episode13:招かれざる導き
森に一歩踏み入れると、空気が変わった。土の匂い、風に揺れる葉のざわめき、遠くで鳴いている小鳥の声。
日常では感じられないかすかな気配に、胸がざわつく。
「すごい神秘的ですね……」
カインが小さく呟き、その声に少しだけ緊張が和らぐ。
「うん。南の森とは全く違う感じ……」
そう答えた時だった。視界の端で何かが、ふわりと動いた。
「ん……?」
「ルウ様、肩に虫が」
ギョッとして固まる。
「ちょっとカイン!早く取ってよ!」
「ポーズが面白いので、そのままでいてもらっていいですか」
「冗談じゃないわよ……!」
なかなか飛び立たない虫に半泣きになる私を見て、「仕方ないですね」とカインがようやく払い落とした。
「ふぅ……」
一息ついて歩き始める。
しばらく進むと、突然近くの茂みがガサガサと揺れた。
魔物かもしれない。思わず身構える。
「ルウ様」
カインが、私を守るようにして前に出る。
しかし現れたのは、小さなキツネのような生き物だった。大きな目、ふさふさの尾、そして全身にまとった柔らかな光。
「なあんだ。魔物かと思った。」
ほっとすると、カインは視線を外さずに言った。
「いや、魔物ですね。」
「ええっ!こんな可愛いのに?」
「害はありませんが、シルヴァラという魔物です。」
「よく知ってるわね。」
「伝説の魔物として有名なんですよ。」
まるで私が非常識みたいに……。
「えっ、伝説!?」
カインは頷く。
「ええ、なんでこんなところに……」
その時、シルヴァラがピョコンと跳ね、光の粒子をまき散らしながら走り去った。
「……ちょっと追いかけてみない?」
伝説なんて気になるに決まっている。
「……仕方ないですね。」
カインは渋々ついて来るが、足取りはしっかりしている。
シルヴァラの光を頼りに奥へ進むほど、木々は密になり、薄暗さが増していった。
さっきまで賑やかだった鳥の声も途切れ、辺りは不自然なほど静寂に包まれる。
「ルウ様……なんか変じゃないですか……?」
カインが警戒して言った。
確かに、胸に嫌な感覚が広がっている。
それでも、光るシルヴァラを見ると、なぜか足が止まらなかった。
導くように跳ねる光。
私たちはその後を無意識に追い、小枝や苔を踏みしめながら奥へ奥へと進んでしまう。
やがて、シルヴァラは最後に一度跳ねると、空気に溶けるようにふっと消えた。
「え……消えちゃった。」
姿がなくなると、途端に現実が押し寄せる。
暗い森、ざわりと不自然に揺れる葉。まるで何かの意思を感じる。
「……っ、戻りましょう。」
珍しく慌てた声を出すカイン。
「うん……」
私も背筋が冷えて、素直に頷いた。
しかし、向きを変えた瞬間――
「……いたっ!」
バチン、と乾いた音とともに右手に鋭い痛みが走った。
「ルウ様!!」
カインが駆け寄り、私の右手を取る。
「ルウ様……!血が……!」
手のひらには細い切り傷。枝で切ったような浅い傷ではない。けれど、何に触れたのか分からない。
「え……?なんで……?」
周囲を見渡すが、あるのは薄暗い森だけ。
「すみません、俺が止めなかったばかりに……」
「……違う。止まろうとしたけど、止まれなかった。カインもでしょ?」
まるで何かに導かれたように――。
「……一刻も早く戻りましょう。」
カインがハンカチで手を巻き、私の手を引く。
今度こそ戻ろうとした、その時。
「そこで何をしている。」
突然現れた気配に、身体が固まる。
振り向くと、鎧をまとった騎士が立っていた。大剣を腰に下げ、鋭い眼差しでこちらを睨む。
「そこで何をしていると言っている。」
凄まじい威圧感に、息が詰まる。
「結界が破られたと思って来たら……お前ら、ここがどこか分かっているのか。」
騎士は剣を抜き、剣先をこちらに向けた。
「ここは――王家に属する聖域だ。」
その言葉が示すものに、私たちは息を呑んだ。




