【番外編】翻弄したい
午後の昼下がり、学園近くの大して新しくも人気でもない閑散としたカフェの中、何やら気難しい顔をしたミーナと普段と変わらぬ表情で紅茶を啜るフランカの姿があった。
自分も紅茶を飲もうとしたミーナだったが、持ち上げたティーカップをソーサーの上に戻しフランカの目を見た。
「ちょっとフランカに相談したいことがあって…私どうしてもシスト様に」
「やり返したいんでしょう?」
「え」
幼馴染の考えなどお見通しとばかりに、フランカはティーカップに視線を向けたまま答えた。
「…何でわかったの?」
「そんなのミーナと彼の関係を見てれば分かるわよ。でもやめておいた方が良いわねぇ…」
「なんで?どうして?私だってシスト様のことをドキドキさせたいし、そのなんていうか…こう女性としての色気を出して翻弄して狼狽える瞳を一目見たく…きゃああああああああっ!んぐっ!」
己の妄想に耐えきれず黄色い悲鳴を上げたミーナに、フランカはすかさず紅茶に添えられていた小菓子を彼女の口に放り込んで静かにさせた。
幸い、近くの席に客の姿はなく悪目立ちすることはなかった。
「はぁ…貴女がすぐそうなるからよ。」
フランカは完全に呆れているがミーナには伝わってないらしく、整った顔を傾げてポカンとした表情をしている。
「まぁいいわ。そんなに自信があるのなら一度試してみると良いわよ。」
こうして諦めたフランカはミーナにアドバイスを行い、次の日の放課後に実践することとなったのだ。
***
朝、ミーナから『放課後デートをしたいです』と可愛くねだられたシストは浮き足立つ気持ちで待ち合わせ場所の校門前へと向かっていた。
門のすぐ手前、見慣れた愛しの後ろ姿を見つけて目を見開く。
「僕のミーナ、今日の君は随分と…いや、言語化するのが難しいほどに素晴らしいな。」
片手で前髪をかき上げ、眩い宝物を見るかのように目を細めるシスト。
な、なっ、、なんなのおおおおおおっ!!!ちょっと美し過ぎるんだけどっ!!!!!なんで今日に限ってそんなっ……………ズルいっ!!ああでも、このギャップ最高っー!!!!
目と心と思考の全てを一瞬でシストに奪われたミーナ。
目の前の彼は普段の制服姿と異なっていて、ネクタイが外され第一ボタンが空き、大胆に開いた襟元から真っ白な鎖骨が露わになりとてつもない色気を放っていた。
一方のミーナも、朝は下ろしていた髪に緩くウェーブをかけてサイドアップにしており、剥き出しになった耳には華奢なイヤリングが揺れていて、大人な雰囲気を醸し出していた。
「ミーナ?大丈夫かい?」
シストの色気に当てられ口をぱくぱくさせるミーナの顔を覗き込んできた。
「え、この至近距離最高っ…じゃなかった…え、ええ。」
「ふっ…なら良かった。そろそろ行こうか。」
相変わらず心の声がダダ漏れなミーナに、シストは笑みを噛み殺しながら指を絡め取るようにして手を繋いだ。
「!!」
な、なななななに、今の技は!?上流貴族は幼少期に手の繋ぎ方まで教育されるの!?それとも、顔の良い人は自然に出来るの?生まれつき!?って、ちょっと待って…これじゃいつものパターンじゃない!気を取り直して、ちゃんと私がリードしなきゃっ…
「私、行きたいお店がありますの。こちらですわ。」
「…ふぅん」
荒くなった呼吸を整え、繋がれた手を行きたい方向に引くミーナ。
途端に拗ねたように口を尖らせたシスト。手を引かれる側が気に食わないのか、あからさまに不満げな顔をしている。
「かっ」
美丈夫の普段は見せない少年のような可愛さに、うっかり声を出しそうになったミーナが慌てて片手で自分の口を塞いだ。
「ふふふ」
自分の予想通りとなったミーナの反応を見て小さく微笑んだシストは、打って変わってご機嫌な足取りで彼女の半歩後ろをついていった。
「まさかとは思うけれど、目的地はあのカフェではないよね?」
シストは怪訝な顔で数メートル先に見えたシックな装いの真新しいカフェを指差した。
真っ黒な両扉の入り口に透過性はなく中の様子は伺えないが、建物に沿って並ぶ若い女性達の長い列を見るに相当の人気があることが分かる。
「あそこは最近出来たという評判のカフェで、私も一度行って…」
「うん、顔が良い男を集めて店員にしてるって最近有名だね。だから店員目当てで来る若い女性客が多いとか。…で、君はそんな低俗なカフェに興味があるのかな?」
「えっと…」
繋いだ手を引き寄せ、いつもより低い声で凄みを見せるシスト。その瞳は笑っておらず、口角だけが不自然なほどに上がっている。
こ、これが男の嫉妬ってやつ…!?はぁ…たまりません。この、『俺だけのもの』って物扱いがなんとも言えない幸福感を与えてくれる…シスト様になら縛られるのも悪くないかも…
「こんな目の前に僕がいるのに?」
「ひっ……」
繋いだ手を引かれるまま移動し、気付いたらミーナは店の外壁に背中をつけ眼前にはシストの美しい顔が迫っていた。
だが、その瞳にいつもの蕩けるような甘さはなく、狂おしいほどの愛憎が込められている。
「い、いえっ…その、単なる好奇心と言いますかなんというか…」
「へぇ。ミーナは僕というものがありながら、他の男に興味があるんだ?」
「…そんなことは全く!」
「顔が良ければ誰でも良いの?それとも僕に不満がある?もう飽きたとか?」
「あ、ああ、飽きるなんて滅相もございませんっ。その…し、シスト様が誰よりも何より一生大好き…です。」
「それじゃ分からないな。」
「い、いや、でもその、これは絶対に絶対に本気でっ……私が夢中になるのは後にも先にもシスト様ただお一人だけでっ……だから」
「ああもうっずるい。」
鼻先がくっつきそうなほど近かった顔が視界から外れ、今度は思い切り抱きしめ首元に顔を埋めてきたシスト。
あまりのくすぐったさにミーナは身を捩ったが、離してくれる素振りはない。
ふぁっ、ふぁあああああっ!!く、くくく、柔らかな唇が首に、地肌に直接当たってる…!!何このマシュマロテイストっ!パーツまで完璧だなんて!
「こんな大勢の前ででそんなことを言われてしまったら許すしかないよ。意地悪をして悪かった。僕が大人げ無かったね。」
「へ…???」
シストの腕の隙間から辺りを見渡すと、店の前に並んでいた若い女性達の視線がいつの間にかミーナ達に集中していた。
皆ハンカチを握りしめて頬を紅潮させ、興奮冷めやらぬ様子をしている。
「なっ………」
「僕は君の気持ちを聞けて本当に良かった。そうでなければ、今すぐ僕の邸に連れ帰ってそのまま一生を過ごさせるところだったよ。君の気持ちが他に向いてしまわないように、誰も君のことを視界に入れなくて済むように。そう出来たらどんなに幸せなことか…想像するだけで胸がときめくよね。」
「それって…ずっとシスト様と二人きりってこと…?」
「そう。侍女も置かず、僕が君の身の回りの世話を全てやってあげるし、欲しい物は何でも用意する。互いに嫉妬や余計な心配をすることなく、心から自由に生きられる。ほら、幸せな毎日だと思わない?」
「シスト様が身の回りの世話を……」
シスト様の手料理…器用だから何でも作れそう。食べさせてくれたり?…え、なにそれ最高。その上、彼が選んでくれたドレスを毎日着られるってこと?そんなのもう幸せ過ぎて涙が…え、でもちょっと待って…
「でも流石に湯浴みまではっ…」
「それは心配ないよ。」
「そ、そうですよね!湯浴みは流石に侍女の手を借りますよね。私ったらつい…」
「ん?いずれ全て曝け出すことになるのだから、湯浴みを一緒にしても問題ないよね。」
「え?は!?曝け出すって……」
「僕は君の全てが欲しい。君は僕の物なんだろ?」
今度は熱のこもった瞳を一心に向けてくるシスト。美しい顔に熱い瞳で見つめられ、ミーナは簡単に平常心を手放した。ぼうっと熱を待った頭を冷やすことなく、思ったことを感情のまま口にする。
「…はい、私はシスト様のものです。ああもう好きにして。大好き。」
「ああ、僕も君のものだよ。愛してる。」
熱い抱擁を交わす美男美女の光景に、観衆から盛大な拍手が送られた。もちろん、感極まる二人だけの世界には届いていないが。
「あーあ、やっぱりダメだったわね。」
「シストの圧勝だな。ってことでこの賭けは俺の勝ち。」
「は?私も彼に賭けたから引き分けよ。」
「それ最初から勝負になってないじゃんか…」
バレないよう物陰から様子を伺っていたフランカとシモーネの二人。
翌日、そんな二人に対してシストの対応が一段と冷たかったというのはまた別の話。




