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初めての

 一瞬の内に頭が空白になった。何を返せばいいのか分からなくなって、何を言っているのかすら分からなくなった。

「下品」辛うじて出た声に少女は満足げに頷いた。

「そう。ってことで体力も戻ったって言ってたし良いよね?」

「えっ」

 ちょっと待って。()()ってなに……?

 固まる私に少女は更に笑みを深めていく。

「あっいいねぇ、そういう初心な感じ。私、大好き」

 少女は顔を寄せてくる。目を閉じて、明らかにやる気だ。やる気満々だ。

 私は真面目に生きてきてので、こういう類にはめっきり疎い。だけど、それでもなにが起こるか分かってしまうというこの感じ。

 何故ならば、その少女の片手はソロソロと私の胸に向かっていた。

 全身がサァと青ざめていく。

 色々巡らせていたはずの思考とか恐怖とか、そんなものが花火が散るように弾けていった。

「ちょ、ちょっと――」

「……あれ?」

 手を捩じ込んでやった。お陰で淫魔とやらは唖然としている。

「あ、あんた雌型でしょ⁉︎ なんで私なのよ!」

 普通に考えれば男性を狙うのが通りでしょ、そういう叫びだった。

 けれど淫魔は途端に不服な顔をする。

 更には手が胸の頂点目指して動いている。

「えっ、雌型とか酷いなぁ。流石に女の子って言ってよ」

 それから更に手を動かそうとしてたので、煩わしい私は手で制して払い除けた。

「そ、そんなのはどうでも良いわ」

「良くないんだけど。デリカシーないなぁ……」

 めげずにまた鎖骨に戻ってくる。ソロソロと動かすのが好みらしい。

 私はまたそれを叩き落とす。流石に淫魔の笑みが崩れ始めた。

「ねぇ、手が邪魔」

「邪魔してるのよ。誰が魔族なんかの慰み者になんかなるものか」

 睨みつければ、ムッと唇を突き出した。

「そういうのも良いけど、私、君のために四ヶ月近く絶食してるからね? 流石に飢餓状態も寸前なんだよね」

 語勢が荒くなっていく。頭に血が昇っているのは明らかだった。その隙に針をもう一本。直接打ち込んでやるとスカートの裾に手を滑らせたところ、その手を捕らえられた。

「あっ、そっち派?」

 しかも異様に嬉しそう。

「は……?」

「おけおけ、初心×(かける)大胆なんて最高じゃん。任せてよ」

「任せるってなに――ってちょちょ……ちょっと!」

 あろうことか淫魔は私の手ごとスカートの中を進み入った。

 ウフッと笑う淫魔の瞳は既に情欲に駆られてまともじゃない。手を抜き取って身体ごと押し返そうにも流石魔族、びくともしなかった。

 あらゆる『まずい』が頭を駆け巡る。しれっとソファに押し倒されて、私の視界は淫魔で満たされた。

「まま……待って!」

「無理」

 なるほど確かに淫魔から伝わる脈動は激しいものだった。っていや、そういう場合ではなくて。

 針を打ち込もうにも倒された時に私の両腕は万歳状態になっていた。こんな至近距離では魔法も詠唱を阻止されて終わりだろう。

 脚だって跨り乗られている状態では役立たずになりきっていた。

「あ、あの……でも」

「大丈夫、優しくするから」

「そ……そういう問題ではなくて」

「……もう良いよね?」

 ダメだ聞いてない。サワサワ身体を撫で回す淫魔である。

 私は激しくかぶりを振った。

「大丈夫、大丈夫」

「なにがよ……」

「君、神殿では良い動きしてたしさ。身体能力高い子ならすぐ慣れるよ」

「意味分かんないから!」

 無駄な抵抗とはいえ、肩を懸命に押し返す。その僅かな差が私の唇を守っている。

「ほら、あの広い場所で魔法撃ち続けてたしさ、体力だって結構ある方でしょ?」

 確かに体力には自信がある。毎日三時間睡眠続けたって、連日の公務プラス聖女業フルコースはやり遂げてきた。

 けど――

「なっ、ないわよ!」

「え――……?」

 何故だか淫魔の動きが鈍った。

 よく分かんないけど、私の体力不足が気になる……のか?

「でも、こんなに元気に暴れてるし……」

「こっ、これは……その、最後の力を振り絞ってて!」

 淫魔の眉が顰まっていく。

 意外と綺麗な顔立ちが見定めるように私を眺めた。

「最後…………。じゃあ、また気絶とかしちゃうのかな」

 ボソッと呟いた言葉にコクコクと頷いた。

 そうか、気絶したら私は興奮しない。つまり情欲が喰らえないということか。

「する! きっともうすぐするわ! 目がチカチカしてるもの!」

「えぇ――……」

 淫魔の圧がみるみる弱まっていく。しまいには、跨ったままに身体をすくっと起こした。

「でも私、もう腹ペコなんだけど」

「そう、じゃあ別の場所で満たしなさい。命を脅かさないのなら見逃してあげるわ」

 我ながら聖女あるまじき言葉である。

 しかし、淫魔は首を振る。

「無理無理。君だってデザートって気分の時にパスタを食べられないでしょ?」

「それは……」なんか違う気もする。

「じゃあ、キスだけいい?」

「は?」

「そしたらちょっと我慢できるから」

「したら、消えるの?」

「まさか。それで我慢して君の体力が回復するまで待つよ」

「なによそれ」

 八方塞がりだった。もう魔法を放ってこいつを退けたい。けれど、ここで戦いになれば多くの被害が出る。

 それに、不意打ちに失敗して私がやられたら、誰がコイツを仕留めるんだ。

 となると、コイツの提案は意外とアリ……?

 だって私の唇ごときでこの場を守れるし、なんなら万全の体制を整える時間を稼げるのだ。

 暫く逡巡していると、心を読んだかのような淫魔が私の唇をなぞりあげた。

「結構良い考えでしょ?」

 確かに、とは決して言いたくなかった。

 私はそっぽを向く。目を閉じて、唇を強く噛んだ。

「早く終わらせなさい」

「え――?」

 嬉々とした淫魔の声が落ちてくる。声はすぐに耳元に近付いた。

「力、抜いてね?」

 言われたように噛み締めた唇を解放した瞬間、綿のように柔らかいものが押し当てられて離れていく。

 終わった……そう思って、目を開けた瞬間、再び押し当てられたそれは別物だった。

 口内に熱いものが押し入って、暴れたと思ったらなぞられて、私はただ呆然と受け入れた。

 暫くして口を離された時には水音が鳴った。

 私の頬は未知に涙で濡れていて、見上げた淫魔は感無量という顔を浮かべていた。

「……なに、これ」

 更に離れる唇に透明の糸が伝っては細くぷつんと切れていった。

 私は痺れた自分の唇に触れていく。

「……き、聞いてない」

 ホワホワとする頭はなにも考えられなくなっていた。

「言ってないからね」淫魔は薄ら笑う。

「取り敢えず、ごちそうさまでした」

いつもお読みいただきありがとうございます(^^)!

宜しければご感想やご評価★★★★★いただけますととても嬉しいです(^^)!

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