第12話〜迫る狂気〜
冥界に来てから、孤独な時間が増えていくサクラ。
そんな彼女の前に現れたのは、冥界屈指の紳士悪魔――ビート。
手を差し伸べるその笑顔は甘く、けれど心の奥底には別の欲望が潜んでいて……。
今回は、ビートとサクラが少し危ない距離感になる回です。
冥界の富裕街や、ゼロンの派手な登場シーンもお楽しみに〜
―冥界の深い夜が明け、薄暗い朝が始まる。
ディルフ邸の寝室で、サクラは目を覚ました。
「あ……もう、こんな時間……」
家の中は静かで、誰の気配もしない。
ヒタヒタと足音を立ててリビングへ向かい、一面ガラス張りの窓に手を当てて外を眺める。
広がるのは、陰りの中にも命の息づく冥界の景色。
見下ろせば、悪魔たちが日々を営んでいる。
店先で談笑する者、家族と歩く者、仲間と肩を並べる者――。
「……人間と、そんなに変わらないじゃん……」
小さく呟いた、その時だった。
――バサッ、バサッ。
大きな翼で羽ばたく音とともに、巨大な影が建物を覆う。
ディルフの屋敷の上に、何かが降り立ったのだ。
胸がざわめき、サクラは屋上へ出る。
そこにいたのは、深い緋色の竜。
息を呑むほどの威容に、サクラは動けなくなる。
よく見ると、竜の背に人影が…
その人物は軽やかに飛び降り、サクラの方へ歩み寄った。
――HELLS CLUBのマスター、ビートだ。
竜は紫煙を纏いながら姿を変え、やがて現れたのは、以前クラブの門前でギルとやり取りしていた悪魔、カッターだった。
彼は無表情で一礼し、ビートの背後へ控える。
ビートはサクラの手を取り、甘く囁く
「サクラさん、おはようございます。今日のご予定は?」
その微笑みに、胸が揺れる
「……いえ、特にはありません」
「では、一緒に来てください」
ビートは微笑みながら、腰へ自然と手を回す。
自身の魔力を抑える、特別な繊維で作られた手袋を着けているが、それでも魔力は滲み出し、サクラの体温はじんわりと上がっていく。
「保護者は一緒ではないようですね」
ふっと笑うビート。
「ギルは……何してるか分からないです。ディルフは……地上のお仕事、です」
寂しげな表情。
その顔を見て、ビートは妖しい笑みを浮かべる。
「慣れない冥界で独りきり……退屈でしょう? 今日は私が案内します」
危ないとは分かっていても、面と向かって話をすると悪い悪魔には見えなかった。
少しだけ考え――コクンと頷く。
「では……行きましょう」
カッターの周囲に魔力の渦が巻き、再び深紅の竜へと変わる。
「失礼します」
ビートはサクラを抱き上げ、その背に乗せた。
「きゃっ! ……び、ビートさん……!」
腕の中で赤くなる少女を見て、ビートの中であの日芽生えた欲が疼く。
特別な魔力、美しい容姿――初めて見た時から、彼の中にあったのはただひとつ。
〝この人間を喰らいたい〟
だが、冥界の上位悪魔や、そのさらに上の存在に邪魔されず近付くには、理由が必要だった。
『保護者を付けるべきだ』と審議会で発言したのも、そのためだ。
「サクラさん……あなたは本当に……可愛い人ですね」
「えっ……あ、ありがとうございます……///」
理性を押しとどめながら微笑むビート。
少しして、竜は冥界の富裕街に降り立つ。
上級悪魔の邸宅や高級店が軒を連ねる街にサクラは圧倒される。
「今日は冥界へ来てくださった記念と……クラブで少し怖い思いをさせたお詫びを兼ねて、この街をご案内します」
その笑みに、サクラもつられて微笑む。
「あ! あの一番大きいお店、ゼロンさんのですよね? ――あっ……」
はしゃいだ自分に気付いて頬を染める少女に、ビートは優しく応じた。
「ええ、冥界一のデザイナーです。行きましょうか」
「はいっ!」
水中の城を思わせる豪華な店内で、魚のようなスタッフたちが働く。
ーそして―
「いや~~ん! サクラちゃんじゃないの! ……って、ビートちゃん!?」
現れたのは店主ゼロン。
ギルの服を手掛ける上級悪魔だ。
会話は弾み、ゼロンはサクラに似合う服や靴、装飾品を惜しげもなく選び与える。
「ゼロンさん、ありがとうございました!」
店を出たサクラは、笑顔で言った。
「こんなにありがとうございます……でも、可愛い服、いつ着れば……」
ビートはそっとサクラの髪に触れ、静かに告げる。
「いつ何を着ても、あなたは美しい。……もし良ければ、今夜は私と過ごしませんか?」
孤独な少女の心は簡単に揺れる
「え…それって……ご飯を食べようって事、ですよね…?」
「ええ。ただの夕食ですよ。素敵な場所をご用意します」
「……なら、一緒に食べます!」
ビートは微笑みサクラの肩に手を回す。
それはまるで、獲物を逃さんとする捕食者そのものであった。
そうして2人は、妖しくも美しい冥界の闇へ消えていった――。
読んでいただきありがとうございます!
ビートは「紳士 × 肉食獣」な二面性を持たせているキャラなので、今回でそのギャップがちょっと伝わったら嬉しいです。
サクラも本能では危険を感じてるんですが……優しさや寂しさに揺れてしまうんですよね。
次回は、このディナーがどうなるか――甘くて危険な夜が始まります。
X(旧Twitter)にて、地味にそばにいる〝カッター〟君紹介してるので良かったら見て下さい
プロフにリンクはってます〜