episode17:帰る場所
女性は、名前をイアンだと教えてくれた。
「あの、イアン様、本当に迷惑じゃないんですか……?」
申し訳なくなって聞いてしまう。イアン様は、笑って「イアンでいいよ」と言ってくれた。そして、微笑みながら続ける。
「全然!逆に来てもらってうれしいよ。夫は仕事でしばらくいないし、末っ子もこの前家を出てしまってね。寂しくなったとこなんだよ。 」
そう言ってもらって、私はホッと息をついた。
少し歩いて、綺麗な一軒家につく。
「さ、着いたよ。」
ドアを開けてくれて私は、中に入った。
「……あったかい」
家の中は、柔らかい光と暖かさで満ちていた。スープの香りがふんわりと鼻をくすぐり、入った瞬間、お腹が大きく鳴る。顔を赤くして俯く私を見て、イアンさんは微笑んだ。
「今日は作りすぎちゃって余ってるんだよ。いくらでも食べていいからね!」
「ありがとうございます……」
椅子に座った私の前に、パンと温かいスープが置かれる。
「いただきます。」
手を合わせると、恐る恐るスープを、口に運んだ。冷えていた体に染み渡り、私は「おいしい……」と、声を漏らす。
「よかった……。」
「あの……イアンさん」
「……うん」
私は、スプーンを置いて、イアンさんを見る。
「私……」
なんでこんな時間まで外にいたのか。なんで家に帰らないのか。説明しないといけないのに、どこから説明すればいいか分からなかった。今日あったことだって、信じてくれるかなんて分からない。
「ルウラちゃん」
イアンさんは、そんな私を優しく呼んだ。
「無理に言わなくていいんだよ。言いたくないこと、言えないことって誰にだってある。今は休むことだけ考えな。話したくなったときに話してくれたら、それで十分だから。」
「ただ、これだけは教えてほしい。」と、イアンさんは真面目な顔をして言う。
「帰る場所はある?」
「それは、あるんですけど……」
私は、レーゲルトにある自分の家を思う。ファリンネは、いつ迎えに来てくれるのだろう。
「そう。きっと心配してるだろうから、連絡できたらいいんだけど……」
イアンさんは、頭を悩ませている。
「とりあえず、帰れるようになるまでは、ここにいていいからね。」
「はい……ありがとうございます。」
イアンさんは、にっこり微笑んだ。
お風呂を貸してもらい、娘さんの服を借りて着替える。
夜も遅いので、寝室に案内してもらった。
「ここの部屋、空いてるからこれから使っていいよ。」
中には、机、本棚、ベッドが置かれていた。カーテンから月の光が差し込み、部屋の中を薄く照らしている。
「とりあえず今日は、休んでね。」
「イアンさん、ほんとにありがとうございます。……おやすみなさい。」
「うん、おやすみ、ルウラちゃん。」
部屋のドアがパタン、と閉まる。1人になった瞬間、涙が込み上げてきた。
……大丈夫、きっとなんとかなる。
込み上げてくる涙を必死に抑えて、私は自分に言い聞かせた。




