不穏
翌日からは毎日、ミーナの元に赤い薔薇の花束が届くようになった。勘違いされてしまわないよう、シストの名前が入ったメッセージカード付きで。
『ミーナ、僕の愛しい人』
ミーナは、社交辞令だろうと思いながらも、このカードを見ては、毎朝ニヤニヤしていた。
毎朝のシストとの登校も、シストが隣にいる授業も、シストの向かい側で取るランチも、少しずつ慣れてきたミーナ。
学園にも馴染んできたと思ってきた頃、そう思っていたことが自分だけだったということに気付かされた。
「これって…」
「やられたわね…」
校舎裏に来ていたミーナとフランカ。
二人の目の前には、泥に塗れた筆箱が捨てられていた。フランカとお揃いのピンクの鈴が付いた、ミーナのものであった。
お昼休み後、筆箱が無いことに気付いたミーナは、放課後、シストには寮に帰ると言って一度戻った後、また学園に戻り、フランカと二人で探していたのだ。
ミーナは最初、どこかの教室に置き忘れたのかもと言っていたが、フランカは十中八九、嫌がらせの類だと考えていた。最近、ミーナの悪い噂を聞くことが増えたからだ。
噂大好きな令嬢達が、学園というこの狭い世界であることないことを言いふらすことは多々あったが、最近その悪性が増していた。
『公爵令息と田舎の男爵家の娘が婚約しているのは、施しを受けるためだ。』
『お優しいモンタルド様は、縋り付いてくる田舎娘のことを仕方なくお相手しているのだろう。』
『お金に困っているミーナは、金のある男なら誰でも良いらしい。』
などと、事実無根の話を、あたかも真実であるかのように言いふらしている者がおり、学園の大半がそれを信じ始めてきていた。
ミーナが周りから受ける視線は、どんどん冷たいものとなっていたのだ。
「やっぱり、私なんかがシスト様の隣にいるのがおかしいのよね…」
自分が周囲からどんな目で見られているか薄々勘付いていたミーナは、泥だらけの筆箱を見て、それが確信へと変わった。
「絶対にそんなことないわ。」
フランカは、強い口調で言い切ると、躊躇せず、泥だらけになって落ちていた筆箱を拾い上げた。
取り出した自分のハンカチで丁寧に汚れを落としていく。
「フランカ…ありがとう…」
自分の手が汚れることを省みず、自分のために行動してくれたフランカに、ミーナは泣きそうな瞳を向けた。
「こんな幼稚な真似、やる方が悪いのよ。噂だけならって見過ごしていたけど、もう我慢ならないわ。」
「え?」
拳を握りしめ、怒りに震えるフランカに、ミーナはとてつもなく不安な気持ちになってきた。
「フランカ?私のために危ないことしないでね。貴女まで学園に居づらくなってしまうわ。私は大丈夫だから。」
変なところで弱気になるミーナに、フランカはにっこりと裏のありそうな笑顔で微笑んだ。
「大丈夫よ。シスト様よりは私優しいと思うわ。こんなの彼に見られたら…どっかの子爵家が陞爵するわね。」
「え、それってどういう…」
「いいのよ、ミーナは気にしないで。こういうのは私の方が得意だから。とりあえずややこしくなるから、シスト様には黙っておいてね。」
フランカは、唇に指を当て、内緒よと言うようにウインクを飛ばしてきた。
「まさかお前、ブレッサン侯爵家に手を出そうとしてないだろうな…」
「それがどうかしたか。」
返事はしたものの、目線も上げず、シストは手元にある資料を読み込み、メモを取っている。
ミーナ達を寮へ送り届けた二人は、学園の会議室にいた。
すでに公爵の仕事を一部引き継いでいるシストは、放課後はたいていこの部屋で執務を行っているのだ。
シモーネは、そんな彼の邪魔をしに、度々この部屋を訪ねている。
もう慣れたシストは、シモーネがいても居なくても気にしなくなった。
「おいおいおい…お前本気かよ…あれは、女の諍いだ。男が入ったら余計にややこしくなるから止めとけよ。」
「それは無理だな。こうしている間にも、僕のミーナが傷ついている。それを黙って見過ごせと?」
シストは、シモーネのことを睨み付け、凄みを欠かせてきた。
相変わらず、シストの脅しに弱いシモーネは、両手を目一杯振って否定した。
「違うっつーの!!こういうのは、お前が庇った方が余計にいじめられるの。」
「でもこれ以上彼女が傷付くのは…」
「どうせ公爵家の影を付けてるんだろ?なら、実害はない。フランカ嬢が助けになってくれるだろうから、お前は少し様子を見てろ。」
いつもは簡単に意見を変えるシモーネが、シスト相手に強気に言い切った。
中々見ない彼の言いように、シストは不承不承に頷いた。