第九十三話 バレンタインの次の日に
「ん……寝ちゃったんだ……」
家に帰った後、学校の課題を終え、一休みしていたら眠ってしまい、拓雄は目を擦りながら起き上がる。
そして、バッグにしまってあった先生たちから貰ったチョコを取り出し、取り敢えず食べないといけないと思い、食べる事にした。
「これはユリア先生の……うわあ、美味しそう」
まずはユリアから貰ったチョコを取り出し、中を開けると、カカオの甘い香りがするいかにも高価そうなチョコレートであり、こんな高級なチョコを貰ってしまい、申し訳ない気分になってしまった。
明らかに義理チョコではなく、ユリアの想いが込められたチョコレートであったので、恐縮しながら口にしていったが、これはホワイトデーのお返しをどうしようか早くも拓雄を悩ませていった。
「次はすみれ先生のかな……うわ、大きなハート形の……」
次はすみれから貰ったチョコを取り出して、箱を開けると、大きなハート形のチョコレートが入っており、しかもチョコには『LOVE』と書かれていた。
これは家族には絶対に見られてはいけないと思い、ひとかけら食べた後、急いで蓋をしてしまったが、続いて彩子から貰ったチョコを食べてみる。
彩子のも明らかに手作りチョコで、ハート型の小さなチョコがビニールの袋に入っており、中に入っていた手紙に『心を込めて作りました。もちろん、本命だからね♡』と短い一文が書かれていた。
「流石に全部は食べきれないよね……」
何も全部、今日の内に食べる必要もなかったのだが、折角貰った以上、バレンタインデーが終わらない内に口にしないと失礼だと思い、全部は食べれなくても一通り味がわかる程度は口にし、明日、三人にちゃんとお礼を言わないといけないという義務感で、三人のチョコをしっかり味わって食べていった。
翌日――
「ふうう……ちょっと胃もたれが……」
昨日、流石にチョコを食べ過ぎてしまい、流石の拓雄も胃もたれがしてしまい、顔いろを悪くしながら、校舎に入っていく。
どれもチョコは美味しかったが、完食までは出来なかったので、また帰ったら食べないといけなかったが、取り敢えず今日中にお礼は言わないとと思っていると、
「あ……」
廊下を歩いていると、ユリアにバッタリ会い、しばらくお互い目を合わせる。
「おはようございます」
「おはよう」
「あの、昨日は……」
「その話はここじゃなくて、後で聞くわ。あなたも口を滑らせない様に気を付けて」
「あ、はい。すみません」
チョコのお礼をしようとしたが、よからぬ誤解を招いてはいけないと、ユリアはビシっと言った後、職員室へと向かっていた。
バレンタインの翌日でもしっかりと緊張感を持っているのは流石だと思い、その凛としたユリアの姿に改めて惚れ直してしまいそうであった。
「ふふふ、おはよー、拓雄君」
「あ、彩子先生。おはようございます」
「はーい。ね、昨日の~~……どうだった?」
「えっと……」
彩子はユリアとは対照的に、ニコニコ顔でチョコの感想を聞いてきたので、拓雄も周囲を見渡して、誰も居ないのを確認したが、生徒の姿が何人か見えたので答えるのを躊躇していた。
「そ、それはまた後で……」
「あら、そう。ね、ちょっとこっち来てくれる?」
「はい?」
「手伝ってほしい事があるのー。今日、美術の授業あるでしょう」
「は、はあ……」
朝のホームルームが始まってしまう時間になったが、彩子ははやる気持ちを抑えきれなかったのか、彼を近くの空き教室へと連行していく。
「くくく。ねー、先生のチョコどうだった?」
「美味しかったです。ありがとうございます」
「きゃー、ありがとう。もうね、そう言ってくれるだけでもあなたに渡した甲斐があったわ。もちろん、書いていた通り、本命中の本命よー。そのつもりでいてね」
「は、はあ……」
相変わらず学校内でも、大胆な発言をする彩子にヒヤヒヤしてしまうが、彼女の重すぎる想いにどう向き合えば良いのか、拓雄もそろそろ真剣に考えないといけないと思っていた。
「はーい、みんな席に着いて。朝のホームルーム始めるわよ」
教室に入り、朝のホームルームの時間になると、担任のすみれがいつものように教壇に立って、ホームルームを元気な口調で開始する。
本当に普段通りだったので感心しながら、彼女の連絡事項を聞いていると、
「昨日はバレンタインだったけど、みんな浮かれ過ぎないようにねえ。三年生は受験の真っ最中なんだし、特に君たちは特進クラスの生徒なんだから、常に緊張感を持っていないと。そうよね?」
「へ? は、はい」
急にすみれが拓雄にそう話を振ってきたので、動揺しながらも拓雄は返事をする。
彩子と言い、学校でしかも朝のホームルームの最中にこんなことを言ってくる神経に、拓雄も感嘆としてしまったが、担任でいつでも会える間柄だからこそ、彼女にお礼を言うタイミングをどうしようか、逆に悩んでいった。
キーンコーンカーン……。
「それでは、今日はここまで。次の授業に備えて、予習をちゃんとやっておくのよ」
すみれの数学の授業が終わり、彼女が教材を手に持って、職員室に帰る準備をする。
彼女が教室を出た瞬間に、ちょっと話をしようと思い、すみれの様子を席から拓雄がうかがっていると、
「ん? どうしたのかしら? 何か私に話でもある?」
「え? いえ……」
「気になるわね。何かわからないことでもあるなら、遠慮なく言いなさいよね」
「あ、はい。えっと……」
さっきの授業で分からなかった問題を聞くついでに、チョコのお礼をしようと思い、教科書を持って、問題を聞こうとするが、
「良いから来なさい。お話は職員室でゆーっくり聞かせてもらうから」
「は、はい」
すみれも拓雄の意図を察したのか、早く来いと促したので、教科書を持ちながら、すみれの後を付いて行く。
周囲から今のやり取りを不審がられていないかと、不安になったが、すみれはもう今更過ぎて、気にもしていないようだった。
「さあ、ここに入りなさい♪」
「え? 職員室じゃ……」
「職員室でする話じゃないでしょうが。ほら、さっさと入る」
すみれに生徒指導室に連れていかれたので、彼女に背中を押されて入っていく。
「んで。チョコ、どうだった?」
「おいしかったです。ありがとうございます」
「そう。他の二人のと比べてどうだった?」
「へ? あ、それは……」
急に彩子やユリアのチョコの事も聞かれてしまい、どう答えようか悩んでいると、すみれはため息を付き、
「それが一番大事なんだっての、わかるでしょうが。んで、あんたの本命はどれなのよ?」
「うう……ここで返事するのはちょっと……」
「ふーん。ま、良いわ。ホワイトデーまで猶予は与えてやるわ。どうせ、あんたの事だから、みんな好きですとか言うんだろうけど、いい加減、第一志望を決めないといけないってのわかって欲しいわね」
「だ、第一志望って……」
「そうでしょう。んじゃ、先生、次の授業の準備しないといけないから。じゃねー。ちゅっ♡」
「――!」
すみれがそう言って、彼の頬にキスをした後、生徒指導室を後にする。
いずれは誰かを決めないといけない――その日は、もう遠くないのかと思うと、拓雄は寂しさを感じてしまったのであった。




