第56話 ドラゴン族の親分
「あいつは、夫の……ショウトウルの舎弟だったんだ」
ワイバーンは元々、ランさんの宿の従業員だった。ショウトウルがスラムから拾ってきて、面倒を見ていたという。
「清掃員として、雇っていたんだけどね」
だが素行が悪く、問題ばかりを起こしていたらしい。
「気がついたら、いなくなっていてさ。魔王ルクシオのところで暴れていたんだってさ」
いわゆる人間世界で言う、「闇バイト」に手を染めたのだと。
「いっつもさ、『人里に降りて一旗上げたい』って言っていたねえ」
「そう、ですか」
「別にいいんだよ、ツヨシ。あんたが気に病むことはない。あいつはいつ殺されても、おかしくなかったのさ」
むしろ、死んでせいせいしているという。
「そもそも、ヤツをそそのかしたのは魔王ルクシオだ。最終的にピグまりだっけ? ニンゲンの手下にされちまってよお。あのヤロウは約一人前になりてえって、功を焦りやがって!」
レッドドラゴンが、怒りをあわらにする。
「どうして?」
「ドラゴンの中で、格下だからさ」
ワイバーンは、ドラゴンの中でも最下層の種族に当たるという。まして、あのワイバーンは捨て子だった。おまけに、あまり強くない種だったという。
「今は種族間で差別が発生するなんて、時代じゃねえってのに。あいつはやけに、地位に固執しててさ。説得してもムダだった。『生まれたときから上位種だったアンタらには、オレの気持ちなんてわからねえ』つってさ」
その頃から、魔王ルクシオによる洗脳は始まっていたのかもしれない。
「結局あんたと戦って、あいつはおっ死んじまった。世間様に迷惑をかけた、バチが当たったのさ」
「だけど一族としては、やられっぱなしじゃ済まないぜ」
ショウトウルが、子どもをあやしながら再度フェードインしてきた。
「それにしても、あんた。あのビデオレターはなんだい?」
「地上のヤツの資料を見たら、あの方法が一番精神的ダメージがデカいって説明があったんだよ!」
「なんの資料を見たんだい?」
「FAN●A」
「エロ本サイトじゃないか! あんた、まだあんなサイトにお世話になってんのかい!」
ランさんが、ショウトウルの頭を叩く。
「とまあ、このバカはほっといて。スライムテイマーのツヨシ。ショウトウルと、戦ってもらいたい」
「どうしても、避けられませんか?」
「ムリだね。これは、ドラゴンのメンツがかかっているからさ」
雇用主であったショウトウル夫妻に、怨恨の感情はない。自業自得と思っている。
だが同種族のドラゴンは、黙っていなかった。
「あいつら、『ドラゴンがニンゲンに負けるはずがない』とガチで思っていてさ」
ドラゴンたちは、『ニンゲンに舐められたままではいかん』って、まくしたてているという。
「そこで、ショウトウルほどの実力者が負けたら、ヤツラも納得するっていうんだ」
「もし、戦いを放棄したら?」
この人たちはたしかに、常識から外れた行為が目立つ。が、悪党ではない。できれば、穏便に済ませたかったが。
「ムリだね。あんたが魔王ルクシオを倒したって話も、疑っているくらいだからさ」
魔王ルクシオは、地上で戦えるギリギリの力しか出していない。本気ではない魔王を倒したと言われても、ドラゴンたちは納得しないのだ。
「悪いな。めんどくさい連中で」
「いえ。戦いは、避けられないんですね?」
「ああ。どっちかがくたばるまで、終わらねえ」
命がけの戦いに、なるのか。
「あんたがガチで、戦ってくれるかわからない。それで、あんたにも大切な人を失った辛さを味わってほしかったんだって。ごめんよ。さらうだけにとどめているから、なにも危害は加えないよ」
「事情は、わかりました。でも、ヒヨリさんは無事に返して上げてください。親御さんが心配しているので」
たしかに、ヒヨリさんは無事だ。
とはいえ強引な手段を、認めるワケにはいかない。
「心配しているのは、親御さんだけかい?」
ランさんが意味深な言葉を、ボクに投げかける。
「どういう、ことでしょうか?」
「ツヨシ、ちゃんと伝えないとダメだよ。あんたもだよ、ヒヨリちゃん」
画面越しで、ボクはヒヨリさんと向き合う。
「と、とにかく、ヒヨリさんとピオンを家に返してください。戦ってほしいなら、それが条件です」
「いいよ。そんなの。すぐ返すよ。で、戦ってもらえるんだね?」
「はい。受けて立ちます」
もう、後戻りはできない。
「一層にある、回復の泉までおいで。そこで引き渡す」
「わかりました。行くよ、ワラビ」
すぐに立ち上がって、一層までヒヨリさんを迎えに行く。
ダンジョン一層なら、ギルドからも近い。
回復の泉に立ち寄ると、ランさんを伴ってヒヨリさんがベンチに座っていた。
「無事ですか、ヒヨリさん!」
「ああ、ツヨシさん!」
ヒヨリさんはボクを見つけると、ベンチから立って駆け寄ってくる。ボクを抱きしめて、離さない。
「決闘の日程は、後日ギルドに伝える。それまでに、万全の準備をしなよ」
「ありがとうございました」
ボクとヒヨリさんが、ランさんにお礼を言う。
「礼は結構だよ。誘拐したのは事実なんだから」
「あの、配信でおっしゃっていたことは?」
「自分で考えな」
ランさんはそれだけ言い残して、ダンジョンから消えた。




