『ワルグシュタットの戦い』-終
「クバーセク家宰より、連絡があった。信号の旗を揚げよ!右翼部隊は左翼部隊と連動し、これからクリューガー公を僭称する軍隊への攻撃を開始する!」
カレルの伝令を受けるやいなや、右翼部隊に下知を行うイェルド。その姿は到底女商人のものとは思えない。れっきとした総参謀の貫禄である。
一方旗信号の連絡を受けた左翼部隊――総大将のラディムが指揮するところであるが、実際にはハルトウィンがその命令を行っていた。かねてからのとおりに、陣の移動をラディムに促す。
「多分、クリューガー公は本陣にはおられないでしょう。どうかご決心を」
うなずく、ラディム。
「父上よりも、私はハルトウィン様を信じます。我が領民にとってもそのほうが間違いなく良い決断だと思うので」
右手を高々と上げ、指揮杖を掲げる。
「左翼部隊前進、正面的の外側面を目指す!」
おおっ!と部隊から歓声が上がる。ハルトウィンは実感する。なかなかどうして、この公太子もカリスマがあるようだ、と。古来から民衆は弱くて儚い存在に、架空のリーダーを求めることも多い。もしかしたら――とハルトウィンは今後の展開に思いを寄せる。
動き始める総勢、三千近くの部隊。左右に別れゆっくりと外側からクリューガー公本隊四千を包囲し始める。
数は少ないが、『魔弾』を装備した兵が要所要所に配置されている。数の劣勢を補うため、敵が密集しているところに定期的にその『魔弾』を発射する。
更に、イェルドは情報戦も仕掛けていた。
クリューガー公側の伝令騎兵の装いに変装した騎士に、あることを触れて回らせる。すなわち
『中央部隊、壊滅!』
『指揮官ローベルト=スヴェラーク少将戦死の模様!』
『撤退を!撤退を!』
その情報は間違いではない。実際に迂回して公太子連合軍を後方から包囲するはずの、騎兵部隊がまったく消息不明の状態である。聞いたものには、何より信憑性が高く感じられたであろう。
クリューガー公の本隊はミュットフルトへの後退路も含め、自分たちより数の少ない公太子連合軍にゆっくりと包囲されていく。とはいえ、完全に殲滅状態には至らない。まだまだ互角といった状態である。東側にポッカリとあいたポケット。そこに背を向けて必死にクリューガー公本隊は戦っていた。
「そろそろか」
手元の魔法術時間機を握りしめながらイェルドはそうつぶやく。
砂煙を上げ、東から全力で移動してくる部隊――カレルの銃歩兵部隊である。
気づいたときにはすでに手遅れであった。
あっというまに布陣を済ませた『魔弾』を含む銃歩兵部隊は、集中砲火をクリューガー本隊の背後より浴びせかける。
一射目で、部隊の三分の一が壊滅し浮足立つ。
「二射目は少し威力を弱めにしろ。総参謀殿からのかねてからの命令だ」
仲間撃ちを避けるのと、もはやそれまでの火力は必要ないという判断。
イェルドは二射目の音を確認した後に、ミュットフルトへの逃走路をあえて陣に開ける。
「窮鼠猫を噛まれても困るしね。まして、将来クリューガー家を支える兵士たちだ。皆殺しもできまい」
太陽はようやく天上に達しようとしていた。
かくて、ワルグシュタットの戦いは公太子連合軍の完全な勝利で幕を閉じた。
一方クリューガー公は三千人以上の死傷者や捕虜を出し、ほうほうの体で城壁の中に逃げ込んだ残存兵も戦闘能力を完全に失っていた。
「戦争は外交の延長――ぎゃくに戦いが終わればまた外構が必要となる順番だな」
イェルドはハルトウィンに目配せする。
時に帝国暦一二八十年四月、ハルトウィンが兵を起こしてからわずか二ヶ月後のことであったーー




