解約
『じゃあ、フィーナの体力が早く回復するように、暫くの討伐は私がやるから!』そういう話になった。
『任せてよ、これでも腕には自信があるからさ』という言葉通り、ハーセン地区を始め着々と増えていった聖女業は淫魔――リシェラの力で難なくこなされた。
中には四つ星、五つ星というのもあったのに、リシェラときたらまるで小石でも弾くように元凶を屠っていったのだ。
私ときたらリシェラが片付けた後の安全安心な場所で場の浄化を務めるだけ。
毎回あれだけ命懸けでやってたのに、驚くほどの簡単な仕事になってしまった。
「フィーナ、この蛇、毒抜いたら食べれるかな?」
「食べれないわよ!」
「フィーナ、このスライム、臭い」
「その臭気で病を蔓延させるらしいわ」
「うぇ」
「フィーナ、美味しそうな人間見つけた。連れて帰る」
「置いて来なさい、そんな屍人!」
「え〜〜、でもこんなに美味しそう……」
「……」
私もこんな感じなのかしら……。
「フィーナ、見て――」
「フィーナ、これさぁ――」
「フィーナ、あのさ――」
「フィーナ!」
「フィーナ?」
「フィーナ‼︎」
「フィーナ、もう終わったよ」
いっそ愉快に進み行く浄化作業。
カスみたいな低級ですら、リシェラは『フィーナは下がってて!』と木っ端微塵に散らしていく。
爽快感を感じない方が難しかった。
とはいえ、違和感というものも感じていた。
魔力というものを殆ど使ってないはずなのに、何故か毎回、帰る頃には魔力が枯れ果てているのである。
おかしいなぁと考える。答えは思いもよらぬところから落とされた。
「いやぁ、にしてもフィーナの魔力って便利だよね。ちょっと使うだけで、殆ど致命傷になるもんね!」
その時、リシェラと私はワイバーンの背中に乗って城へと帰っていた。
リシェラは仕方がないので、暫く私の部屋の書庫に住まわせている。寝る時だけソファを貸してやっていた。
「……は?」
後ろを向けば綺麗な長髪を靡かせて、嬉々として笑んでいた。
「契約しといて本当良かったよ」
「けいやく……?」
顔が引き攣る。
「なにそれ?」
問えばリシェラは大きく目を見開いた。
「えっ? 気が付かなかった? ほらキスした時さ、万が一にでも逃げられないように私の魔力を送りこんだんだけど」
言い終えて、リシェラは「あっ初めての時ね」と付け足した。
何を隠そうあれから私は対価として、仕事を終える度に殆ど無理矢理唇を奪われて続けていた。
「……聞いてない」
「言ってないからね〜〜」
「そういうのはちゃんと言いなさいよ!」
「魔族相手に気が付かないのが悪いよね」
グヌっと拳を握り締める。
ぐうの音も出ない。
「まっ、良いじゃん良いじゃん。効率が上がったんだし! 満足したら解いてあげるからさ」
呑気に笑んでリシェラは身を乗り出す。呆れるほど優雅に風を浴びていた。
「落ちるわよ」
「大丈夫、大丈夫。落ちたくらいじゃ死なないからさぁ」
リシェラのお陰とは言いたくないが、事実、従魔契約を結んだ私の仕事効率は格段に上がっていた。
その甲斐もあり私の評価は以前にも増してうなぎのぼり。父も母もすこぶるご機嫌だった。
「聞いたぞ、フィーナ。先日は、二体もの上級を消し去ったそうじゃないか。呪竜なんて中々一人で向かい撃てるものじゃない。流石だな」
「えぇ、素晴らしいわ。他国からも協力が幾つも来ています。大聖女の名を授かるのも遠くは無いわね」
「大聖女が我が国から出れば、それはルミーネ様以来になる。引き続き励むように」
父と母の細められた瞳には私がはっきりと映り込んでいた。
ルミーネ様――過去最も偉大な大聖女。魔族を従えず、たった一人で幾千もの人を救ったらしい。
私はルミーネ様のようになるのだとずっと育てられて来た。一度絵で見たルミーネ様は気高く勇敢で美しいお姿だった。
父と母の目には今、ルミーネ様と同じように気高い姿の私が映っているのかもしれない。
リシェラを従えたことを伝えてはいなかった。
「……はいっ!」
僅かによぎる罪悪感と共に返事をする。その後に、ドッと暗い後悔が押し寄せた。
「期待しているぞ」
その言葉はもの凄く遠いところからの声に聞こえた。
「なんの話だったぁ〜〜?」
ベッドに寝転び欠伸をしたリシェラは私を向いた。
相変わらず仕事以外はぐうたらと寝ているのだ。
「お褒めの言葉をいただいたわ」
「へ――」まるで興味のなさそうな返事が返ってくる。
私は、ベッドの隅に腰を下ろした。
リシェラはすかさず背中越しに抱き付いてくる。すかさず胸を弄ろうとする手を叩けば、ちぇっと不服が耳を掠めた。
「ねぇ」
「なに?」言いながらリシェラは私の耳を喰む。こういうスキンシップでも腹は満たされるらしい。
「契約を解きたいの」
その言葉にリシェラは動きすら止めることもなく、「無理」と一言言い放った。
「別にずっとではないわ。次の仕事――いえ、大聖女の名を貰うまででいいの。その代わり対価と同等の行為は続けて構わない。体力が戻ったら私の血でも肉でも持っていけばいいわ」
「ん――、でもそれフィーナに何の徳があるの?」
流石に動きを止め、リシェラは私の肩に顎を乗せた。
「立派になれるわ。お父様とお母様の望む立派な聖女に」
「別にそれなら私の力を使ったほうが早くない?」
私は小さくかぶりを振る。
「それは私の力じゃないわ」
「でも、昔の聖女も魔族を従えて戦ったんでしょ? だったらさあ――」
「力の強い大聖女は、お父様とお母様が憧れる立派な聖女は、どんな時でも一人で戦ったわ」
「そ」と短くリシェラは返事した。
多分、心からどうでも良いのだろう。
「別に解いても良いけどさ、フィーナがボロボロになればなるほど私が消えるのは遠のくんだからね」
「分かってるわ」
「それと、キス如きで飽きると思ったら大間違えだよ。これでもかなり我慢してるんだからね」
「えぇ、それも聞いたわ」
私のはっきりした言葉にリシェラもため息を吐く。
ここ数ヶ月、嫌でも二人の時間を過ごした私の頑固さをリシェラもよく知っていた。
「まっ、じゃあ良いけど」
こざっぱりとした口調で告げ、リシェラは私の身体を後ろに引き倒す。
風のように撫でるみたいなキスをした。
「はい、終わり」
「……本当に?」
何の実感もなかった。これが契約時も同じなら、気が付かないのも仕方ないだろう。
リシェラは多少不貞腐れたようにベッドにモゾモゾと籠っていき「本当だよ」とぶっきらぼうに言い捨てた。
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