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第6話 弱さの証

いいですか!フランスではバゲットをさかさまにおくと不吉とされるんです!

 冬が抜けきらぬ朝、霜の残る訓練場で、エミルは木剣を振っていた。

 息を吐くたびに白がこぼれ、地面に落ちる。誰もいない。師も、仲間の子供たちもまだ来ていない。早すぎる時間だ。

 彼はただ、自分の身体が思うように動くか確かめたかった。前夜、夢を見たのだ。大きな剣を握り、知らぬ男たちを斬り倒していく夢。

 夢の中で、自分の口から笑い声が漏れていた。

 目覚めたあと、怖くて泣いた。



 陽が昇ると同時に、師がやってきた。手に細い枝を持ち、いつものように静かに言う。


「今日の課題は“受け”だ。強さではなく、弱さを知れ」


 エミルは頷き、構えを取る。師の枝が軽く空を裂き、頬をかすめた。

 痛みはない。だが、わずかな赤が指に残る。

 師は言う。


「傷を恐れるな。恐れるというのは、生きている証だ。だが、恐怖に支配されるな」


 エミルはその言葉を胸の奥に刻んだ。

 恐怖と信仰は似ている気がした。どちらも、見えないものに心を委ねる行為だ。



 昼になる頃、彼は初めて転んだ。相手の木剣を受け損ね、肩から地面に倒れ込んだのだ。

 土の匂いが鼻を刺し、目に砂が入る。

 周りの子どもたちの笑い声がした。

 エミルは悔しさで唇を噛んだ。


「なぜ笑うの?」


 問いかけた声は静かで、それが逆に怖かった。

 笑っていた子どもが一人、すぐに黙る。


「転ぶのは恥ではない。立ち上がらないことが恥だ」


 それは師の口癖であり、祈りの一節にも似ていた。

 立ち上がったエミルは、木剣を拾い、胸の前で再び構える。

 その姿を見て、子どもたちは何も言わなくなった。



 夕刻、手には血豆がいくつもできていた。

 師はそれを見て、ひとことだけ言った。


「それが“弱さの証”だ。誇れ」


 弱さを誇る。

 不思議な言葉だった。

 だが、痛みのある掌を見つめるうちに、なぜか心が静まっていく。

 痛みがあることで、生きていることを確かめられる気がした。



 夜、祈りの時間。

 燭台の炎が揺れ、壁に影が映る。

 彼は膝をつき、手を組んだ。


「神よ。私は今日、弱さを知りました。

 それは恥ではなく、証なのですね。

 どうか、私の弱さを赦してください。

 そして、次に倒れる者を起こせる強さをください」


 その祈りは、静かで、幼く、まっすぐだった。

 それでも、その奥底で何かが目覚めつつあった。

 “弱さ”が“力”に変わる瞬間を、誰かが見ている気がした。



 翌朝、屋敷の玄関に一通の封書が届いた。

 紅い蝋で封じられたその印には、王都の紋章が刻まれていた。


 執事が手渡すと、母の代わりに養育を担う老女が言った。


「陛下より、ロート家の嫡男エミル様へ」


 エミルは首を傾げながら封を切る。

 中には、わずかな文。


“春を迎える日に、隣国の名門ブラン家との縁を結ぶ”


 その文字の意味を、まだ理解しきれなかった。

 ただ、“縁を結ぶ”という言葉に、どこか暖かい響きを感じた。

 家の中がざわつき始める。

 誰もが慌ただしく準備を始め、服や贈り物、花の話をしていた。


 エミルはただ、静かに窓の外の空を見上げる。

 春が来るのだ。

 彼はまだ知らない——その春が、

 永遠の別れを運ぶ季節になることを。

フランスのカフェでは、カウンターで立って飲むエスプレッソは1ユーロ台なのに、

同じものを席に座って飲むと3ユーロ近くになることが普通です。

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