第61話 八層リベンジ
「お疲れ様でした」
石田さんの出してくれたお茶で、ボクらは一息つく。
オニたちはあっさりと、ボクたちを帰してくれた。まだ戦うレベルではないって、向こうも感じてくれたのかもしれない。
「ツヨシ、どうして逃げた? まだやれたんじゃないか?」
緑茶型ポーションをがぶ飲みしながら、センディさんが同じく回復剤入りのせんべいをバリボリとかじる。
「センディ様、ワタシたちの目的はブルードラゴン・ショウトウルの打倒です。八層の攻略ではありません」
ボクに抗議してきたセンディさんを、ワラビが制した。
「マスターツヨシの判断は、的確でした。あのまま戦っていたら、誰かしらが命を落としていたでしょう」
ショウトウルと戦う前に、ボクたちのうち誰かがいなくなるって事態は避けたい。
「そうだな……たしかにな。悪かった」
「いえ。ボクも思い悩んでいたことがあって」
「どうした、ツヨシ?」
「強敵と戦っているとき、高揚感のようなものが、出なくて」
かつてこのオニと戦ったサムライは、気持ちが高ぶったのかな。いや、当時は今より平和じゃなかったはずだ。きっと、誰かを守るために必死だっただろう。
ボクには、地球を背負っているなんてプレッシャーはない。
ドラゴンを倒さないと、世界が終わってしまうって実感も、体感できずにいた。
今、身近に脅威が迫っている。
なのに、ボクは気持ちが昂らない。
冒険者の中には、戦いの中でしか生きられない人がいるという。
ボクは、そちら側じゃないのかもね。
「そんなもん、持っちゃいけねえよ、パーティを生存させるなら、そんな感情は余計だ」
「センディさん?」
「たしかに、高揚感はとんでもない力を発揮してくれる。だが、同時に周りが見えなくなって、仲間を危険に晒す。自分の命さえ、容赦なく死神相手にベットしてしまうもんさ。勝てる保証もねえのによ」
おそらくセンディさんの長い冒険者生活の中でも、同じようなことがあったのだろう。
「ツヨシ、たしかにお前の考えは甘いって、言われるだろうな。けどよ、その考えのお陰で、オレたちはまだ立っていられる。感謝してるぜ」
「こちらこそ、ありがとうございます」
とはいえ、まだまだ強くなる必要はありそうだ。
八層での戦いで、自分たちの限界は確認できている。
いくら劣化ルクシオ・ソールといえど、戦闘経験に差が大きい。
そのせいで、ボクらは負けた。
「数日、おやっさんの訓練を受けて、後で八層を目指すか?」
「そうですね。お願いできますか?」
「話をつけておく」
翌日から、ボクはカムロさんの指導を受けることになった。
ボクが訓練を受けている間、他のみんなは七層を探索する。少しでもレベルを上げて、八層でも息切れしない領域まで力を底上げしていくそうだ。
カムロさんは冒険者を引退し、後世の指導員になっているという。
スキルの見直しにも、相談に乗ってもらった。
「ワラビに頼った戦闘スタイルに偏りすぎてしまって、自分が強くなる方向性で」
「うむ」
とにかくワラビがどこまで戦えるのかを見極めて、その上でスキルを見直した方がいいとなった。
「うむ。見たところ、お互いの力量に差はない」
修行を終えて、カムロさんが刀をしまう。
「はあ、はあ。ありがとうございます」
ボクは四つん這いになったまま、立ち上がれない。
伸縮自在なワラビの多角的攻撃も、カムロさんはあっさりと捌き切った。力で押し切ればなんとかなりそうではある。しかし、ボク自身の強さも要求されるのは事実だ。
ある程度強い魔物と戦って、自分の力量はわかっていたつもりだけど、まだショウトウルには遠い。
戦闘経験の豊富な人のアドバイスを聞いて、自分はまだまだだと確信する。
「技量が足りぬというのは、伸びしろがあるということ。誰しも、一足飛びで強くはなれぬよ」
「そうですね。肝に銘じます」
その後もトレーニングは続き、いよいよ八層リベンジとなった。
みんなの装備も、一新している。
「強いドロップがあるといいね」
「マスターツヨシが、さらに強くなることを願います」
デーモンロードと、再度一騎打ちに。
「いくよ、【コンバットスタイル】!」
ボクは、ヒヒイロカネの剣を逆手持ちにする。
カムロさんが警察官時代に習ったという、近接戦闘術がベースだ。
相手を崩して無力化したところを、撃退する。
地味で、かっこよくはない。だが、ムダを省いているので的確だ。
「これだけ覚えていればいい」という戦闘スタイルを、ボクとワラビで徹底的に覚えた。
デーモンロードが何度襲ってきても、ボクとワラビはコンバットスタイルで退ける。的確に急所へダメージを与えては、距離を取った。みぞおち、脇腹、スネ、鎖骨の辺りを切り込む。
常時、クリティカル攻撃が入っている状態だ。
それ以上は、踏み込まない。ワラビとともに、守りに入る。
「ググウ」
デーモンロードが、さらに異形と化す。ヨロイと一体化して、本物のオニへと変化した。
「マスターツヨシ。敵が、【鬼神】に変形しました」
やはりもう一手、隠し持っていたか。




