試練
「おはよう、ミーナ。」
朝、いつものように寮の前で出迎えてくれたシストは、甘さ全開の笑顔を見せた。その声もいつもより甘い。
「お、おはようございます。」
大好きなシストの顔にもそろそろ慣れてきたと思っていたミーナだったが、その考えは甘かった。
いつもの3割増しのシストの甘さに、つい挨拶がどもってしまった。
な……っ!!!!!ちょっと待って…
あ、朝から、か、顔が、こ、こ、声が、ま、眼差しが、、その全てが甘すぎるんですけど…!!!!!
ダメだわ…これ以上、シストの甘さに当てられたら自分の方が溶けてしまいそう…
不自然だって分かってるけど、自分の足元しか見れない、、、絶対におかしいと思われてるわ…
「ミーナ?どうしたの?」
シストは、心配そうに、身を屈めて俯くミーナの顔を覗き込んできた。
目と鼻の先にある、彫刻のように美しい顔。ミーナは、歓喜の雄叫びを上げたい気持ちをグッと堪えた。
「何でもありませんわ。気にかけて下さりありがとうございます。」
若干顔を赤らめながらも、不自然にならない程度に言葉を返すことが出来た。
なにこのイケメンーーーーーーーー!!!!!!!
このままだと、幸せに耐えられずに私の心臓が死ぬわ。こんなにも顔が良いのに、見ているだけでドキドキが止まらないのに、こんなに接近されたら頭がおかしくなってしまう…。
これ以上はまずいと、フランカに目で助けを呼ぼうとした時、何かが頭に触れた。
ーふわっ
え………??
慣れない感触に、ミーナが恐る恐る顔を上げると、自分の頭上に伸びる腕が目に入った。
その次に、優しい顔で微笑んでいるシストと目が合った。
「!!」
まさかの、イケメンからの頭ポンポンという夢のようなシチュエーションに、言葉を失った。声すら出ない。
「ミーナは頑張り屋さんだから。無理しないんだよ?何かあったらいつでも僕のことを頼って。」
ね?と更に目を細めて、シストはミーナの頭に手を置いたまま、愛おしそうにミーナのことを見つめてきた。
きゃあああああああああああああああ!!!!
シ、シストの頭が、、私の手に、、、、!!!ひゃあああああああ!!!!な、なに、このご褒美は!!
これ、どうしたらいいの?????
ああもう、大好きです!!!!夢でも嘘でも気まぐれでも冗談でも、この一瞬で、私は一生ご飯を食べられますっ!!!!!!!
ミーナは、自分でも何を言ってるか分からない心の声で、大パニックに陥っていた。これでも顔はなんとか微笑を保っている。
そんなギリギリの戦いをしているミーナに、シストは更なる追い討ちを掛けてきた。
そろそろミーナの救出をした方がいいかなと、フランカが動きかけた時、先にシストが動いた。
今度はミーナの手を取ったシスト。また手を握られるのかと、一瞬身構えたミーナだったが、予想ははずれた。
彼は、彼女の手を大切そうにゆっくりと持ち上げ、手の甲に口付けをした。
「はい、元気になるおまじない。」
少しだけ照れたように笑いかけてきたシスト。彫刻のように美しいと思っていた彼が見せた、少年らしい年相応の表情に、ミーナは心を打ち抜かれた。
それはもう、見事に。
「わ、わたくし、先生から呼ばれていましたの。それでは、ごきげんよう!!」
爆発しそうな心臓に、ミーナの頭の中は、この窮地から逃げることだけでいっぱいだった。
捨て台詞を吐くと、令嬢とは思えない、田舎で鍛えた素晴らしい脚力で敵前逃亡した。
「ふふ、少しやり過ぎたかな?でも、まだまだこんなものじゃないから、覚悟してね。」
シストは、誰にも聞こえないように呟いた。
相変わらず二人の後ろにいたフランカは、彼の声こそ聞こえなかったものの、不敵な笑みを浮かべた横顔にぞっとしていた。
彼女も、その場から逃げるようにミーナの後を追いかけていった。
シモーネに武力介入を止められたシストは、何も出来ない代わりに、ミーナへの甘やかしを増やすことにしたのだ。
だが、ミーナには刺激が強過ぎて、耐え忍ぶ苦行に近いものとなっていた。
一方のシストは、満足そうに微笑んでいた。