第九十二話 先生たちからのチョコは当然本命
「はーい、拓雄。おっはよー」
「おはようございます」
朝、登校して廊下を歩いていると、すみれに挨拶をされたので、すかさず拓雄も挨拶を返す。
「ふふ、もうすぐバレンタインねー。拓雄は、今年はいくつチョコ貰えそう?」
「え……それは……」
そう言えば、バレンタインデーなんてのがあったなと思い出した拓雄であったが、チョコをいくつ貰えるかと聞かれると、一気に顔が赤くなってしまう。
「ま、最低でも三つは貰えるから、安心よね」
「う……あの……」
「じゃあ、私はこれで。今日も勉強、頑張りなさいよ」
すみれがかなり際どい事を言ってきたので、返答に困っていると、すみれがポンっと彼のお尻を叩いて、職員室へと行ってしまった。
三つというのは言うまでもなく、すみれと彩子、そしてユリアの事であるのは明白で、彼女達からチョコを貰えるであろうことは、鈍感な拓雄であっても容易に想像出来る事であった。
もちろん、嬉しい事は確かだが、彼女たちが何か過激な事をしてこないか心配で、気が重くなってしまったのであった。
「あ、拓雄君。ちょっと良い?」
「はい?」
今日は美術の授業があり、美術室に入ろうとした際、彩子に声をかけられ、
「ふふ……明日はバレンタインよね。拓雄君は毎年、どのくらいチョコ貰ってるの?」
「それは……」
いつも母親や妹といった家族以外だと、クラスメイトから義理チョコは貰った事はあるが、本命のチョコは未だになかった。
「拓雄君、可愛くてモテそうだから、いつもたくさん貰ってるんじゃない?」
「そ、そんな事はないです」
「本当かしら? ま、今年は三つは必ず貰えるんじゃない」
さっきのすみれと同じことを言ってきたので、ドキっとしてしまう。
「へへ……明日、準備室に来てね」
と、彩子は小声で拓雄にそう囁き、美術室に入っていった。
誰かに聞かれてはいないかとヒヤヒヤしていたが、彩子の方はもうバレても構わないとばかりの大胆さで明日を待ち遠しくて仕方ないと言った感じであった。
翌日――
「あ……」
拓雄が家を出ると、すぐにアパートから出て来た、ユリアとバッタリ対面する。
普段、朝にここで会う事はあまりなかったので、拓雄も驚いていると、ユリアは彼に近づき、
「こっち来なさい」
「え? あ、はい」
ユリアに袖を引っ張られ、近くの路地裏に連れ込まれる。
「これ」
「あの、これは……?」
「今日、何の日かくらいは知っているでしょう。さっさと鞄に閉まって。学校で見られるのが嫌なら、今からでも家に戻って、これはあなたの部屋に置いておきなさい」
「は、はい」
ユリアが包装された小箱を拓雄に差し出し、拓雄も言われた通り、すぐにバッグにしまう。
まさか、こんな朝早くにユリアがチョコをくれるとは想像もしなかったので、ビックリしたが、彼が受け取ったのを確認して、
「それじゃ、お先に」
「あ……あの、ありがとうございます」
とお礼を言うと、ユリアは軽く頷いて、足早に去っていった。
「ユリア先生が僕に……」
彼女がチョコをくれる事は期待はしていたが、まさか朝一でくれるとは思いもしなかったので、拓雄も胸が熱くなってしまう。
このチョコをどうしようかと思ったが、学校で誰かほかの生徒に見つかって、余計な詮索をされるのは自分もユリアも困るので、一先ず家に戻り、自分の机の中に保管したのであった。
「はーい、席に着いて。授業始めるわよ」
授業が始まり、すみれがいつものようにハキハキした口調で数学の授業をしていく。
しかし、特に普段と変わっている様子はなく、いつチョコレートを自分にあげるつもりなのかと、期待と不安が入り混じりながら、授業を聞いていったのであった。
放課後――
「まあ、拓雄君。来てくれたのね」
「彩子先生」
拓雄が言われた通り、美術準備室へと向かうも、既に彼を待っていたのか、彩子が廊下で彼を出迎える。
「さあ、入って」
「し、失礼します」
彩子に促されて、準備室へと入る。
もうこの準備室に入るのも日常茶飯事になってしまったが、自分のような部外者が使ってしまって良いのかと不安になってしまった。
「ふふ、はい。バレンタインのチョコ。もちろん、本命チョコよ♡」
「あ、ありがとうございます」
準備室に入るや、満面の笑みで彩子が煌びやかな包装に包まれたチョコを拓雄に手渡す。
「くす、ちょっと遠出して、ベルギー製のチョコを買ってきたの。拓雄君だけの特別チョコだから、ちゃんと味わって食べてね」
「はい」
ウキウキしながら、彩子がそう言ったので、拓雄も照れ臭くなってしまい、本当に自分が貰って良いのかと恐縮してしまう。
「ねえ、すみれ先生やユリアちゃんからはもう貰った?」
「ユリア先生からはもう貰いました」
「あら、いつの間に。うーん、別に順番を争っていた訳じゃないけど、悔しいな。すみれ先生からはまだなのね」
言われてみると、担任のすみれがまだくれないのはどうした事かと首を傾げていたが、別にチョコをくれると決まっている訳じゃないので、拓雄も少し自惚れていたのかと思い直す。
「じゃあ、今日は部活あるから、これで。またね。ちゅっ♡」
チョコを渡すと、彩子は軽く拓雄の頬にキスをし、準備室を後にする。
思っていたよりあっさりしていてホッとしたが、取り敢えず、もう帰る事にした。
「あれ……これは……」
下駄箱に一枚の手紙が入っていたので、ドキっとしながら拓雄が手紙を見てみると、
『放課後、校舎裏に来てください」
と、簡潔かつ綺麗な文字で書かれていた。
(これは……ラブレター?)
鈍感な拓雄でもそう直感してしまい、まさか自分がと思いながら、どうしようか悩む。
名前がなかったので、いたずらの可能性もあったが、とにかく無視は出来ないと、校舎裏に行く事にした。
「えっと……」
「はーい、拓雄♪」
「え? す、すみれ先生!?」
校舎裏に行くと、すみれが後ろからポンと肩を叩いて、声をかける。
「あはは、あの手紙見た?」
「すみれ先生があれを?」
「そうよ。ふふ、何で呼び出されたか、わかっているでしょう。ほら、本命チョコよ。ありがたく受け取りなさいね」
「あ、ありがとうございます」
何事か思うと、やっぱりすみれがチョコを渡し、拓雄もお礼を言う。
「二人からはもう貰ったんでしょう?」
「はい」
「全く、学園の美人教師三人から貰えるなんて、どんだけ色男なのよ、あんた。ま、そういう事だからー……よく考えて、ホワイトデーのお返し頼むわね」
ホワイトデーのお返し――一か月後には、必ず三人にしないといけないので、拓雄も真剣に考えこむ。
ここで彼女たちの気持ちに応えないといけないのかと考えると、少し緊張してしまうが、
「じゃあ、先生はこれで。それ、手作りチョコだからゆっくり味わいなさいね。それじゃ。ちゅっ♡」
「――!」
すみれがそう告げると、彼の頬に軽くキスをして、この場を去る。
先ほど、彩子にされたのと反対の頬だったが、二人の唇の感触を頬に感じながら、チョコをバッグにしまい、彼女たちの気持ちに応えないといけないと思ったのであった。




