照れさせたい
ミーナの手を引いて歩くシストは、なぜか隣の学園の敷地へと向かっていった。
王都の繁華街までは、真逆の方向に歩いて20分程度である。
ん…??なぜに学校…???
え、もしかして…学校デート!!?私たち私服だけど…でもそれはそれで、忍び込んでいるみたいでドキドキするわね…。休みの日で誰もいないから、特別感があるわ。
ミーナが妄想に走っていると、停車場でシストの足が止まった。
「ごめんね、ミーナ。あまり目立つとよくないから、いつもの馬車を用意できなくて…」
申し訳なさそうに眉を下げたシスト。
二人の前には、それなりに立派な1台の馬車が止まっていた。少なくとも、ミーナは乗ったことのない高級車だ。
「え…?」
「まさかこんな普通の馬車だと思わなかったよね…公爵家の紋章入りだとどうしても人が集まって来てしまって…君との一日を邪魔されたくなくて…」
「いいえ、そうではなくて、」
「違うの?」
「どうして馬車に乗るの?街に行くのでしょう?歩いてすぐだわ。」
この距離で馬車を乗ることが不思議過ぎて、ミーナは思わず素の話し方に戻っていた。
ちなみに、王都の貴族令嬢は、5分歩く距離で馬車に乗ることが普通だ。広大な領地で育ったミーナの感覚がずば抜けているだけである。
「ふふふ、そんなことを言うのはミーナくらいだよ。こんな距離、か弱い女性に歩かせるわけにはいかないだろう。」
「え、でも…」
「それに、僕は、君と二人きりが良い。君だけを見て、君だけを感じて、今日一日を過ごしたいんだ。…ダメかな?」
絶対にダメだなんて思っていない小狡い顔で笑みを向けてくる。
至近距離で見せられるシストの美しい顔に、ミーナは、頭がぽーっとしてきた。こうなるともう、彼のことしか考えられなくなる。
私も、シスト様のことだけを見て、彼のことだけを考えて、彼のことで頭をいっぱいにしたい。
好きな人で埋め尽くされる日々を過ごせたら、なんて幸せだろう。
あわよくばこのまま…
ミーナは、無意識にシストの腕を両手で掴んでいた。他人から見たら、抱き付いているようにしか見えない格好だった。
「ミーナ?」
いきなりの抱擁に、シストは、動揺よりも嬉しさが優っていた。
掴んできた彼女の腕ごと、その上からぎゅっと抱きしめた。逞しい腕の感覚と、腕から彼の体温を感じる。
「わっ!わたし、そ、その、ごめんなさい!!」
シストの抱擁返しに、我に返ったミーナは、慌てて彼の腕から手を離した。
だが、シストは離してくれなかった。ミーナは、未だ彼の腕の中にいる。
「謝らないで。…でも一つだけ言いたいことがある。」
すぐ耳元でシストの声がした。
そのあまりの色気に、ミーナの肩がビクついた。そんな彼女の反応が可愛いくて仕方のないシストは、ギュッと抱きしめる腕に力を込めた。
「な、何でしょう…」
彼の腕の中に囚われ、今にも心臓が飛び出してしまいそうなミーナは、必死の思いで、なんとかひとことを口にした。
「ミーナばかりズルい。僕も、ミーナのことをドキドキさせたい。僕ばかり心拍数を上げていて、ちょっと悔しい。」
「…なっ!!」
いやいやいやいやいやいやいやいや!!!
絶対に私の方が毎日毎分毎秒ドキドキしてるわ!こんなに素晴らしい顔を眼前にして、緊張しないわけがないじゃない…。この方、自分で自分の顔を見たことあるのかしら。
これ以上、この顔で迫られたら私の心臓は止まってしまうわ。
もう少し手心というものを…
「ほら、聞こえるでしょ?」
「!!」
混乱して思考に逃げていたミーナだったが、シストが実力行使をしてきた。ミーナの耳を自分の胸に押し付けてきたのだ。
トクトクトクトクトク…
ピッタリと密着した二人。
自分の心臓の音と、それと同じくらい速いシストの鼓動、二人の音が重なった。
物理的な密着に、溶け合ってしまいそうなほどピッタリと重なる心音に、そして、シストから放たれる酩酊してしまいそうなほどの良い匂い。
ミーナの精神は限界だった。
「もうっ!!私は歩いて参りますわ!」
「ごめん…」
怒った口調のミーナに、ようやくシストは彼女のことを解放した。
口で謝っている割には、嬉しそうな顔を隠せていない。
「立たせっぱなしで悪かった。足辛かったよね?さぁ、馬車に乗ろう。」
にっこりと微笑んだシスト。
謝ることころはそこじゃないわー!!!心臓に悪いこの状況に耐えきれなかったのよ!!!足腰には自信あるんだからっ!!
でも、こうやって素知らぬ顔をして迫ってくるシスト様、素敵すぎるわ…。強気な感じ、たまらないわ…心臓がもつか分からないけど、願わくば、ずっとあの目に囚われていたい…
ああもう本当に、彼への愛しさが止まらないわっ!!一刻も早く、彼のモノになりたい…
シストの、ミーナを照れさせよう大作戦は、彼女のシストに対する愛を大爆発させた。
彼女の想いなど想像もつかないシストは、自分の行為で顔を赤らめたと思い込んでいた。それはそれは満足そうな顔をしていたのだった。




