心境の変化
教室の中で、大胆にシストと絡んだ日から、ミーナへの地味な嫌がらせが続いている。
ミーナだけ配布物が無かったり、カバンを隠されたり、廊下で足を引っ掛けられたり。
ちなみに足を掛けてきた女子生徒には、直接やり返してやろうと意気込んでいたフランカだったが、翌日から学校で姿を見かけなくなった。
嫌がらせは今も続いていたが、今のミーナにはそんなことどうでも良かった。
それよりも何よりも、重大なことに頭を悩ませていたからだった。
「ねぇ、フランカ。シスト様はどうしてる??」
一番左端に座って授業を受けるミーナは、右横に座るフランカに小声で尋ねた。
フランカは、ちらりと斜め後ろを見て、軽く首を横に振った。
「にこにこして、嬉しそうにミーナのことを見つめてるわ。」
「…っ!!」
ミーナは両手で顔を覆った。今が授業中でなかったら叫んでいたに違いない。
あの一件依頼、ミーナはシストのことを避けまくっている。恥ずかしいとかそんな可愛いレベルではなく、金色を目にしただけで顔を真っ赤にしてしまう。
「ダメだわ…あの顔を想像するだけで心臓が張り裂けそう…もう普通に話せそうにないわ…一体どうしたのかしら…」
顔を覆ったまま呻くように呟いた。
こんなに好きなのに、近付けない現状にやきもきしていた。感情と心と行動が一致しない。そんなちぐはぐな自らの状況に疲れ切っていた。
「それは、所謂『好き避け』ってやつよ。今まで信仰対象だった人物が恋愛対象に変わった証拠ね。」
フランカは、目の前に教科書を立て、バレないように小声で話した。
困惑するミーナとは正反対に、ひどく落ち着いた声音だった。
「しかし、まずいわね…このままだと焚き付ける一方だわ…」
冷静だったフランカだが、彼女は別のことに頭を抱えていた。
「パトローニ嬢、ちょっと宜しいかしら?」
そんな中、状況は動いた。
シストが近くにいないのをいいことに、アイーダがミーナに直接声を掛けてきたのだ。
それを目にしたフランカは、好機とばかりに、見なかったふりをして姿を隠した。
「ええ、何かありましたかしら?」
ツンケンした彼女の声とは真逆に、ミーナは相手を刺激しないよう敢えて柔らかい声を出した。
教室には、他にも数名の女子生徒が残っていたが、こちらを気にしないあたり、全員アイーダの仲間であることが分かる。
邪魔されないように周囲を警戒しながら、皆様子を見守っていた。
「貴女、ご自身の立場をお分かりになっていて?たかが田舎の男爵家の人間が、公爵家に嫁げると本気でそう思っていますの?」
口元に手を添えながら、アイーダは愉快そうに話し始めた。
嫌がらせに屈しないミーナに、直々に心を折りに来たのだ。
「それは…確かに、私は田舎の出身ですが、でも、シスト様が私のことを選んでくださって、だから…」
「まぁ!ご自身が愛されていると本気でお思いで?シスト様はお優しいから、都会に慣れていない貴女のことを気遣っているだけですわ。いつまでその優しさに甘えているおつもり?いい加減にしないと、嫌がられますわよ?」
「そんなこと…」
そんなことはない、そうはっきり言えなかった。
よくよく考えれば、シストがなぜ自分に気持ちを向けてくれるのか分からない。あんなに素敵な人で立場もある方が、どうしてこんな田舎娘をわざわざ選んだのか…
もしかしたら、この人の言うとおり、シストの優しさなのかもしれない。
それを私が勝手に本気にしてしまって…
ミーナがネガティブな思考に落ちる中、影からの報告を受けたシストは、会議室から教室まで駆けつけた。
教室から聞こえてきた会話に、彼の理性が飛んだ。
あまりの怒りに我を忘れて、勢いよくドアを開け放とうとした瞬間、彼を制止するように、目の前に腕が差し出された。
「私に任せて下さいまし。」
にっこりと笑顔で言ってきたのはフランカだった。
最初から会話を聞いていた彼女は、シストと同じくらい、いや、それ以上にブチギレていた。彼の返答を待たずに、勢いよく教室に乗り込んだ。
「まぁ、侯爵令嬢様が、たかが男爵令嬢に随分と御執心ですこと。そんなに必死になって、美人が台無しですわ。どうなさいましたの?」
教室に入った瞬間、フランカはよく通る声で言い放った。
ものすごく黒い笑顔を浮かべていた。




