シストの昔話
結婚後、中々子宝に恵まれなかった両親にとって、ようやく授かった僕という命は大変に愛されて育った。
公爵家嫡男という何でも手に入れられる権力の元に生まれた僕は、幼少期から、欲しいと言う前に全てのものを与えられてきた。
僕の場合、それで我儘になるということはなく、逆に、与えられ過ぎて物欲がなくなった。自分から欲しがることが無かったのだ。
何もねだらない僕に対し、両親の溺愛は更にエスカレートし、ありとあらゆるものを買い与えられるようになった。
でも、何を与えられても心が動くことはなかった。
それでも、両親の気持ちを無碍にすることも気が引け、僕は笑顔を作ることを覚えた。
我ながら、子どもらしくない子どもだったように思う。
そんな僕が一人の女の子に出会い、雷に打たれたような衝撃を受けたのだ。
それは、黒髪の人形のように美しい女の子だった。
王都を歩いていて、たまたま見かけた女の子。
だが、彼女を一目見た瞬間、心を鷲掴みにされた。僕の全てを持って行かれたのだ。
生まれて初めて、近づきたい、触れたい、手に入れたいという欲求が心の奥底から湧き上がった。
何がどう良かったのかと問われても説明することは難しいだろう。
あれは、運命の出会いとしか言いようがない。
一瞬で目の前を通り過ぎて行った彼女。
当時の自分はまだ幼く、その後ろ姿を見つめることしかできなかった。
それからは、時間さえあれば彼女を見かけた場所に足を運んだ。朝昼晩と時間を変えて、探しに行った。お茶会にも積極的に参加した。
全ては、あの黒髪の少女にもう一度会うために。
親に頼んで、黒髪の同い年くらいの令嬢を探させたこともあったが、王都で該当した彼女達はどれも僕の探し人ではなかった。
7年もの月日を費やしたが、手掛かりを見つけることすら出来ず、黒髪の少女に会うことは叶わなかった。
僕には時間が無かった。
公爵家嫡男という立場上、学園を卒業するまでには相手を決めなければならなかった。
あんなに心を掻き乱される相手など、一生に二人も現れるはずがない。
僕は彼女以外に興味が無かった。他の女性は全て同じに見えた。
それなのに、半強制的にお茶会という名の集団見合いに参加させられ、辟易としていた。
香水の匂いと、媚びるような高い声、ギラギラとした装飾、その全てに嫌悪感を抱いた僕は、その場から逃げた。
当てもなく、人がいない場所を適当に選んで闇雲に歩いていた。
花壇が並ぶ道を抜けて、芝生が広がる場所まで来た僕は、目の前の光景に息を呑んだ。
そこには、木の幹にもたれかかって眠る、黒髪の少女がいたからだ。
「嘘だろ…」
衝撃だった。
僕の中に、二回目の雷が落ちた。
あんなにも追い求めた少女が今目の前にいる。
しかも、自分の予想を遥かに超えて、美しく成長した姿で。
女神が人の姿をしていたのなら、きっと彼女と瓜二つの姿をしているに違いない。
ようやく訪れた君との二回目の出会い。
この機会を絶対に逃すものか。
必ず君のことを手に入れて見せる。
僕が初めて欲しいと思った人。
「やっと見つけた。」
僕は、この一言に万感の想いを込めた。