第七十四話 勉強合宿で先生との距離がまた縮まる
「はーい、集合」
クリスマスの翌々日の朝、教室ですみれが点呼を取る。
今は冬休み中だが、拓雄のクラスは特進クラスのため、年末年始の一時期以外は講習があり、今日から二泊三日の勉強合宿に行く予定になっていた。
「全員集まってるわね。んじゃ、外に出てー。バスに乗るわよ」
点呼を終えた後、すみれの指示で教室から出て、外にあるバスに乗り込み、合宿所へと向かう。
拓雄自身はあまり乗り気ではなかったが、特進クラスは強制参加の行事なので、頑張るしかなかったのであった。
「ちょっと、良い?」
「はい?」
バスに乗っている最中、すみれが拓雄の隣の補助席に座り、
「あんたさー、こんな後ろの席で一人で座って寂しくないの? 友達いないんだっけ?」
「そ、そういう訳じゃ……」
友人がいなかった訳ではないが、人数の関係で、たまたま、窓際の座席に拓雄一人だけになってしまい、少し肩身の狭い思いをしていた。
「もしいないなら、担任としてはちょっと心配ね。ほら、着くまで先生が付き合うわよ」
「え、ええ?」
「何よ、嫌なの?」
「そういう訳では……」
すみれが拓雄に体を密着させてそう言い、拓雄もビックリして、更に気まずそうな顔をする。
二人の関係はユリアや彩子以外の人には絶対に秘密であり、すみれとバスの中で必要以上に仲良くしていたら、不審がられるのではないかと、拓雄の方が不安になってしまっていたが、すみれの方は気にするそぶりもなく、ガンガン話しかけていた。
「そんな辛気臭い顔をしていたら、合宿乗り切れないわよー。日程表見ればわかると思うけど、本当に合宿中は勉強漬けで休む暇なんかないんだからね」
「は、はい」
「ふん。わかってるのかしら」
「っ!」
と言いながら、すみれが拓雄の股間をさり気なく手でポンっと叩く。
「せ、先生~~」
「気合を入れてやってるの。拓雄はいつも、そんなだから先生、心配だわ。もっと、元気に行きなさい。男の子なんだから」
「はあ……」
と、冷や冷やしながらも、人目も気にせずに、隣でガンガン話しかけてくるすみれの勢いに圧倒されながら、相槌を打っていく。
だが、拓雄もすみれが自分の事を気にかけてくれているのだと思うと、悪い気はしなかったのであった。
「この動詞の意味は、こうなる訳……」
合宿所に着くと、早速、英語の授業が始まり、ホワイトボードにユリアがびっしりと英文を書きながら、解説をしていく。
この合宿所は高原にある宿泊施設で、部活の合宿などでよく利用される施設なのだが、着いてすぐ補講が始まり、このまま夕方まで、授業が続いていったのであった。
(うう、課題が多いなあ……)
夜中、お風呂に入った後、拓雄は施設にある会議室の中に集まって、出された課題を解いていく。
今はあくまでも自習時間であったが、明日の朝までに提出しないといけない宿題が、山ほど出されてしまい、自由な時間など殆どなかった。
しかし、特進クラスの生徒だけあって、周りの生徒たちも真剣に取り組んでおり、室内も張り詰める程の緊張感に包まれながら、静まり返っていた。
「何か、わからない事あるかしら」
しばらくして、ユリアが自習室に入ってきて、質問がないか受け付ける。
そして、挙手した生徒の所へ行き、質問があるたびに、親身に答えを解説していったのであった。
「他に質問ある子は居ない?」
何人かの生徒の質問に答えた後、改めてユリアがそう訊くと、誰も手を挙げる生徒がいなかったので、一旦、室内をぐるっと一回りして、生徒たちの様子を観察する。
「あなたは、何かわからないことない?」
「え? えっと……」
ふと、ユリアが拓雄にそう質問すると、拓雄は問題集の文を眺めながら、しばらく考え込み、
「この文の、whatの訳し方なんですけど……」
「ん? ああ、それはね……」
解くのを後回しにしていた文法問題の解き方を質問し、ユリアが彼の隣に屈んで、解説をしていく。
ユリアは今、ブラウスとジーンズというかなりラフな格好をしていたが、そんな服装も彼女には非常に似合っており、間近で真剣に教えているユリアの顔はとても美しく見えて、拓雄は胸が高鳴るばかりであった。
「聞いてる?」
「っ! は、はい」
「そう。じゃあ、訳してみて」
思わずユリアの横顔に見とれてしまい、彼女の解説があまり耳に入ってなかったので、慌ててしまい、辞書を駆使して、何とか訳そうと試みる。
しかし、上の空になっていたことなど、ユリアはお見通しであり、
「駄目よ、人がせっかく解説してるんだから。聞いてなかったのなら、もう一度言うわ」
「すみません……」
「はーい、みんなちゃんとやってるー? そろそろ就寝時間になるから、まだ課題が終わってない人はちゃちゃっと片付けちゃってねえ」
ユリアが解き方を教えている最中に、すみれが自習室に入ってきて、パンパンと手を叩きながらそう言い、室内の生徒の様子をグルっと伺う。
「んーー、拓雄ー、ユリア先生にマンツーマン指導してもらってるのね」
「わからない所を教えているだけですよ」
「そう。親身に教えてるわねえ。流石です」
と、何処か嫌味を込めた言い方をしてすみれは言い、彼女の言葉を聞いて、少しムっとした表情をユリアは浮かべる。
「何かわからない所ない? あなた、数学に苦手だから、みっちり教えてあげるわよ」
「えっと、その……」
今は英語の課題をやっている最中だったので、そう言われても困ってしまい、すみれの担当教科である数学のテキストを取り出す。
普通に会話しているだけであったが、ユリアとすみれの二人に囲まれて、拓雄も他の生徒に不審に思われてないか冷や汗を掻いていたが、ユリアは溜息を付いて、
「何かあったら、聞きに来なさい。私、もう行くから」
「そう。ご苦労様、ユリア先生。さ、何でも聞きなさい」
と告げて、自習室を出てしまい、すみれも笑顔で手を振って見送る。
すみれもユリアに見とれていた拓雄の姿をこっそりとみており、彼女に明らかに嫉妬していたので、それに対抗するように、拓雄に密着指導していったのであった。
翌朝――
「ふわ……あ……」
起床時間になり、拓雄がトイレから出た後、外に出て、まだ暗い中、空を眺めていたユリアを見かける。
「先生、おはようございます」
「ん? おはよう」
「何してるんですか?」
「別に。朝焼けを見ていただけよ。ここの眺めは良いわね。寒いけど、空気も澄んでて綺麗だわ」
外に出て、ユリアに挨拶し、空を見ると、幻想的な朝焼けの光景が目に飛び込んでくる。
「綺麗ですね」
「そうね。拓雄も変わったわね」
「え?」
「ちゃんと、自分から挨拶するようになったじゃない。入学の頃は、もっとオドオドしていたわよ」
「そ、そうですか?」
「ええ。ま、それが普通なんだけどね」
そう言えば、春、拓雄が入学して間もない頃は、キチンと挨拶しろとユリアに叱られたことが何度かあったのを思い出していた。
あの頃は、美人だけど怖い先生だと思っていたが、今は非常に親密になっており、ユリアとも普通に話せるようになっていた。
「クリスマス。楽しかったわよ」
「え? あ、はい」
「くす。ほら、そんな格好だと風邪ひくわ。早く戻って支度なさい。朝自習の時間始まるわよ」
とポンと肩を叩いて、拓雄に告げた後、ユリアも中に戻っていく。
ユリアに褒められて、何だか無性にこそばゆい気分になってしまい、拓雄も寒空の中、とても胸が熱くなってしまったのであった。




