ヴェネド共和国、到着
アルブスタン山脈をこえる一行。それまで切り立った山道は、ゆったりとした峠に姿を変える。
鬱蒼とした森林。この時代、こういった場所は司法の手の及ばない、危険な地域である。なればこそ、『旅行』は命がけなのだがーー
「ご苦労なことだ」
ハルトウィンが、剣を収めながらそうつぶやく。
足元には粗末ななりの男たちが倒れていた。
「このあたりはヴェネド共和国の領土ーーとはいえ、全くの『域外』ですからね。このような奴らもいて当然かと」
イェルドが右手の平を軽く上下させながらそうつぶやく。そのたびに、魔法術の余韻が光となって手から放たれた。
「公爵様をおそおうたぁ、ふてぇ連中だ。まあ、ほとんどはにがしちまったようだが」
肩を軽く鳴らしながら、ガタイの良いドラホスラフがそうもらす。肩口からいくつもの傷が見え隠れさせながら。
ラディムはにこにこ笑いながら、三人を見回す。
(......多分女性ばかりの集団だと思って野盗は襲ってきたのだろうな。なんと気の毒なことか)
魔法も剣も使えるハルトウィン。魔性術もさることながら、格闘術の心得もあるらしいイェルド。そして、女性ながら現役の傭兵隊長のドラホスラフが相手ではーー
(正規軍一個中隊は必要かもしれませんね)
そんなことをラディムは考えながら、歩みを進める。
馬は使えない。アルブスタン山脈は、馬の歩みをすら受け入れない険道である。
野宿しながらも、ようやく風景が見慣れたものに変わる。
広がる草原、そして遠くに見える山々。ゆったりと流れる川の瀬。あちこちに畑も見える。そして家も。
「ようやく、ヴェネド共和国の『域内』に入ったようですね」
そう言いながら、手の平を差し出しイェルドは水魔法術を発動する。大きな水滴が太陽の光を受け、屈折して画像を地面に映し出す。それはーー地図であった。
「あと、一四ノーハ。ヴェネド共和国の『街門』まで、日が暮れるまでには着けそうですね」
「嬉しいね。きょうは街で、美味しいものでも......」
イェルドはゆっくりと首を振る。ハルトウィンは目を閉じながら微笑んだ。
ヴェネド共和国ーーこの世界において、珍しい共和体制の国家である。とはいえ、完全な民主主義ではなく、都市の高級市民ーー彼らは『都市貴族』と呼んでいたがーーによる合議制、寡頭制の政治体制をとっていた。都市は海に囲まれており、驚くべきことにこの都市はもともとは海の底であった。
伝説では有るがーー人間と獅子との間に生まれたベネディウスという青年が悪逆非道の国王に反乱を起こしたものの、進退窮まって海の浅瀬に逃げ込んだ。周りが追手に囲まれる中、浅瀬にその剣を深々と指すと、海底が隆起して島ができた。それがヴェネド共和国の『市街』になったという伝説である。
その『市街』の入り口である『街門』の前で野宿する四名。城壁は高くそびえ、彼らを見下ろしていた。
北の帝国の民ならば、誰でも一生に一度は旅行したい先のヴェネドの『市街』。彼らがその中に入ることができたのは次の日の朝であったーー




