第七十一話 教え子の精一敗の選択
「ほら、食べてー。このフライドチキン、先生のお手製なの♪」
「い、いただきます……」
早速、部屋に連れ込まれた拓雄は彩子の隣に座らされ、手作りの料理を次々と食べさせられる。
テーブルには、クリスマスのパーティーで出るようなフライドチキンやポテト、ケーキなどが並べられ、今日は何か特別な祝い事でもあったかと首を傾げていたが、
「んで、誰とクリスマス、過ごしたいの? とっとと決めなさいよ、拓雄」
「そ、そんなことを言われても……僕は、やっぱり皆で……」
「あんたもしつこいわねえ。先生たちが二人で過ごしたいって言ってるのに、その気持ちを無碍にするつもり? 男の風上にもおけないわ」
「んもう、すみれ先生、言いすぎですよ。良いのよ、拓雄君、気にしないで。先生は、拓雄君の気持ちを最優先に考えてあげるからねー。ちゅっ♡」
「はうう……」
きついことをすみれに言われてしょげていた拓雄に彩子が抱き着いて、彼の頬にキスをし、拓雄も顔を真っ赤にして俯く。
「ふん、そうやって、点数稼ぎしようって魂胆ね。ほら、拓雄~~……先生が、ウーロン茶飲ませてあげるわよ。ありがたく飲みなさい。ん……んんっ!」
「んぐうっ!!」
彩子にキスをされて顔を真っ赤にしていた拓雄の隣にすみれが座り、ウーロン茶を一口、口に含んだ後、拓雄に口移しで強引に飲ませる。
「んっ、ちゅっ……んっ、はあっ! くす、どう? 美味しいでしょう」
「うう……」
「もう、何て事するんですか、すみれ先生!」
「なんて事も何も、口移しで飲ませたのよ、悪い?」
「悪いですよ! ああ、私が先にやろうとしたのにい」
「したければすれば良いじゃない、真中先生も。今更、遠慮するような間柄でもないでしょう」
「そうですけど、先にやりたかったんです!」
先を越されたことがよほど悔しかったのか、彩子は顔を真っ赤にして、拓雄をまた引き寄せて、腕をがっしりと組む。
もはや、日常茶飯事となってしまったこんな光景だが、これでは結論を出さないと、帰してくれそうにないと拓雄も困ってしまい、めまいがしてしまう程であった。
「あの、ユリア先生は……」
「ああ? 私という彼女がいながら、他の女のことを聞くんじゃないわよ。てか、やっぱりユリア先生、本命なわけー?」
「ああん、そんなあ……そりゃ、ユリアちゃん、綺麗だけど、先生の方が、愛嬌あるわよね、ね?」
「そ、そういう訳では……」
ユリアの事を切り出したのは、彼女がいないと、二人を止めてくれる人がいないため、遣りたい放題の状況にどうにか歯止めをかけたかったのであった。
「あーあ、やっぱり、男子は美人が好きなわけ。つまんないわねえ。拓雄はもっと中身を重視してくれると思ったのに」
「そんなことは……」
「ないって言うの。ふん、まあ、今日は私らと過ごしてもらうわよ。それとも、先生とクリスマスデートするってここで決める? どっちかさっさと決めなさい」
「そうよ、拓雄君、ちょっと引っ張りすぎだわ。そりゃー、三人の中から決められないのはわかるけど、先生としてはどっちか決めてほしいなあ」
「う……」
すみれだけでなく、彩子も痺れを切らしたのか、教え子の拓雄の腕をがっしりとしがみつき、拓雄も更に追い込まれる。
二人が好意をぶつけてくれるのは嬉しかったが、ここで決めるのはとても出来ず、かと言って、三人と過ごしたいという言い分も聞いてくれそうになかったので、とうとう拓雄も覚悟を決め、
「あの……どうしても、一人決めないと駄目ですか?」
「最初からそう言ってるんだけど」
「それじゃ……僕はユリア先生と……」
消え入りそうな声で、ボソっと呟き、しばし気まずい沈黙が流れる。
本音では三人とクリスマスを過ごせれば、一番無難だと思ったが、拓雄も遂に覚悟を決め、ユリアへの想いを彼なりに口にしたのであった。
「ふーーん、へえ、ほお……そっか、やっぱりそうかあ。先生という彼女がいるのに、この浮気者」
「ええーーん、そうよ。先生じゃ、どうしても駄目? 今からでも考え直して」
「あの、それは……」
ある程度、想定はしていたものの、彩子もすみれも落胆の気持ちは隠せず、それを紛らわせるように、彼の腕を引っ張って、考え直すよう迫る。
しかし、もう拓雄も覚悟は決めていた。
「僕の気持ち、まだよくわからないんですけど、クリスマス、どうしても先生たちの中で選ばないといけないなら、ユリア先生が良いかなって……」
「へえ、あんたにしては随分とハッキリ言うじゃない。褒めてやるわ。じゃあ、さっそく、先生が伝えてあげるわよ」
「え? あ、ちょっと!」
そう言うと、すみれはスマホを取り出して、ラインを起動させ、
『拓雄、ユリア先生とクリスマスデートしたいってー』
と、簡単にメッセージを送ってしまう。
「これでよしっと。お、既読マーク付いたわ。後で拓雄に連絡するって。よかったわねー、オッケーよ」
「はううう……」
ユリアへの誘いをすみれがあっさりとやってしまい、拓雄も困った顔をして、すみれを睨むが、すみれもため息を付いて、
「あんたに気を遣ってやったのよ。ふふん、まあ、頑張りなさい」
「うう……セ、先生にもまだチャンスあるわよね。ね? そうよ、一線を越えなければ、まだチャンスあるわ。いえ、不倫とか浮気も……」
「アハハ、拓雄にそんな度胸ないって。ま、そういう事だから。そうだ、ユリア先生に記念に送ってやろうかしら」
「くす、そうね」
「え? あ、あの……」
彩子とすみれが両脇から拓雄の腕に絡みつき、すみれがスマホのレンズを自分たちに向けながら、
「「ちゅっ♡」」
と、拓雄の頬に同時にキスをし、シャッターを送る。
「あら、上手く撮れなかったわね。んじゃ、もう一度」
「そうよ。なんなら、禁断のラブラブディープキスの写真も撮ってやろうかしら」
「ちょっ、ちょっと……」
一方的にそう言った後、二人がまた拓雄の頬にキスをし、その写真をスマホで撮る。
そして、ユリアに送り付け、その日は過ぎていったのであった。
そして当日――
「よし……」
拓雄は大きく深呼吸した後、覚悟を決めたように、ユリアの家に行き、インターホンを押す。
「あら、本当に来たんだ」
「ど、どうも。えっと、ユリア先生……」
「取り敢えず、寒いから入ったら」
「あ、お邪魔します」
呼び鈴が鳴ると、ユリアもいつもと同じような淡々とした表情でドアを開けて、拓雄を部屋に招き入れる。
本当にユリアとクリスマスイブを二人で過ごすことになってしまい、拓雄も緊張して、胸が破裂しそうになっていった。
「どうぞ」
「い、いただきます」
ユリアが拓雄にお茶を出し、拓雄も畏まった顔をしていただく。
「彩子先生とすみれ先生とのデート楽しんでいたみたいね」
「そ、それは!」
ユリアがすみれから送られた、二人に拓雄がキスされてる写真をスマホで見せ、拓雄も動揺するが、
「良いわよ、いつもの事だし。選んでくれてありがとう、嬉しいわ」
「は、はい……」
特に怒ってる様子もなく、拓雄も安堵の息をもらす
二人と思い出深いクリスマスイブになれるか、拓雄も心配しながら、ユリアとの一日が始まったのであった。




