シストの本気
「もう…もうお腹いっぱいですわ…」
「え?まだ全然食べてないよ?」
ミーナは、今すぐ目の前のテーブルに突っ伏したいほど、疲労困憊していた。疲労のあまり空腹を感じないでいる。
もちろんその原因はシストであり、彼もそれを大変よく分かっている。
二人きりの車内では、隣に座るシストからひたすら熱い瞳で見つめられ、甘い言葉を囁かれる大サービス。
街の散策では、王都に不慣れなミーナのために都度説明を加えてくれるのだが、それを一々耳元に唇を寄せて行ってきた。
しかも、その3回に1回程度の確率で耳たぶにキスをするというおまけ付きだ。
今は昼時、シストが予約してくれた高級なレストランにいる。もちろん個室だ。給仕の者はシストが下がらせたため、今は二人きりだ。
ここは王家御用達の超有名店で、中々予約が取れないことで有名だ。この店を予約したのなら、どんな令嬢でも誘いに乗ってくることだろう。
だが、メンタルが疲れ切ったミーナには、単なる休憩場所でしかなかった。
「これとか美味しいよ?ほら。」
またもや隣に座っているシストが、小さく切ったお肉をフォークに刺し、ミーナの方に向けて来た。彼にとって休憩時間などあるわけがなく、彼女の隙をついて甘やかし攻撃を再開した。
容赦のないシストは、にっこりと微笑んで無言の圧をかけてくる。
完全に弄ばれているわ…私が羞恥心で死にそうなことを理解した上でこの所業…それなのに、この顔だとそれすら魅力的に見えてしまう不思議…いつも優しいからこそ、この強引さ、押しの強さにドキドキが止まらないーーーーー!!!!ああもう、なんて恰好いいのかしら…もっと振り回されたいなんて思ってしまう…恥ずかしいとか考えるだけ勿体無いかも…ほら、私たち婚約者同士なわけだし、ねぇ?
パクッ
ミーナは差し出されたお肉をフォークごと口にした。フォークを持ったままにっこりと妖艶に微笑む彼と目が合った。
「!!!!」
な!!何よこれ!!!!!!!!!!
無理無理無理!!恥ずかしいわ!!!! 食べさせてもらっただけなのに、シスト様の色気が溢れているせいか、なんだかものすごく卑猥なことをしている気分になってしまう…
無理、もう無理、本当に無理です…恥を捨てたらどうにかなると思った自分が愚かでした…あぁでも幸せ…
「ミーナ」
「はい?」
突然シストの低い声で呼ばれたことに驚いて、ミーナは声が裏返ってしまった。
「感想は?」
ひいっ!!!!!な、何の感想でしようか!!?お料理、もちろん、お料理の感想ですよね??それとも、え…そんなこと、恥ずかしくて口に出来るわけないじゃない…
いやでも、シスト様に食べさせてもらったからこその、あの美味しさなのかもしれないわ…やっぱりそれも含めて感想を言うべき!!?え、どうしたらいいの…
ミーナは、シストからの問いを深読みし過ぎて頭の中が混乱していた。
普通に考えて、料理の感想一択なのだが、考え過ぎているミーナはそのことに気付かない。
「その…最高でしたわ。」
迷った挙句、どちらとも取れる中々危険な感想を口にした。
本人は、どれだけ危うい発言をしたのか、まるで自覚がない。
「ありがとう、ミーナ。そんなに喜んでもらえるなんて…僕も至福の時だったよ。僕の手で満たされていく君をもっと見ていたい。」
「ゴホッゴホッ」
ミーナは盛大に咽せた。
ここでようやく、自分が大変な失言をかましたという事実に気づいた。だが、もう遅い。彼女の言葉に上機嫌なシストは止まらない。
「ミーナ、大丈夫?」
「だ、大丈夫ですわ…」
咳き込むミーナの背中を、シストは優しくさすった。優しい彼の手から、本気で心配してくれていることが分かる。
彼の温かさに触れ、ミーナの心も温かを感じていた。
「水飲む?」
「ええ、ありがとうございます。」
グラスを受け取ろうとしたが、ふいっと避けられてしまった。
え…何この小学生みたいな意地悪は…なんというギャップ!!めちゃくちゃ可愛いわ!!!!!!!!
「僕が飲ませてあげようか?」
シストは、自分の唇を指差しながら、また怪しく微笑みかけて来た。
さすがのミーナも、彼が言わんとしていることを正確に理解した。
きゃああああああああ!!!!
前言撤回!!小学生なんて可愛らしいものではなかったわ!!!!
「じ、自分で飲めますわ!」
ミーナの顔は真っ赤だった。
シストからの口移しを想像してしまったらしい。力任せに、彼の手からグラスをひったくった。
「ふふふ。ようやく、その照れた可愛い顔を見ることができて僕は大満足だよ。」
いつもの蕩けるような笑顔で、水を飲むミーナのことを見つめていた。シストは満たされた顔をしていた。
ミーナは、今の彼は見てはいけないわ…と必死に自分に言い聞かせて、水分補給に集中していたのだった。




