ルウ!おはよう!朝食は多めに作ったから力インと2人で食べてね!でございます。」
わざわざ声を変える必要はないと思うんだけど……
「あら、そう。ありがとう。 カインはもう起きてるの?」
「ええ。朝早くから素振りをしていらっしゃいましたよ。」
「ちょっと呼んでくるわね。」
「行ってらっしゃいませ。」
私はバスケットを手に、カインを探す。すぐに彼は見つかった。庭で木刀を持って汗を拭いている。
「おはよう、カイン!!」
「ルウ様、おはようございます。お寝坊ですか?」
そうだけれども!失礼な!
ムーっと膨れる私を見てカインは笑った。
「服を着替えてくるので少しお待ちください。」
「はーい!」
木刀を置いて部屋に向かうカインの後を私は小走りでついていく。
「……俺が着替えてるとこ見たいんですか?」
「んなわけないじゃない!!行くとこないから部屋の外で待ってようと思って!」
このスケべめ!
カイン•アローニィ、10歳。私の従者をしている。2歳年下だけど、勉強ができるし、魔法の使い方も上手だからよく教えてもらっている。ちょっと意地悪なのが難点だけど!!そして無駄に顔がいいのもムカつく!!
そして、アローニィ家は、長年クラーク家に使えてくれている一家だ。アローニィ家の旦那さんは、三年前まで仕えてくれたが、流行病で亡くなってしまった。その後からカインが仕えてくれている。
「お待たせしました。」
着替えたカインが部屋から出てきた。
「よし、行こうか!」
ファリンネに「行ってきます」と言って、家を出る。
「ルウ様。今日はどこに行くんですか?」
「南の森!」
「あそこ盗賊が出るんじゃありませんでした?」
「⋯でも カインに見せたい景色があって⋯」
うつむいてもじもじ言うと、カインはフウッと 息をついた。
「分かりましたよ。その代わり離れないでくださいね。」
「うん!」
坂道をしばらく歩いて森の中へと入っていく。
「今日は何するんですか。」
「お母様に朝食もらってきたから途中でカインと食べて、景色を見て、その後ちょっと魔法の練習をしたいなと⋯」
「……」
カインが困った顔をした。
私は数回魔法の練習で森を凍らしてしまったことがある。そのときは、カインが炎属性なので氷を溶かしてくれた。
「大丈夫。カインがいるし。」
「何ですかそれ。」
カインが笑った。
「そういえば、また王宮に刺客が出たらしいですね。ニュースになってました。」
「そうなの。お父様活躍したのかなぁ。」
私のお父様は、私が小さい頃から王族の護衛をしている。この前会ったのが何年前っていうくらい帰ってこないけれど、すごく誇らしく思っている。小さいころは魔法の使い方をよく教えてもらった。
「私もお父様みたいな護衛になりたいなぁ。誰かを守れる人になりたい。」
私がぽつりとつぶやくのを見て、カインがいった。
「ルウ様は守る側じゃなく 守られる側でしょ。」
「私強いもん。」
「はいはい。けど、護衛は頭の良さも必要ですしねぇ。」
カインがこちらをチラリと見た。
「グッッ」
勉強は苦手だ。全然楽しくないんだもの。
「勉強も ちゃんとしないとですね。」
「わっ、分かってるわよ!」
クスクスとカインが笑った。
バカにされてるのが悔しい。
「じゃあ将来一緒に護衛になろう!」
私はカインに言った。
「一緒に、ですか?」
「うん!カインとなら私頑張れるよ。だから約束!」
「……ありがたいお言葉ですが、俺は捨て子なので無理ですよ。」
寂しそうにカインが言う。
カインは、三歳の時にアローニィ家に拾われて育てられたらしい。詳しいことは知らないけれど、辛い過去があったのは間違いない。
「また、そんなこと言って……。身分なんて関係ないよ!」
「でも、王族関係の仕事って身分が重視されるんですよ。」
「実力でそんなルールぶっ壊そうよ。」
「名家のお嬢様がそんな言葉使わないでくださいよ……」
ふん、知るもんか!
「それにですね。俺はルウ様がクビにするまで一生従者でいるつもりなんですが……」
「クビにはしないけど……。カインはさ、ホントは護衛になりたいんでしょ。昔お父様に護衛のこと聞いてたじゃん。」
「それは昔のことで……」
言葉を濁すカインの手をとる。
「カイン。気にしてることたくさんあるけど、夢を追う権利は誰にだってある。本当になりたいもの目指すべきだよ。」
下を向いていたカインがパッと顔を上げて、眉を下げて笑う。
「そこまで言われたら本気で目指すしかないですね。」
「よし、約束ね!」
「言っておいて破らないでくださいよ。」
「約束は守るもん」
「なら信じて約束します。ルウ様も諦めないでくださいよ。」
私はカインと指切りげんまんをした。
森に入ると途端にひんやりとした空気が身を包む。風が吹き込み、木がさわさわと音を立てて揺れていた。
森を奥に進んでいくと、段々暗くなっていく。
「ルウ様これ道合ってますか?」
カインが不安そうに聞いてくる。
「うん⋯」
そう言ったけど、自信がない。南の森の山頂の景色が綺麗だと言う話は、近所の人に聞いただけなのだ。そのことを話すと、カインは怪訝な顔をした。
「それいつのことです?」
「数ヶ月前」
「誰に?」
「近所のおばあさん」
カインがふうと息をついた。
「夢ではないですか?昔から南の森は危険って子供たちに言い聞かされてます。大人がそんな話するわけが……。」
「……」
そんなの知らないもん。
「……分かりました。山頂ですよね。登ってけばいつかは着くでしょ。」
「……ありがとう。」
二人で薄暗い道を歩いていく。結構進んだところで私はカインに声をかけた。
「ねぇ、カイン。お腹空いた」
時間がなく朝食を食べていない私のお腹はもう限界だ。
さっきからグーグーお腹が鳴っている。
「しょうがないですね。そこの石で休憩しますか。」
「うん」
私たちは大きな石に腰かけた。かごの上のハンカチをのけると、サンドウィッチが入っていた。
「おいしそうですね。」
「一緒に食べよう。」
ズイッとさし出すと、「いただきます。」とカインはサンドウィッチを口にした。
「おいしいですね。」
私も食べてみる。
「おいしい!」
「奥様が作る料理は絶品ですね。」
カインが頬張りながら言った。
気付くと、ペロリと食べ終えていた。
「さて、ルウ様一回道戻りましょう。」
確かにもう完全に迷子となっていた。
「でも⋯」
「まだ時間はあります。分かる道からもう一回行ってみましょ。」
「うん」
もとは私のせいだ。私は素直にうなずいた。
「こっちでしたっけ?」
おしゃべりしながら来たせいで道を覚えていない。
「カイン、ここさっきも来たよ。石あるもん。」
「本当ですね⋯」
大分冷えてきたように感じる。すると、カインが気を遣い、魔法で小さな炎を出してくれた。
「ありがとカイン。」
小さい炎だけど、安心する。
「ルウ様。これって俺達の……」
カインに呼ばれて近付こうとした瞬間、ズルッと足が滑った。昨日は雨だったため、濡れた地に足を取られたらしい。
「うわぁぁぁぁ!!」
「ルウ様!」
生憎なことに、ここは坂道だ。止まらずゴロゴロ体が転がっていく。
「ルウ様ー!!」
どんどんカインの声が遠くなっていく。
「あばばばば……」
目が回るし、砂は口に入るし、最悪だ。まず、止まらない。
「わわわ、キャッ!!」
誰かにあたってようやく止まった。
「あの、すみま……ヒッ!!」
目の前に大柄な男が立っていた。髭を生やしていて、眼光の鋭い目で私を見下ろしている。
何でこんな所に人が……?
「おおっ、こんなところにおチビが一匹。」
「え、えと……」
「黙っとけ。」
ヒィィィッ……!!
「お前一人か?」
「い、いいえ、違います……」
「嘘つけ。んなわけないだろ。」
じゃあ聞かないでください……
「売ったら金になんのかな?」
こいつ悪いやつだ!!
立ち上がって逃げようとするものの、またまた足を取られ、転んでしまった。
「逃げるんじゃねえよ!」
男が罵声を浴びせてくる。
こうなったら……!
「……っ」
詠唱しようとしたら何をしようとしたのかバレた。
「黙っとけって言ったよな。」
ガシッと首を掴まれる。
魔法は完壁に使えるようになったら呪文を唱えず、魔法を唱えるだけで使えるようになる。だが、私達はまだ詠唱しないとうまく魔法を発動できない。
「グッ……」
意識を失いそうになった時、
「ルウ様ー!!」
遠くからカインの声がした。しかし、私はそのまま気を失ってしまった。




