第57話 思い残すことのないように
冒険者ギルドに戻って、事情を話す。
「実際のところ、ショウトウル氏も追い詰められていたそうです」
ギルド受付の石田さんによると、ショウトウル一派はブルードラゴンの中で随分と責められたという。
『お前の組のものが、問題を起こしたんじゃないか。責任を取れ』
『ワイバーンとはいえ、ドラゴンが人間に負けるなんて、あってはならないこと』
『お前がいかないなら、我々で始末をつけるしかない』
と、散々な言われようだったらしい。
まるで田舎者の、村八分ではないか。
「勝手ですね」
「まあ、実態を知らない連中が、喚いているだけですので」
石田さんの言葉通り、黙らせたのはランさんだ。
『こちらでカタを付けたら、文句はあるまい』
と、一言でドラゴンたちを沈黙させたという。
「どうして、黙り込んだんです?」
「みんな、ツヨシさんたちが怖いのです。全力を出していないとはいえ、魔王を倒した方ですからね」
仮にドラゴンが負けた場合、面汚しになるのは自分たちだ。
「自分が出向くと言ったドラゴンでさえ、はいどうぞ、といったら逃げるんですね?」
「はい。できもしないことを、言っているだけなんですよ」
だから、外で煽るしかないと。
この辺は、人間の習性と同じだなと思った。
どこの世界でも、クレーマーは部外者なのである。当事者になれば、誰にも批判はできない。
「ドラゴンでも、日和っているヤツラってのはいるんだな?」
「はい。古い神様ですからね。自分の可能性を信じようとしたワイバーンのほうが、勇敢と言えるかもしれませんね。彼の場合、ただの蛮勇だったわけですが」
ワイバーンの強さは、人間とは桁違いだった。体感で言えば、まだ人間ベースのヴァンパイアの方が戦略を立てやすかった印象がある。
「ブルードラゴンの強さは、ワイバーンとは比較になりません。腐っても、魔王を二体も消滅させていますからね。魔王も全力を出せていませんでしたが」
ランさんは、ボクたちに「十分な準備期間を与える」と言っているそうだ。
ドラゴン形態で戦うから、仲間全員で挑んできてほしいとのこと。
「万全の態勢で、臨んでほしいとのことです」
「わかりました。ひとまず、家に帰りますね」
こうして、ボクたちは準備のために帰宅した。
「ボクとヒヨリさんが、デートですか!?」
その日の夕飯どき、ボクは思わず叫んでしまう。
「なにも不思議じゃねえだろ。オレたちが、なんもわかんねえと思っていたのかよ?」
「そうよ。ツヨシくんとヒヨリちゃんの仲が進展しているのは、パーティとして見ていてわかるわ」
センディさんとコルタナさんが、当たり前のように告げた。
どうも、ボクとヒヨリさんはそう思われていたらしい。
「あたしも、どうして二人が今まで交際していなかったのか、不思議に思っていたくらいよ」
『同感である。ダンジョン冒険者にとって、配偶者は貴重である』
メイヴィス姫と、コンラッドまで。
「ワラビは、どうなの? ボクとヒヨリさんって、そんなふうに見えた?」
「はい。マスターツヨシ。常に見せつけているようでした」
「うおおお」
ボクは、ご飯を吹き出しそうになった。
ちなみに、今日はヒヨリさんの手料理である。肉じゃがと、豆腐のお味噌汁と、サバの塩焼きだ。誘拐されてすぐだというのに、「いつもどおりのことがしたい」って。
「だからよ、思い残すことがないように、めいっぱいお互いのことを理解しておくんだ」
「そうよ。ドラゴンとの戦いで、無事で済むかどうか、わからないんだから」
覚悟を決めて、デートしてこいと。
なんだか、ドラゴンと通信が会ったときより緊張してきたんだけど?
「ヒヨリさんは、いいんですか?」
「実はあらかじめ、デート用の新しいお洋服を、姫やコルタナさんに選んでもらっていたんですよね」
装備品の新調よりうれしそうな顔をして、ヒヨリさんはウキウキしている。
これは、誘ってもよさそうだ。
「デートといっても、いつ行けば……」
「明日だ。水族館に行ってこい」
「お別れデートの定番場所じゃないですか」
会話が続かないから、別れちゃうって噂なら聞いたことがあるけど。
「お前さんのリード力が試されるぜ、ツヨシ」
「は、はあ……」
めちゃくちゃ気が重いな。
「思い悩む必要はないわよ、ツヨシ。恋人同士って、一緒の時間を過ごすだけで楽しいものだから」
「そんなもんですか」
誰かと恋人になったことなんてないから、わからないんだけど。
「さてと。オレも、カカァのところでのんびりするかな」
食事を終えてすぐ、センディさんが立ち上がる。決闘の日まで、ここには来ないそうだ。
「私も、実家で家族に会ってくるわ」
「あたしも、一緒に帰りましょう、コルタナ」
「ええ」
コルタナさんとメイヴィス姫、コンラッドも、席を立つ。
「お見送りしますよ」
「いいのよ」
ボクの申し出を断って、三人は帰っていった。
「あの、ヒヨリさん」
「わたしも、実家へ一旦帰ります。デートの準備がありますから」
ピオンを連れて、スタスタとヒヨリさんも帰っていく。
「当日は、我々スライムも同行しますから」
だよね。テイマーはモンスターと離れられないし。
「そうだね。お願いします」
その後、ボクは二回入浴して、丹念に歯を磨いて眠った。




