第七十二話 ユリア先生とのつつましいクリスマスデート
「それで、今日はどうしたいの?」
「えっ! そ、その……い、一緒に映画をと思って……」
「くす、良いのよ、別に。そんなに肩肘張らなくても。チケット取ってくれただけでも嬉しいわ。一緒に過ごすって約束でしょう」
「でも……」
ユリアに優しく諭され、拓雄も逆に畏まってしまう。
彼女が喜びそうな所がどうしても思いつかず、取り敢えず映画のチケットを二枚取り、ユリアを誘って一緒に行こうとしたが、安直すぎるかと不安だったものの、優しく宥めてくれて安堵する。
ユリアとしても、拓雄が自分を選んでくれたのは嬉しかったのか、浮かれた気分を隠しきる事が出来ずにいたのであった。
「じゃあ、早速、行きましょうか」
「は、はい」
二人で家を出て、ユリアと拓雄のクリスマスデートが始まる。
だが、ユリアは教師の為、当然の事ながら、顔を隠さないといけなかったので、サングラスと帽子を被っており、拓雄も素顔が見れないのが不満ではあった。
「あの、顔は僕が隠すので、ユリア先生は……」
「駄目よ。二人とも隠しておかないと、言い訳が難しくなるわ。私が教師だってことはあくまでも忘れないで頂戴」
「はい、すみません……」
どうしてもユリアの顔が拝みたかったので、拓雄もせめてサングラスは外してほしかったが、ユリアは拓雄の為も思い、頑なに外そうとはせず、拓雄も無理強いは出来ないと諦めた。
(でも、やっぱり綺麗だな、ユリア先生……)
顔を隠しても、スタイルが良いため、歩いているだけでも絵になるくらい、美しく見えてしまい、本当に彼女がクリスマスの晩を一緒に過ごしてくれるのだと思うと、夢でも見ているような気分になっていった。
だが、夢ではないので、余計にしっかりしないとと、気負ってしまい、拓雄も緊張が増すばかりであった。
「着いたわよ。このシネコンで良いのね?」
「はい」
チケットを取ったシネコンにようやく着き、二人で館内に入って、席に着く。
今日観る映画は、恋愛映画で、拓雄自身はあまり興味はなかったが、デートにはうってつけだと思い、実際、館内はカップルばかりで満席であった。
「あの、ユリア先生って映画は……」
「ネット配信でたまに観るくらいね。あなたは?」
「あ、はい。僕も同じです」
「そう。中々、映画館にまで行って観る機会はないわよね」
「そうですね……」
言われてみれば、拓雄もこういう機会でなければ、映画を観に行く機会など滅多にないと思い、本当にこれで良かったのかと自問してしまう。
しかし、もう館内に入ってしまい、あまりジロジロユリアを見つめるのも、彼女に失礼だと思い、拓雄も映画をじっと見つめる。
だが、やはりあまり彼が見ても面白い物ではなく、眠くなってしまい、段々と辛くなっていった。
「拓雄君」
「は、はい」
「これで、何か飲み物でも買ってきて。ホットコーヒーが良いわ。あなたは、何か好きな飲み物でもお菓子でも買ってきなさい」
「す、すみません」
拓雄が寝そうになったのに気付いたのか、ユリアが千円札を一枚彼に手渡し、買い物に行くように頼む。
ちょうど良かったと思い、拓雄もすぐに外に出て、自販機へと向かっていった。
「はあ……失敗しちゃったかな」
折角、映画を見て、ユリアと良い雰囲気になろうと思ったのに、結局、自分自身があまり映画に楽しめなくなってしまい、自分の子供っぽさを恨めしく思ってしまった。
この先、ユリアを楽しめるのかと不安になってしまい、拓雄も項垂れながら、コーヒーと自分が飲むコーラを買い、館内へと戻っていったのであった。
「どうぞ」
「ありがとう。無理しないで、つまらないなら、寝ちゃっても良いのよ」
「そ、そんな訳には……」
コーヒーを手渡してすぐ、ユリアがスクリーンを見つめながらそう言い、拓雄も寝そうになってしまった事がバレていたのかと動揺してしまったが、
「良いのよ、こういうのは雰囲気を楽しめればいいんだから。周りのカップルも映画そっちのけで、イチャついてるのばっかりじゃない」
「い、いえ……寝たりはしないので」
ユリアは淡々とした口調で、あっさりと言ってのけるが、確かに周囲の座席を見渡すと、カップル達が手を握ったり、体を触ったりして、映画にあまり集中しないで、二人の時間を堪能している者が多かった。
「あと三十分だから、頑張りなさい」
「はい」
ユリアは彼の手を握りながらそう言い、スクリーンを魅入る。
途中、キスシーンなどがあり、拓雄も恥ずかしくなったが、終盤からはだいぶ面白くなってきたので、最後は彼でもこの映画を楽しむ事は出来たのであった。
「最後はハッピーエンドで良かったわね」
「はい。あの、先生……」
「何?」
二人で映画を出た後、拓雄は恐る恐るユリアに、
「面白かったでしょうか……?」
「まあ、面白かったわよ。あなたは?」
「は、はい。良かったと思います」
「拓雄君が誘ったんでしょう」
「で、ですよね、はは……あの、これからどうします?」
「そうね。駅前の広場にある、ツリーが見たいわ。あそこのイルミネーション好きなのよね」
「わかりました」
ユリアと共に、今度は駅前の広場に行き、そこに飾られているクリスマスツリーのイルミネーションを観に行くことにする。
何だかリードされっぱなしで、拓雄も情けなかったが、ユリアの方も拓雄にはかなり気を遣っており、淡々としながらも、彼が楽しめているのか不安になっていたのであった。
「うわあ、綺麗ですね」
「そうね」
駅前の広場にあったツリーのイルミネーションはとても煌びやかで、拓雄でも圧倒されてしまい、しばし二人で魅入る。
前にも見たことはあったのだが、その時はこんなにマジマジと見たりはしなかったので、拓雄ももうちょっとよく見ておけばよかったと後悔していた。
「さあ、次行きましょうか」
「え? もうですか?」
「そうよ。いつまでもここに居てもしょうがないわ。写真も撮ったしね。お腹空いたでしょうから、一緒に何か食べる?」
「え、えっと……」
「大丈夫よ、私が奢るから。生徒に出させるわけにはいかないわ」
「いや、それは流石に……」
こちらが誘っておいて、ユリアに奢らせるのは悪いと思いつつも、ユリアの方も生徒にお金を出させたくはなかったので、そこは譲ろうとしなかった。
「いいから、来なさい。命令よ」
「はい」
ユリアに言われて、近くの喫茶店に向かい、そこで軽食を摂ることにする。
「この席なら、誰にも見られないかしらね」
二人はスミにある、席に座り、そこで帽子を取って向かい合って座る。
窓際からは完全に見えない位置にあるので、万一、誰かが通りかかっても、ここならバレないと思ったが、店内に学校関係者がいる可能性があるので油断は出来なかった。
「あなた、クリスマスは家族と過ごさなくて良いの?」
「夜は過ごすつもりなので……」
「なら、その時間は大切になさい。クリスマスは本来、家族で祝う物よ。私達は、家族の関係じゃないでしょう」
「で、ですよね」
家族の関係じゃないというユリアの言葉を聞いて、拓雄もグサっと来る。
実際、結婚している訳ではないので、ユリアとは家族などと言える関係ではないのだが、それでもハッキリ言われると悲しくなってしまい、否定すると、それは実質プロポーズを意味するので、とても口には出せなかった。
「肩ひじ張らないの。今日は楽しかったわ。もっと、あなたは自分に自信を持たないと駄目」
「は……はい」
そう釘を刺したユリアであったが、その口調も普段の教師の時の態度まんまであったので、拓雄は逆に畏まってしまう。
その後、注文した軽食とコーヒーを二人で食べながら、時間は過ぎていったのであった。




