譲れないもの
「ちょっと待ってよ。私そんな人知らないわよ?なんでそんな高貴な方が私なんかに…何の嫌がらせよ…」
ミーナは、ワケが分らないといったふうに、目に手を当て、ため息を吐いた。
「詳しくは私も存じ上げませんで…そろそろ旦那様がご説明にいらっしゃるかと…」
「ミーナ!!い、いつの間に…モンタルド公爵家の息子と恋仲に…私は聞いてないぞ…!」
ララの言葉に被せるように、部屋に突撃してきた父親が声を上げた。
普通なら、公爵家からの婚約の申し出など、即答するほど家にとって喜ばしいことなのだが、庶民の感覚を持つ父親は、『交際を隠してた娘』にしか見えておらず、隠し事をされていたショックと言いようのない寂しさに、わなわなと肩が震えていた。
「勘違いよ!!私、会ったことないし、そんな人知らないわ。冷静に考えて、公爵家の方と接する機会なんて私にないじゃない。」
「彼は、昨日のお茶会でお前に会ったと話していたぞ…」
「へ?私お茶会でなんて、誰とも話してないわよ?1人でふらふら散策して…あっ!!」
お茶会の時のことを思い出している内に、あの強烈な美貌が脳裏に蘇った。
金髪碧眼の天使のように麗しい彼…
「もしかして、その方って、金髪碧眼の…?」
「あぁそうだが。何を今さら…」
父親から発せられた肯定の言葉に、ミーナは目を見開いた。信じられない気持ちで頭がいっぱいだった。なのに、心では信じたいと願ってしまう。
まさかあの彼が…私に…??
なんで私に??いやでも、それが本当だったら…私…
「私、その婚約お受けしますっ!!」
相手の容姿が判明した途端、態度を180度変え、快諾する意思を見せたミーナ。
彼女の言葉に、更なるショックを受けた父親は正気を失い、顔が真っ青になった。
子離れ出来ていない彼にとって、受け入れ難い状況であった。
「…わかったよ…お前の幸せが一番だ…私は…ああ、そうだな…」
半泣きで自分に言い聞かせるようにブツブツ言うと、一回り小さくなった背中でミーナの部屋を後にした。
なんだかんだといって、最後には娘の意思を尊重してくれるようだ。
どうしてこうなったかは全く分らないけど…え、でも…あんなにも麗しい人の妻になれるかもしれないなんて、すごくない!?
私の結婚相手に求めるものの第一位は、ぶっちぎりで『顔』なのよね。
前世で一度失敗してるくせに、どうしてもこの条件だけは譲れない…
顔がタイプじゃない人と結婚するなら、一生独身のままでもいいくらいに。
昨日はちらっとしか見れなかったから、次会う時は婚約者同士でしょう?
…眺めたい放題じゃん!!
もう、想像するだけで眼福だわ…はぁ…
1人でニマニマすらミーナを心配したララは、蜂蜜入りの紅茶を差し出した。
「きっと、ほとんどお話されたこともないのでしよう?簡単に決めてしまわれて良かったのですか…?」
最初は完全に嫌がっていたクセに、容姿のことを聞いた瞬間態度を一変させたミーナに、ララは二人の関係性を疑い、心配でしかなかった。
「ララ、人生の大半を共に過ごす相手よ?その伴侶を顔で選ばないで何で選ぶのよ。」
この世の理であるかのように、どーんっと胸を張って言い切ったニーナ。
ニーナは、昔から容姿端麗な王子様が出てくる物語が大好きだった。
ララは、彼女にせがまれ、何度も同じ本を繰り返し読み、誕生日には、同じように見た目の良い勇者が主人公の本をあげたこともあった。
「これは、私のせいなのでしょうか…」
ララは、ニーナの堂々と宣言する姿に呆れつつも、自分が行った幼少教育が悪かったのかもしれない…と自問自答を繰り返していた。