公太子の存在
城塞都市『ドレスタン』への道。しかし、主力部隊はその手前でまた森の中に入り、宿営を開始する。そして、その森の先を進むのはたった三人である。
ハルトウィンとカレル、そして商人の姿のままのイェルド。
これはイェルドの示した策の一つである。
「......クリューガー公爵家はなかなか難しいお家事情にあります」
この時代、家庭円満な貴族などそうそうはないだろう。特に名門の大貴族となればなおさらのこと。そこには財産や領地、名誉などありとあらゆる欲望が渦巻いているのだから。ハルトウィンは少なくとも自分がそういういさかいのない家庭に生まれたことを感謝しながら、イェルドの話を聞く。
「現当主、アロイジウス公爵は御年六〇歳。老いたりとはいえ、まだまだ血気盛んな方です。いろいろな意味で」
イェルドの含みをもたせた言い方でハルトウィンはなんとなく察する。そういえば昨年くらいにクリューガー公国より結婚の知らせなどという、どうでもいい使者を迎えたことを思い出した。
「これで四度目の結婚になりますでしょうか。相手はお若い貴族の令嬢です。さて――実は二番めの奥方に男のお子がございまして――年は一四歳。お名前はラディム=フォン=クリューガー様と申します。公太子の位を頂いており、本来であればクリューガー家を継ぐべきお方なのですが」
しかしよくある話だな、とハルトウィンはうんざりする。洋の東西、過去未来を問わず跡継ぎ問題のなんと陳腐なことか。
「つまり新しい奥方が、前妻の子を疎ましく思っていると」
無言でうなずくイェルド。
「結果として本来ならば公爵家を継ぐはずの公太子、ラディム殿は辺地に追いやられてしまいます。あわれ......花と噴水の都ミュットフルトを遠く離れた、城塞都市ドレスタンへと。もっとも言い訳は立ちます。若き公太子に軍事的な経験を積ませるために、そのような土地に派遣したと。田舎とはいえ、軍事の要衝。公国の東部軍の本拠地でもありますからな」
ざわざわと森の茂みをかき分けながら、進む三人。カレルはイェルドが先頭であることに、甚だ不満のようだった。
「まあ、そのあたりが、つけこむ隙もあるということで」
「ルーマン殿は、色々お詳しいことだ」
ハルトウィンが剣でくさをはらいながらそうつぶやく。
「イェルドで結構。この戦いが終わったら家臣にでもしてもらいましょう。商人というものはとかく、世情の噂にうるさくなるもので......」
ふと、足を止めるイェルド。右手で二人を牽制する。唇に左の人差し指を添えながら。
「......情報通りですな。ちょうど、『蜜の時』。公太子ラディム様の狩りのお時間です」
目の前に広がる丘のような草原。狩りをするにはうってつけの地形である。
その丘の上には三人の馬に乗った人物がいた。
二人は屈強な兵士。
もう一人はどう見ても少年であるが、風体から貴人であることがうかがい知れる。
「『マズーロ神』のご加護、ありがたく」
イェルドがそう言いながら、右手を宙に切る。
その少年、それはまさにラディム=フォン=クリューガー公太子――その人であった――




