学園生活の始まり⑤
シストの突然の蕩けるような笑顔攻撃に、ミーナの心臓は張り裂けそうなほど強く脈を打っていた。
トクンッ、トクンッ、トクンッ…
自分だけを映す、透き通るような青い瞳に吸い込まれそうになるほど、強く惹きつけられてしまう。
ミーナは、一瞬時が止まったような感覚に陥っていた。
むしろ、このまま時が止まってしまえばいいのに…
そう思うほどに、シストの笑顔に囚われてしまった。
「私は、ブレッサン侯爵家のアイーダと申しますわ。皆さんもご存知かと思いますけれど、うちは昔からモンタルド公爵家と懇意にさせてもらってますの。ぜひ皆さんとも仲良くさせて頂きたいですわ。」
ミーナとシストの甘い空間をぶった斬ったのは、派手顔美人改めて、アイーダであった。
わざとらしくモンタルドの名を出し、周囲を牽制した。
最後にはしっかりと、ミーナのことを一瞥していた。
は… た、たすかった…
あのままだったら、完全にシスト様の魅力にやられて、勢いで告白をしていたわ…危ない危ない…見られてないからって気を抜いたらダメね。
ミーナは、アイーダから向けられた敵意よりも、シストに落ちそうになった自分に対する反省の気持ちでいっぱいであった。
入学式の今日は授業がなく、ホームルームを終えた後、お昼前に解散となり、ほとんどのクラスメイトが、家に帰るために停車場へと向かって行った。
そんな中、学園の食堂でランチを取ることにしたミーナ達と、それに混ざる気でいるシストと、彼のことを面白がって近付いてきたシモーネが教室に残った。
「君が、婚約者のミーナちゃんね。俺は、シストの幼馴染のシモーネ・ペンテ。どうぞ宜しく。…いたっ!!」
すっと手を差し出してきたシモーネだが、すかさずシストにその手を叩き落とされた。触るなと言わんばかりに睨みをきかせている。
「ええと…ペンテさん?初めまして、ミーナ・パトローニでございますわ。」
ミーナは、当たり障りのない笑顔で返した。
続けてフランカも改めて自己紹介を行い、なんとなくまとまった雰囲気に包まれた。
だが、これで解散という空気が漂う中、シストが口を開いた。
「良かったら、この後ランチでも…」
「まぁ!もう、こんな時間だわ!ミーナ、早く寮に戻らないと!」
シストの誘いの雰囲気を悟ったフランカは、大きな声でそれを遮った。
これ以上シストといたら、今日中に陥落されてしまうわとミーナのことを心配して助け舟を出したのだ。
「そ、そうね。そろそろ帰りましょうか。それでは、お二人とも、また明日学園で。」
ミーナもフランカの意図を察し、躊躇うことなく飛び付いた。
淑女らしく控えめに手を振って、颯爽と教室を出て行った。
「…お前、逃げられてんじゃん。」
ククッと笑いを噛み殺したシモーネだったが、ニヤニヤしている顔から笑っていることなどバレバレであった。
「…うるさい。」
シストにしては珍しく、拗ねたような子どもっぽい言い方であった。
「そう拗ねるなよ。相手は領地で伸び伸び育った令嬢なんだ、彼女に合わせてやれよ。」
「…分かってる。」
シストはそっぽを向いたまま答えたが、先ほどよりも真剣な声音だった。
そんなこと、僕が一番よく分かっている。
彼女のことは全て調べ上げた。
育ってきた環境、家族との関係性、交友関係、好きな物、毎年貰っていた誕生日プレゼントとその贈り主、全部把握している。
だからこそ、彼女の性格も容易に想像がつく。
なのに…
自分の気持ちが抑えられない。
焦ってしまう。
彼女のことを渇望してしまう。
こんなの自分らしくないってわかっているのに…
足りない足りない足りない。
さっきまで話していたのに、もう彼女に会いたい、声が聞きたい、笑顔を見たい、隣にいて欲しい。
でもダメだ。
自分の気持ちを押し付けてしまったら、絶対に彼女に嫌われてしまう。
ゆっくり、ゆっくり…
慎重に、静かに囲っていかないと。
気付いた時には僕なしで生きていけなくなるくらいに、ドロドロに甘やかしてあげよう。