第八十八話 模試が終わったあと、また彩子先生に……
「うう……」
自宅に帰った後、拓雄は必死に模試に向けた勉強をするが、三人に言われた事が頭から離れず、なかなかはかどらなかった。
全教科で偏差値六十以上というのは、拓雄にとってはかなりハードルが高かったが、それくらいは取らないと志望している大学には届かないので、すみれたちとの約束がどうかに関わらず、頑張らないといけなかった。
「でもやらないと……」
理由はどうあれ、模試をちゃんとやらないといけないと思い直し、拓雄は机に向かって勉強に励む。
そして、あっという間に模試の当日になり……。
「では、始め」
担任であるすみれの号令で、まずは英語の模試が始まる。
(えっと、ここは……)
勉強の成果もあったのか、まずまずの手応えがあり、かなり難易度が高い問題も解けるようになっていた。
これなら偏差値が六十以上も行けるのではないかと手ごたえを感じながら、英語、国語の模試を終え、そして最後の数学の試験を終えた。
キーンコーンカーン……。
「じゃあ、今日はここまで。模試の結果、来週には来るから、楽しみに待っててねー♪」
帰りのホームルームも終わり、すみれが連絡事項を告げた後、教室から出る。
一先ず、無事に模試も終えてホッとしたが、数学はイマイチの出来だったので、約束通り偏差値六十以上行くか彼も自信はなかった。
「あ、先生……」
廊下を出ると、ユリアとバッタリ会い、軽く会釈して通り過ぎようとすると、
「待ちなさい」
「はい?」
「ちゃんと挨拶くらいなさい」
「す、すみません……さようなら」
「うん。ちょっと良いかしら?」
「何ですか?」
「試験の事で話があるわ。付いてきて」
「は、はあ……」
試験の事とは何の事だろうと首を傾げながらも、拓雄はユリアの後を付いていく。
「先生、試験の事って……」
「黙って付いてきなさい。ほら、あれ見て」
「え?」
てっきり職員室に行くかと思ったら、一階の昇降口にまで下りてきたので、何事かとユリアに聞くと、ユリアは第二校舎の入り口の前で、エプロンを付けて、立っている彩子を指差していた。
「あなたを待っているのよ。一人でいる所を見られたら、彩子先生に絡まれるわよ」
「え、でも……何か、僕に話があるのでは?」
「大事な話がある訳ないでしょ。先生に変な事、されたいの?」
「う……」
彩子に連れ込まれたら、何をされるかは流石の拓雄も想像がついた。
しかし、本当に大事な話があるかもしれないと思い、
「一応、行ってきます」
「はあ……どうしてもって言うなら、好きにして良いけど、先生はこれから生徒会の集まりがあるし、すみれ先生も剣道部の方に行ってるから、何かあっても責任取れないわよ」
「で、でも……」
「あれー、ユリアちゃんに拓雄君じゃないですかあ」
物陰に隠れながら、ユリアにそう警告されると、二人の姿を発見した彩子が小走りで駆け付け、拓雄に声をかける。
「ふふ、拓雄君も居るんだあ。あ、ちょうどよかった。拓雄君の事、探していたの。とっても大事な話があるから、先生に付いてきてくれる?」
「う……あの、大事な話とは?」
「それはちょっとここじゃ、言いにくいかなあ。ゆっくり話したいから、準備室に来てくれる?」
「彩子先生、部活があるんじゃないですか? だったら、そっちに顔を出した方が良いと思いますけど」
「あらー、ユリアちゃん。部活の事なら大丈夫よ。今日は自主活動の日だし。というか、ほぼ毎日、そんな感じなんだけどね。ほら、用事がないなら来て。とっても大事なお話があるの。あ、ユリアちゃんは今日は生徒会の集まりがあるんでしょう。なら、早く行かないと」
彩子は逃がさないとばかりに、拓雄の腕を掴み、早く自分に来いとせがんでくる。
こんな所を、誰かに見られたら、まずいのではないかと焦ってしまい、拓雄も思わず、
「わ、わかりましたから、離してください」
「あん、もう……じゃあ、すぐに来てね」
と言って、彩子の腕を振りほどき、準備室に来ることを了承してしまった。
「全く、しょうがない子ね。言っておくけど、行かない方が二人の為よ。私はもう行くけど、忠告はしたからね」
「はい……」
ユリアは拓雄の押しの弱さやお人好しっぷりに呆れてしまったのか、溜息を付きながら、この場を去る。
拓雄も嫌な予感はしていたが、それでも本当に彩子が大事な話がある可能性がないとは言えなかったので、彼女の誘いを受けてしまったのであった。
「失礼します」
「きゃー、座って。さ、早く」
「は、はあ……」
美術準備室に入ると、彩子は拓雄の腕を組み、手を握って露骨に彼とスキンシップを取りながら、準備室へと招き入れる。
「あの、お話とは……」
「んもう、拓雄君、純粋ねえ。二人きりになりたかっただけに決まってるじゃない」
「そ、そんな……」
椅子に座った拓雄を彩子は後ろから抱き付き、胸を押し付けたりして、甘い声で誘ってくる。
「模試の手応えはどうだった、んー?」
「その……まあまあです」
「そう。あーん、拓雄君の勉強教えられないの歯痒いわ。美術教師になった事は後悔してないけど、拓雄君が美術部に入ってくれれば、手取り足取り教えてあげられるのになあ」
「そ、それは……今日は部活は……」
隣に美術室があるのだが、あんまり大声を出すと、部員に聞かれてしまうのではないかという恐怖があり、拓雄も気が気ではなくなってしまう。
しかし、彩子の方は全く気にすることはなく、
「今、コンクールが近くてね。部員たちも、結構遅くまで残ってるのよ」
「なら、邪魔をしちゃいけないんで、僕、帰ります……」
「こら、話は終わってないぞー。良いのよ、部員の様子は後でも。絵なんて、自分が好きなように描けばいいんだから」
美術部の顧問らしからぬ発言ではあったが、彩子は部員の個性を大事にしたかったので、普段から極力、口出しはしないようにしていた。
「拓雄くーん……んっ、んんっ!」
「んっ!」
不意に拓雄に口づけをし、拓雄も驚いて目を見開くが、彩子はがっしりと抱き付いて、唇を啄んでいく。
「んっ、ちゅっ、んん……はあっ! ねえ……先生とイケナイ事しない?」
「だ、駄目ですって……」
「何でよお……折角、二人きりなのにさー。拓雄君もわかっていたんでしょう? こうなるの?」
「う……」
彩子はエプロンの肩ひもをずらし、下に着ていたブラウスも開けて、純白のブラジャーと胸の谷間を見せつける。
まさか、ここまで大胆な事をやってくるとは思わなかったので、拓雄も動揺していたが、何とか彼女を傷つけないようにしながら、逃げ出す方法はないかと考えてると、彩子は拓雄の手を掴んで自身の胸に押し付け、
「ほらあ……ね、好きにしていいから♡」
「ん……あの、先生。は、話があるんですけど!」
「何よ~~……?」
「えっと……美術部、見学して良いですか?」
「あら、今まで興味なかったのに、いきなりどうしたのかしら?」
「その……先生が、部活でどうしているのか気になって……」
この場から逃げ出すためについたお願いなのは明らかであったが、彩子も溜息を付きながら、
「はーい♪ そういう事なら、仕方ないわね。じゃあ、来なさい。美術部に案内するから」
「ほ……」
彩子も自分の様子が気になると言われては、断る気にもなれず、衣服を整えて、拓雄を美術室へと案内する。
一先ず逃げられたが、彩子の誘いを迂闊に受けてはいけないと、拓雄も反省したのであった。




