リーグニッツ荘園の風景と錬金術師
舗装もされていない道、というかほぼそれは畑のあぜ道に近い道をゆく二人。馬の蹄の足音が、不規則に響く。
馬上から、我が荘園を見渡すハルトウィン。オストリーバ神聖帝国の東方に位置するこの荘園は、気候も寒冷であり、当然主要な生産物、大麦の生産量もあまり振るわない。
手綱を制して、ハルトウィンは地面に降り立つ。それを見計らうように、カレルも。カレルがその手綱を受取る。
身をかがめ、畑の土にそっと手をやるハルトウィン。黒い塊となった土が、白い細い指の上で踊る。
『魔女の土』。西の民からはそのように呼ばれている土壌である。肥沃な割にはあまり大麦が育つことはなく、種籾に対してせいぜい三倍程度しか収穫がない。
「これは、たしかにそうも思いたくなる。かつて、この地域を荒らし回った魔女が勇者に成敗されたときに、この土壌に呪いをかけたと。結果、この土地から豊作がもたらされることはなくなったという――」
ハルトウィンはすっと、立ち上がり、手を払う。
「――しかしそれも、過去の話となる」
遠くに見える、農民の姿。領主の姿を認め、農具を地面に置き、膝をついてうやうやしく礼をする老夫婦。
「待っていてくれ、もう少し待ってもらえば我が領民も豊かに生活することができるぞ」
ハルトウィンの言葉に、傍らのカレルはただうなずく。
自分の主人である、この女領主は間違ったことを言ったことは一度もなかった。それは、カレルが絶対的な忠誠を誓う、理由の一つでもある。
再びひらりと、馬に飛び乗るハルトウィン。銀の長い髪が空に舞う。凛々しいその姿は、この辺境の荘園にはそぐわない優美さを持っていた。
馬が駆ける。
農地を抜け、小高い丘の上にある石造りの大きな家――というよりは倉庫と言った雰囲気のある建物に二人は行き着く。大きな鉄の扉。もしかしたら城の門よりも大層な代物かもしれない。
ハルトウィンはその前に立つと、目を閉じ右手の指輪を扉に掲げる。
そして詠唱。
帝国語ではない、古の言葉。
それに応えるように、重々しい扉がゆっくりと開く。
無言で家に足を踏み入れるハルトウィン。その後をカレルが追う。床は石造り――というか独特の灰色の石材に覆われている。こつりこつりと、二人の鋲の打たれた革靴の音が響き渡る。かなり広い部屋らしい。
中は暗い。
ハルトウィンはすっと息を吸うと、大きな声で問う。
「ゼーバルト辺境伯ハルトウィンである。突然の訪問失礼いたす。本日は”先生”にお会いしたく参上した。如何に」
少しの沈黙。そして、暗い部屋が一気に明るくなる。
思わず目を覆うハルトウィン。カレルが腰の剣の柄に手をかける。
明るさにも慣れてきた頃合い、ハルトウィンは自分の前に人影を見る。
身長の高い――若い男性の姿を。
「これはこれは、辺境伯様。このような汚いところに――」
うやうやしく礼をする男性。無精髭が伸び放題で、髪もボサボサである。
彼こそは――この帝国でも屈指の錬金術師と呼ばれる、『ザハール=アルセーニエフ』その人であった。かつては帝都オスト=ペシュトで皇帝の庇護のもとに、名声を恣にした大錬金術師。しかし、ある時忽然とその姿を消す。
一説には皇帝の忌避をかい暗殺されたとか、悪魔に魂を売り何処かで不老不死の研究をしているとか――様々な噂が流れていた。
真実は、この辺境の地でハルトウィンの元である研究を行っていたのだった。
それは、金を作るよりも、そして不老不死の薬を作るよりもアルセーニエフには魅力的なものであった。
「いい感じで出来ておりますぞ、辺境伯様。どうぞこちらに――」
三年に渡る稀代の錬金術師の研究が、今披露されようとしていた――




