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オストリーバ興亡史~ある転生辺境伯の生涯  作者: 八島唯
クリューガー公国との戦い
13/50

夜の講義

「これは、夜遅くに失礼します」

 慇懃な声。その声に聞き覚えがあったカレルは、腰の剣をゆっくりとおさめる。

「ルーマン殿。深夜に何用か」

 ハルトウィンの気のない返事。敵ではないとはいえ、あまり会いたくない相手であった。

「いえいえ、スポンサーとしては借り主の動向は気になるもの。さらにそれに私の人生の成否もかかっているとあれば......」

 慇懃な態度をとる、小さな女性。年の頃は――若いのだろうが、いまいちはっきりとしない。服装から兵士でないことは明らかだった。

 彼女の名前はイェルド=ルーマン。ゼーバルト家出入りの商人である。ハルトマンが結構小さい頃から見知った間柄であるが、全く年を取らないのは不思議だった。人外、という話も聞いたことはない。

「どうかご心配なく。この戦いが終われば、お借りしたものは全額お返しできるだろうから」

 ハルトウィンはなるべく平静を装って、そう答える。先祖代々の品物や、亡くなった母のドレスまで売り払ったハルトウィンであったが、それでも遠征費には足りなかった。やむを得ず、彼女イェルド=ルーマンに借金を申し出たのだった。

 荘園の農地を担保に、かなり高い利息を覚悟していたのだが女商人イェルドはそれは求めず、ある一つのことだけを提案する。

『私を行軍に同行させてください。秘密は厳守します。身の安全の保証もなくて結構。捕虜扱いでも一向に構いません』

 あまりに大胆な提案。遊郭の付け馬ならわからないでもないが、行く先は戦場である。いかに自分の財産の行く末がかかっているとはいえ、思い切った話であった。

 最初は当然のごとく断るハルトウィンだったが、最終的には金主には逆らえず折れることとなる。

 イェルド=ルーマンは商人であるとともに、ちょっとした魔法術の持ち主でもあった。全く護衛をつけずに、この物騒な帝国内を行商して歩けたのもその能力があったからに違いない。

 そもそも、この世界は比較的女性の地位が高い。それは女性に魔法術の素養の持ち主が多いことに起因しているかもしれなかった。

 いざとなったときには、イェルドもゼーバルト軍の兵士として参加する、という証書を取ることによってイェルドの申し出を認めることとなった。カレルなどは最後まで不満そうであったが。

「お悩みのようですね。辺境伯閣下」

 下からじっとハルトウィンを見つめるイェルド。

「閣下はやめてくれ。大丈夫。勝てる算段は――」

「ハレンスブルクの攻略ですか?悪くはないですが、それでは絶対勝てないと思いますよ」

 声がでないハルトウィン。この女商人は自分の脳内でも読める魔法術を持っているのか。それはかなり高度な――。

「人間の考えていることは、ほとんど表面化します。その人の行動だけではなく、周囲の人そしてその人の持っているもの、吐く空気の中にすら」

 机の上の書類を指差すイェルド。それは、ハルトウィンが殴り書いたメモである。ごちゃごちゃしていて、家宰であるカレルにも内容の判別がつかない代物であった。

「何度も書いては、消している。この図を見れば一発です」

 すっとハルトウィンは立ち上がる。左手の拳銃の中に込められている『魔弾』に魔法力を込めながら。

「その言葉、捨て置けないな。いかに見知りの、世話になっているルーマン殿とはいえ。説明を求めたい」

 並々ならぬハルトウィンの態度に、イェルドはうやうやしく礼をしてハルトウィンを見つめる。

 予想外の野営の夜の講義が始まろうとしていた――


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