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巡察使の正体

「巡察使どの、いやユストゥス=ケーグル子爵と、お呼びしたほうがよろしいですか。お住いも最近は首都ではなく、クリューガー公爵領の方がお好きなようで」

 羊皮紙を片手の上に乗せ、詠唱する。水魔法術が発動し、まるでレンズのように羊皮紙の前に水球が生じる。

「こちらの封蝋、よくできてはいますが......微妙に違います。わが家にも帝国皇帝の封蝋はいくつか保管しておりますので」

 そっと古い封蝋を空中に泳がすハルトウィン。風魔法術の応用である。

 二つの封蝋が並び拡大される。微妙に違う刻印。それを示したのちに、ハルトウィンは火魔法術を発動する。一瞬にして炎の中に消滅する羊皮紙。

 ユストゥスがその光にのけぞる。

「クリューガー公爵にそそのかされたか――いやケーグル子爵自身のたくらみなのか――巡察使の権限を悪用し、わが領土を取り上げようとしたたくらみはもう明らかです。帝国裁判所にて司直の裁きを受けなさい!」

 今までにない、ハルトウィンの強い語気。女性の声とは言え、低く、まるで裁判官のような重さがあった。

 しかし、ユストゥスはそれに動じようとはしない。薄ら笑いを浮かべて、ハルトウィンに反論する。

「こんな辺境の痩せた土地、いずれは蛮族に侵略されるにきまっとる。そうすりゃ、あんたも領民も皆殺しだ。それを案じたからこそ、クリューガー公爵閣下と手を焼いてあげたのに......犯罪者扱いとは......」

 後ろのドアが大きな音を立て、開く。その中から現れるユストゥスの従者たち。鎧をつけ、抜刀しユストゥスを護衛しようと陣列を組む。

「貧乏貴族が。大した軍事力もないくせに。まあ、こんな荘園ではしょうがないだろうが。この程度の数でも対抗する力はあるまい。クリューガー公爵家の近衛騎士団兵だ!」

 大きな金属音を上げて、護衛の騎士団兵がゆっくりと前に進む。

「辺境伯はそれなりに魔法術を使えるようだが――」

 ひらひらと、なにか古めかしい皮に包まれた羊皮紙を、ユストゥスは目の前に掲げる。

「人間に対するあらゆる近接攻撃魔法術を無効にする、魔法護符状だ。これもクリューガー家に伝わる一品。お前ごときの魔法など――」

 その時大きな音が鳴り響く。そして地面を揺るがす振動。

 一人の騎士が、鎧のまま床に倒れていた。頭の兜から、血が噴き出る。その血がユストゥスの服にも浴びせかけられる。

「な......な.....!」

 ハルトウィンは手を剣の柄にかけている。魔法術を発動した様子もない。たとえ攻撃が魔法術の結果によるものだとしても、ユストゥスの持っている護符により、半径五ノーハくらいは無効化されるはずであった。

 そっとハルトウィンは右手を上げる。壁に掛けられた質素なカーテンから人影が現れる。

 手には長い鉄の棒のようなものを持ったカレルの姿。

 その長い棒こそが、ハルトウィンによる『軍政改革』の結晶であった――


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