episode14:守る者
「……恐れ入りますが」
重苦しい雰囲気の中、カインが口を開いた。
「北の森は王都に属してはいますが、王家に属する聖域とは聞いたことがありません。ましてや北の森が聖域なら、なぜ全域を立ち入り禁止にしないのですか。」
「口答えをするな、ガキ。北の森の全てが聖域なわけではない。立ち入ってよいのは中心部までだ。」
さらに騎士は、説明を続ける。
「聖域は、この森の中心部から北側全てで、そこにだけ結界が張られている。結界は、王宮所属の結界師により張られたもの。入れるはずがない。」
騎士の目が鋭く細められ、私の右手へ向けられる。
「だが、結界が破られた……。」
空気が一段と冷えた。
「説明してもらおう。なぜお前らのようなガキが結界を破れたのか。」
私は聞かれて混乱するが、張り詰めた空気の中、頑張って口を開く。
「あの……結界を破ったのって本当に私たちなんですか?」
「……結界が、ガキに破られるほどのものだと蔑んでいるのか?」
騎士の声は、ひどく冷たかった。
「ち、違います!そんなつもりじゃ……!」
否定しようとした瞬間、騎士が一歩踏み込んできた。
「ならばどう説明する。」
低く、威圧するような声。
胸の奥がぎゅっと締め付けられ、呼吸が浅くなる。言葉が見つからない。
「そ、それは……私たちも気づいたら中心部にいて……!」
「言い訳か。」
その一言が落ちた瞬間、空気がひび割れたように張りつめた。
そして、騎士の手が突然、私の腕を乱暴に掴んだ。
「いたっ……!」
さっきの傷がまた開き、鋭い痛みが走る。
その瞬間―
「離れろ!!」
森を震わせるほどの声で、カインが叫んだ。今まで聞いたことのない怒気に満ちた声だった。
彼は騎士の手を力任せに振り払うと、私を背に庇い、鋭い眼で騎士を睨みつけた。
「ルウ様に触らないで下さい。それ以上は、許さない。」
いつもの柔らかい雰囲気は完全に消え失せている。あまりの迫力に、騎士がわずかに身じろぎした。
「なにを……従者風情が……!」
「従者でもなんでも、関係ありません。」
カインは一歩踏み出し、騎士の威圧を正面から受け止める。
「ルウ様を傷つける者には、たとえ王家の騎士であろうと、俺は……黙っていません。」
森の空気がさらに冷え、騎士とカインが対峙する。騎士は、フッと鼻で笑うと剣を構えた。
「従者風情で王宮所属の騎士に歯向かうとは……。不敬罪で斬り捨ててやろう。」
騎士の剣が、森の薄光を反射して凶悪な輝きを放つ。
「カイン!!」
「炎の精霊よ、我が手に集え、剣となせ─」
カインが詠唱した瞬間、炎を纏う剣がカインの右手に現れた。そして、騎士の剣を受け止める。
ガツンという重い音が、森の中に響いた。
「ルウ様!離れていてください!」
「でもカインが!」
「俺は大丈夫ですから!」
受け止めてはいるものの、子どもと大人の力の差は、歴然だ。どんどん押されている。
魔法で援護をしたいが、私の腕では、まだ完璧に操作することはできず、カインに当ててしまうかもしれない。結局私は行方を見守ることしか出来ない。
すると、突然騎士がこっちを向いてなにかを唱えた。その瞬間、風の刃が私に向かって飛んでくる。
「えっ……」
「……ルウ様!!」
あまりにも急なことで、防御魔法でさえ出すタイミングがない。
「ルウ様!」
カインに手を引っ張られ、私は魔法の攻撃範囲から抜け出した。同時に持っていた紙袋が全て滑り落ち、地面に散らばる。
「カイン血が……」
刃がかすったのだろう。頬に血が一適流れていた。カインは、私の声を聞き流すと、騎士と向き合う。
「……卑劣な真似をして恥ずかしくないのですか?」
「こういうのも戦略だ。」
「……もういいです」
……なんだろう。カインの雰囲気がいつもと違う。深紅の瞳も魔力を帯びている。
「炎の烈火よ、我が意に従い敵を討て─」
空中に槍をかたどった炎が浮かぶ。見たことある魔法だけど……
「え……?」
数もいつもの二倍近くあるし、炎がいつもより赤く燃えている。
騎士も何かがおかしいことに気付いたようだ。
炎の槍が空中で揺らめき、微かな光を散らす。
カインが手を振り下ろすと、次々と槍状の炎が飛び出し、騎士めがけて飛んでいく。
ボンッ、ボンッ、と炎の槍が宙を裂いて森に炸裂音が響き、深紅の光が辺りを赤く染めた。
騎士は剣を振るい防ごうとするが、炎の槍は一瞬の隙間を逃さない。
「……なんだ、この数は!」
息を呑む騎士の声と、炎の炸裂音が森の静寂を突き破る。
深紅の瞳に魔力がほとばしるカインの姿。
私はその光景を眺めることしかできなかった。




