勇者が家の中を物色できる理由
私は外から聞こえた物音で目が覚めた。寝惚け眼を擦りながら、ベッドから降りると、外に出た。郵便受けを確認すると、王様からの通達文書が入っていた。
私は緊張しながら、通達文書を手に取ると、家の中に戻り、すぐさま中身を確認した。通達文書には『勇者がこの国を出発して旅をすることになった。その手伝いをして欲しい』と書かれていた。
私は指示に従い、壺や箪笥の抽斗にゴールドやアイテムを隠した。レアアイテムとは言い難いけど、薬草だし、旅の役には立つだろう。そもそも一般市民にレアアイテムを入手する機会なんてないし。
勇者様には頑張ってもらいたいから、ちょっと奮発して合計で3000ゴールドくらい隠しておいた。
それから張り紙に『勇者様へ 許可しますので、ご自由に家の中を物色してください。鍵は開けておきます』と勇者様へのメッセージを書き、扉に貼った。
数世代前までは勇者様が勝手に家の中に入り、壺を割ったり、抽斗を漁るのはどうなんだと国民から不満の声が上がって、問題になっていたらしい。この問題を解決するために、当時の王様は国民に協力を仰ぐことにした。張り紙をすることにより、勇者様は住民の許可を得た上で、家の中を物色できるようになったのだ。張り紙がない民家は不許可のため、勇者様であっても、入ることはできない。
当時の王様は協力してくれた国民に幾ばくかのお礼をし、それが今でも続いているのだ。当時の王様が考えた案は今では当たり前になっている。
昔の勇者様は嫌われ者で、決して家の中を物色しない魔物の方が好かれていたらしいけど。今の勇者様は何代目だっけ? 何世代にも渡って勇者様と魔王の戦いは続いている。勇者様が倒しても、数年後には新たな魔王が出てくるのだ。
現勇者様には魔王を倒した後、少しでも長く平和な世界を維持してもらいたいものだ。
私はそう思いながら、勇者様が来るのを待った。
☆☆
壁際の椅子に腰掛けてぼんやりしていると、扉が開き、勇者様が入ってきた。旅を始める前だからか、まだ仲間はいないようだった。勇者様以外に人はいないし。
勇者様は私と目が合うと、ペコリと頭を下げてきた。すぐに私も頭を下げ返した。
勇者様は家の中を歩き回ると、壺を割ったり、箪笥の抽斗を開けたりして、私が隠したゴールドやアイテムを次々と獲得していく。噂で聞いただけだけど、勇者様の遺伝子には壺を見ると、割らずにはいられない本能が深く刻み込まれているらしい。本当かどうかは知らないけれど。
勇者様はゴールドやアイテムをすべて獲得し終えたらしく、私に向かって丁寧にお辞儀すると、家を出ていった。
私は椅子から立ち上がると、外に出て、扉から張り紙を外した。
張り紙を小さく丸めながら、振り返ると、勇者様の背中が僅かに見えた。
「……勇者様の旅に幸あらんことを」
私は勇者様の無事を祈りながら、静かに呟いたのだった。
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