学園生活の始まり④
制服が長袖で良かった…
そんなことを考えながら、緊張で汗が滲む手でシストの腕に手を添えていたミーナ。
真横にいる分には、ご尊顔を視界に入れなくて済むからちょっと気持ちが楽かもしれない…
そう思っていたミーナだったが、すぐに現実を思い知らされた。
なぜなら、学園の門を抜けた瞬間、数々の視線が痛いほど突き刺さったからだ。
うわ…めちゃくちゃ注目されているわ…私がシスト様の隣にいるせいね…
みんな、誰だよあの田舎者って目で見てるんだろうな…うぅ…辛い、辛すぎるぅ…物語に出て来るヒロインの図太さが欲しい…でも、すぐ隣に天使がいると思うと嬉しさが止まらない…この感情のジェットコースターがしんどいわ…
「お久しぶりですわね、シスト様。」
みんな、直接口撃を仕掛けてくるわけではないし、視線で殺されることはないし、黙ってここを通り抜けさえすれば…そんな思いで足を動かしていたミーナだったが、話しかけてきた猛者がいた。
それは、美しいブロンドヘアーを縦巻きにし、はっきりした顔立ちに良く似合う真っ赤な口紅をしていた。人形のような洗練された美しさを持つミーナとは対極に位置する、派手顔の美人であった。
派手顔の彼女は、ミーナには見向きもせず、潤んだ瞳でシストのことだけを見つめていた。
大抵の男なら、これだけでドギマギしてしまいそうなほど、魅惑的な表情だ。
「名前呼びを許可した覚えはないが?それに、まずは名乗ってもらえるかな。」
「なっ、何ですって…」
シストの声はひどく冷たかった。彼の顔から表情が消えた。
自分に対する態度と全く異なるそれに、隣にいるミーナは身体を震わせた。
なっ、なによこれは…っ!!私の時と、表情も眼差しも声も、何もかも違うんですけど!!!!!ものすごく甘い人かと思ったら、厳しい面もあるだなんて…こんなギャップずるいわ、ずるすぎる…こんな意外性を見せられたら、気にしないようにしてても、きゅんと来てしまう…
もう!せっかく、クールに決め込んでいたのにっ!!
こんな意外な一面を見せられたらドキドキが止まらないじゃない!!!!!
はやく、はやく深呼吸しないと…
「ミーナ、怖がらせてごめんね。もう大丈夫だから。」
シストは、先ほどまでとは打って変わって、甘い声で言うと、自分の腕にかかっていたミーナの手を取り、ぎゅっと握りしめた。
「いいえ、問題ございませんわ。」
…真っ赤な嘘です。ぜ、ぜっんぜん大丈夫じゃないですっ!!!問題大アリのアリですっ!!!あ、あせが…手汗が…手汗が止まらないんですけど!!一回離して欲しい…焦れば焦るほど手のひらが湿っていく…一回手を洗いたい…いや、せっかく初めて握ってもらった手、今日は洗いたくないわ…
「シスト様!」
派手顔美人を無視して、ミーナにだけ蕩ける笑顔を見せるシストに、彼女は金切り声でシストの名を呼んだ。
「これが最後の忠告だ。僕のことを馴れ馴れしく呼ぶな。二度目はないぞ。」
先ほどよりも冷え切った声は、威圧を含んでいた。
シストから放たれる明確な殺気に、派手顔美人は悔しそうな顔をしたまま、黙ることしか出来なかった。
「ミーナ、待たせたね。行こうか。」
「え、ええ。」
握りしめていた手を離し、先ほどまでと同じエスコートの形を取った。
手汗が心配で堪らなかったミーナは、手を離してくれたことに、心底ホッとしていた。
派手顔美人は、ミーナのことを鬼の形相で睨み付けてたが、いち早くそれに気付いたフランカにフンッと鼻であしらわれ、顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。
その後、無事に入学式を終えたミーナ達は、教室にいた。
貴族が通うこの学園は、人数が多くないため、1学年1クラスしかいない。
ホームルームの時間、一人一人簡単な自己紹介を行なった。
シストの時は、クラス中が色めき立った。女子生徒のほぼ全員が惚けた顔で彼のことを見つめていた。
もちろん、ミーナもその内の一人であった。
シストの斜め後ろの席という最高の位置だったミーナは、ここぞとばかりに、美しい彼の顔をガン見していた。
あぁ、なんて美しいのかしら…
「!!」
突然、シストが後ろを振り返った。
調子に乗って視線を送り過ぎていたミーナは、動揺しながらも、ニヤけ顔を封印してなんとか自然な顔を保った。
なのに、シストは振り返るだけでなく、にっこりと天使の微笑みを見せてきた。
ミーナにだけ見せた特別な笑顔に、クラス中から悲鳴が上がった。
もちろん、ミーナ自身も心の中で大絶叫していた。