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アイディールに捧ぐ物語  作者: 朝霧唯凪
第一章:ルウラとカイン
13/50

episode13:招かれざる導き

森に一歩踏み入れると、空気が変わった。土の匂い、風に揺れる葉のざわめき、遠くで鳴いている小鳥の声。

日常では感じられないかすかな気配に、胸がざわつく。


「すごい神秘的ですね……」


カインが小さく呟き、その声に少しだけ緊張が和らぐ。


「うん。南の森とは全く違う感じ……」


そう答えた時だった。視界の端で何かが、ふわりと動いた。


「ん……?」

「ルウ様、肩に虫が」


ギョッとして固まる。


「ちょっとカイン!早く取ってよ!」

「ポーズが面白いので、そのままでいてもらっていいですか」

「冗談じゃないわよ……!」


なかなか飛び立たない虫に半泣きになる私を見て、「仕方ないですね」とカインがようやく払い落とした。


「ふぅ……」


一息ついて歩き始める。


しばらく進むと、突然近くの茂みがガサガサと揺れた。

魔物かもしれない。思わず身構える。


「ルウ様」


カインが、私を守るようにして前に出る。

しかし現れたのは、小さなキツネのような生き物だった。大きな目、ふさふさの尾、そして全身にまとった柔らかな光。


「なあんだ。魔物かと思った。」


ほっとすると、カインは視線を外さずに言った。


「いや、魔物ですね。」

「ええっ!こんな可愛いのに?」

「害はありませんが、シルヴァラという魔物です。」

「よく知ってるわね。」

「伝説の魔物として有名なんですよ。」


まるで私が非常識みたいに……。


「えっ、伝説!?」


カインは頷く。


「ええ、なんでこんなところに……」


その時、シルヴァラがピョコンと跳ね、光の粒子をまき散らしながら走り去った。


「……ちょっと追いかけてみない?」


伝説なんて気になるに決まっている。


「……仕方ないですね。」


カインは渋々ついて来るが、足取りはしっかりしている。


シルヴァラの光を頼りに奥へ進むほど、木々は密になり、薄暗さが増していった。

さっきまで賑やかだった鳥の声も途切れ、辺りは不自然なほど静寂に包まれる。


「ルウ様……なんか変じゃないですか……?」


カインが警戒して言った。

確かに、胸に嫌な感覚が広がっている。

それでも、光るシルヴァラを見ると、なぜか足が止まらなかった。


導くように跳ねる光。

私たちはその後を無意識に追い、小枝や苔を踏みしめながら奥へ奥へと進んでしまう。


やがて、シルヴァラは最後に一度跳ねると、空気に溶けるようにふっと消えた。


「え……消えちゃった。」


姿がなくなると、途端に現実が押し寄せる。

暗い森、ざわりと不自然に揺れる葉。まるで何かの意思を感じる。


「……っ、戻りましょう。」


珍しく慌てた声を出すカイン。


「うん……」


私も背筋が冷えて、素直に頷いた。

しかし、向きを変えた瞬間――


「……いたっ!」


バチン、と乾いた音とともに右手に鋭い痛みが走った。


「ルウ様!!」


カインが駆け寄り、私の右手を取る。


「ルウ様……!血が……!」


手のひらには細い切り傷。枝で切ったような浅い傷ではない。けれど、何に触れたのか分からない。


「え……?なんで……?」


周囲を見渡すが、あるのは薄暗い森だけ。


「すみません、俺が止めなかったばかりに……」

「……違う。止まろうとしたけど、止まれなかった。カインもでしょ?」


まるで何かに導かれたように――。


「……一刻も早く戻りましょう。」


カインがハンカチで手を巻き、私の手を引く。

今度こそ戻ろうとした、その時。


「そこで何をしている。」


突然現れた気配に、身体が固まる。

振り向くと、鎧をまとった騎士が立っていた。大剣を腰に下げ、鋭い眼差しでこちらを睨む。


「そこで何をしていると言っている。」


凄まじい威圧感に、息が詰まる。


「結界が破られたと思って来たら……お前ら、ここがどこか分かっているのか。」


騎士は剣を抜き、剣先をこちらに向けた。


「ここは――王家に属する聖域だ。」


その言葉が示すものに、私たちは息を呑んだ。

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