第七十五話 合宿が終わった後も先生と一緒に過ごすことに
「うーーん、ちょっと疲れるなあ」
合宿の二日目、休み時間になり、拓雄はロビーでジュースを飲んで一服する。
勉強合宿なので、朝から晩まで授業が続き、拓雄も少し疲れてしまった。
「はーい、拓雄。元気してるー?」
「先生」
ジュースを飲んでいる最中、すみれが声をかけてきて、
「さっきの私の授業、ちょっとぼーっとして居眠りしそうになってたでしょう。駄目よー、ちゃんと聞かなきゃ。次の小テストで赤点取ったら、居残り補習よ」
「そ、そんな……」
「嫌なら、頑張りなさい。全く、そんなに先生の授業、つまらないかしら」
と、小言を言いながら、すみれが拓雄の隣に座る。
ロビーでちょっと休憩しているだけだが、ここには他の生徒も居るので、すみれとの関係を怪しまれないか、拓雄の方がハラハラして、落ち着かなかった。
「冬休みの予定とか、もう決まってるの?」
「え? 特には……」
「そう。早めに決めておかないと、終わっちゃうわよ」
「はあ」
「んじゃ、もう行くから。拓雄もさっさと戻りなさい」
と告げて、拓雄の肩をポンと叩き、すみれがこの場を立ち去る。
冬休み、また誘われているのかと、首をかしげながらも、ここでその話は出来ないと思い、また教室に戻っていった。
「ん? メールが……」
夜中の自習時間になり、拓雄が課題に取り組んでいると、ラインの着信があったので、手に取って確認してみる。
『拓雄くーん。元気してるー?』
(あ、彩子先生からだ……)
ラインを開くと、彩子からの絵文字付きのメッセージが届いており、その後も延々とメッセージを送り続けていた。
『拓雄君、元気してる? 先生、会えなくてさみしいなあ』
『やっぱり、今から先生もそっち行こうかな。拓雄君に会えなくて、先生、寂しくて死んじゃいそう』
(ど、どうしよう?)
と、病的なほど、会いたいというメッセージを送り続け、拓雄も思わず自習室を出て、外に出る。
今は自習中なので、返信は出来ず、ましてや、相手は教師なので、プライベートなやり取りがバレたら処分されてしまうと思い、拓雄も彩子のメールを見て、
「あ、あの、彩子先生」
『きゃー、拓雄君。電話してくれたの、嬉しいわ。元気してた?』
外に出て、通話に切り替えると、彩子も嬉しそうに即電話に出る。
「今、自習中なので、ちょっと……」
『そうなんだ。こんな時間まで大変ね。先生、拓雄君に早く会いたいなあ。帰ってきたら、すぐに会おうよ。一回、学校に帰ってくるんでしょう」
「はあ……いいですよ」
『ヤッター。約束よ。先生、迎えに行くからね。もう、拓雄君の声が聞こえなくて、寂しくて仕方なかったんだから』
「は、はい」
彩子が嬉しそうにそう言うと、拓雄も思わず頷いて返事する。
明日は美術部の活動があるので、そのついでに会うくらいなら良いかと思い、軽く返事してしまったのであった。
『あ、もう切るね。そうだ、拓雄君に頑張ってもらいたいから、元気の出る写真送るね』
「写真?」
『うん。じゃあねー』
と言って切ってしまい、なんの写真を送ってくるのかと首を傾げながら、拓雄が待っていると、
「いいっ!」
彩子が送信した写真を見て、思わず声を張り上げる。
それは、彩子が下着姿で胸元を寄せながら、自撮りをしている写真で、誰かに見られたら大変なことになる写真であった。
「ど、どうしよう……」
「こらー、何をそんな所で油売っているの。さっさと自習室に戻りなさい」
「あ……」
彩子の写真を見て動揺していると、すみれが拓雄の元にやってきた。
「うう、寒いわねえ……てか、何やっていたのよ。誰かと電話していたみたいけど」
「な、何でもありません」
「んーー? 嘘ね。真中先生からでしょう。ほら、渡しなさい」
「あ……」
すぐに彩子と話していたことを見抜かれてしまい、すみれに強引にスマホを取り上げられ、中をチェックされる。
「げっ! 何て物、送ってるのよ真中先生も……」
「うう……」
ラインの履歴を調べられると、あっさり写真が見つかってしまい、拓雄もバツの悪そうな顔をする。
「本当なら問題にする所だけど、ま、お互い様なので見逃すわ。その代わり、その写真消すんじゃないわよ」
「え? で、でも……」
「ふふん、合宿終わるまで、その写真が見つからないようにしてみなさい。見つかっても、あんたと真中先生の自業自得だしー。わかったあ? 朝もチェックするから、そのつもりで。じゃあ、さっさと戻る」
「ひゃあっ!」
すみれがニヤつきながらそう告げると、拓雄の股間をポンっと叩いて、中に戻る。
こんな事になぜなってしまったのかと、顔を真っ赤にしながらも、時間も推していたので、すぐに戻り、自習を再開していったのであった。
翌日――
「はーい、集合。そろそろバスに乗るわよ」
昼食を摂った後、帰る時間になり、すみれの号令で生徒たちと職員がバスに乗り込む。
幸いにも、彩子の写真は見つからずに済んでいるが、迂闊にスマホは取り出せず、拓雄も気が気ではない気分のまま、バスに乗っていった。
「ふう……ん? はい」
『ヤッホー、拓雄君。元気? 今、帰ってるの?」
パーキングエリアでトイレから帰った後、また彩子から電話がかかってきた。
『くす、昨日の写真、どうだったあ?』
「あの、ちょっと困りますう……」
『キャン♪ 困っている拓雄君も可愛いなあ。でも、良い写真だと思うんだけどなあ。でも、困ったのならお詫びに先生、何か奢っちゃうわよ。今度、二人でデートしようよ」
「う、それは……」
勝手に話を進めていく彩子にたじろいでいたが、視線に気づき、拓雄が後ろを振り向くと、ユリアが睨みつけていた。
「来なさい」
『どうしたの?』
「ユリア先生に呼ばれて……」
『なーんだ。じゃあ、ユリアちゃんによろしくね。美術準備室で待っているから』
そう言うと、彩子も逆に安堵の声をあげて、電話を切り、拓雄もユリアの方を振り返る。
「な、何か?」
「感心しないわね。彩子先生と、合宿中にプライベートの電話なんて」
「す、すみません」
「まあ、私が言えた義理じゃないけど、気をつけなさい。変な写真を送り付けられたみたいだけど、さっさと消すことね。見つかったら、大事なんだから」
「う……何で……」
「すみれ先生から聞いたのよ。全く、二人とも……ほら、戻りなさい。帰るまでが合宿よ。シャンとする」
「は、はい」
彩子の下着写真を送り付けられたのは、すみれもすぐにユリアに告げてしまい、いつものように三人には知られることになってしまった。
トントン。
「失礼します」
「きゃー、拓雄君、帰ってきたのね。嬉しいわ、来てくれて。ちゅっ♡、ちゅっ」
「ちょっ、ちょっと……」
言われた通り、美術準備室に向かうと、彩子が嬉しそうに拓雄に抱き付き、頬にキスをする。
ここまで喜ばれると、拓雄も戸惑ってしまうが、彩子にとっては数年ぶりの再会のような気分で、愛しの拓雄にぎゅっと抱き付いて、頬ずりし、再会の感慨に耽っていたのであった。
「あの、これ……」
「え? お土産買ってきてくれたの! いやーん、先生、嬉しいわ。拓雄君、本当に優しいわね。ありがとう」
彩子に土産物コーナーで買ったキーホルダーを手渡すと、彩子も感激してしまい、満面の笑みを浮かべる。
「あーん、可愛いキーホルダー。もう、先生、拓雄君からプレゼント貰ったってだけで、感激よ。ありがとう、本当に」
「いえ、そんな……」
「もう、謙遜しないで。そうだ、明日暇? 先生とデートしよう、ね?」
「は……はい……」
彩子が両手で彼の手を掴んでそう誘うと、拓雄も思わず頷く。
合宿から帰ってきたばかりで疲れていた拓雄だが、休む間もなく先生たちと過ごす羽目になってしまったのであった。




