第七話:魔王は三分。では勇者は?
睨み合いながら、少しずつ間合いを詰めていくスルガとオルシー。こんな事をしている場合ではない。もうすぐバーサク勇者がやって来る。
「いやぁ、困ったな。こうなったオルシーは誰にも止められないんだよ、はっはっは。」
爽やかに笑うデルフィ。反応を見るによくある事のようだが、笑い事ではない。
「あんたが原因なんだから、どうにかしてくれ。」
「無理だな。オルシーは私より強い。喧嘩をした事は無いが、恐らく勝てないだろう。」
いや、力ずくではなくもっと簡単に止められそうな気がする。デルフィならば。
「多分あんたの一声で止まるぞ。」
「今のオルシーには戦う相手しか見えていないよ。」
「間に割って入るとか、強引に。」
「あそこにか?自殺行為だよ。」
俺もそう思う。入った瞬間、即死だろう。だがデルフィだけは別だ。オルシーは多分、デルフィを溺愛している。ちょっとディスっただけで、本人そっちのけで悪鬼羅刹の如きあの変貌ぶりは、クレイジーサイコレズ以外の何者でもない。それならば、デルフィの言う事なら何でも聞く可能性が高い。まあクレイジーサイコレズにも色々なタイプがあるから、本人の意思を曲解して更に暴走するタイプとかだともうどうにもならないが。とにかくさっさと二人を止めて、対策を考えねば。一度、森に逃げよう。ここにいなければ魔王認定は回避できる。そうすれば時間はいくらでも―――
「ゴアアァァァッ!!!」
何処からともなく獣のような雄叫びが聞こえた。
「何だ、新手のモンスターか?」
「来たな、勇者。」
え、今の勇者なの?
巨大モンスターの咆哮の類にしか聞こえなかった。声のした方に目をやると、遠くに人影のようなものが見える。街道の真ん中を、ゆらゆらと歩いてこちらに来ているようだ。ここからでも分かるくらい、全身から禍々しいオーラみたいなのが漏れ出ている。どう見ても勇者って感じではない。
「あいつが一番魔王っぽいぞ。ヤバいだろあれ。」
「いやぁ凄いな。実は私も初めて見るんだ。今まで契約を破った者はいなかったからね。こうなる事を前もって説明して、了承した上で契約して勇者になるのだから、普通は破らない。私が言うのもなんだが、奴はかなりのバカだ。」
それにしたってバーサクにも程がある。目とか赤く光っちゃってるし。もう完全にダメなやつじゃん。人の心とかもう取り戻せない感じじゃん。
「あれ、元には戻せないの?」
「魔王を倒せば戻る。」
「既に倒されてる時は?」
無言で爽やかな笑顔をこちらに向けるデルフィ。その『お察しください』って顔はやめろ、何だか悲しくなってくる。勇者以外の奴が魔王を倒す事など、そもそも想定されていない。初ケースにして、早々にレアな不具合が発生している。奴を放置すれば、奴が魔王に代わって世界を滅ぼすだろう。どうにかして倒すしかない。睨み合ってる戦闘要員二人を止め―――
スッ…ズシャッ!!
オルシーが跳び出しスルガが避ける。始まってしまった。スルガがいた場所の岩が妙な形に抉れている。
「逃げ足だけは速いようだな。」
オルシーがいつの間にか持っていた石を指で砕く。岩はオルシーの指が通った形のまま削れていた。
「オルシーは指の力で何でも千切ってしまうんだ。」
花○薫とかシコ○スキーと同類ですね。
「オルシーの【ピンチブースト】は凄いぞ、何でもつまみ取ってしまう。」
「硬い岩だろうがお構いなしか。」
「気を付けろ。アレは掠るだけなら切り傷で済むが、直撃したらあの岩と同じになる。あと絶対に掴まれるな。一度掴んだら【ホールドブースト】で絶対に離さない。オルシーの気分次第ではそのまま【クラッシュブースト】で…。」
デルフィが手のひらをこちらに見せ、ぎゅっと握る。
グロいのはダメよ!!俺らそういうんじゃないから!!
「鬼ごっこは得意っスけど、厄介っスね。下手に攻撃したら『大治郎』が引き千切られるっス。」
「刀より身体の心配をしなさい。」
「そっちは先輩にお願いするっス。」
「いくらでも心配してやるからグロだけは勘弁な。」
それを聞いた瞬間、スルガの目の色が変わった。何だか少し、やる気が増している気がする。
「次は外さない。」
「あっしも次で決めるっス。」
刀を握り直すスルガ。何か企んでいるようだ。
「これなら『浅右衛門』を持って来ればよかったっス。」
「削ぐ!!」
オルシーが跳び出す。さっきよりも速く右手が降って来る。ぎりぎりの所を、身体を回転させながら避けるスルガ。そのまま前に跳び出しオルシーの背後を取る。握っている刀はいつの間にか反転して、峰打ちの状態になっている。回転する勢いのままに、オルシーのうなじに刀を振り下ろしにかかる。
しかし―――
「ガアアアァァァッ!!!」
邪魔が入った。
勇者がすぐそこまで来てしまっていた。
そのままの状態で停止するスルガとオルシー。スルガの刀はオルシーの首筋のすぐ手前で止まり、オルシーの左手はスルガの腹部のすぐ手前で止まっている。二人とも、睨み合ったまま動かない。
「あぶねー。ってか勇者来ちゃったよ。間に合わなかったよどうしよう。」
混戦必至。三つ巴。ここからどうするんだこいつら。
少しの間。
奇妙な静寂。
耐えかねた勇者が動いた。
「グアアアァァァッ!!!」
二人に突進する勇者。
殴りかかろうとした次の瞬間、勇者はそのままの姿勢で二人を通過した。
「「ガアガアうるせぇ!!邪魔すんな!!!」」
シュレッダーと化した二人の間を抜けた勇者は、ばらばらになって崩れ落ちた。グロはダメだって言ったのに…。
勇者、三秒で散る。
こっちはあだ名すら付けてもらえなかったな…。
一呼吸置いて、刀を収めるスルガ。
「興が削がれたっス。」
オルシーも少し冷静さを取り戻したようで、スルガから離れて大人しくしている。鬼の形相はそのままだが。
「オルシー、もうやめるんだ。私は別に怒ってないから。」
デルフィはオルシーを正面から優しく抱きしめた。鬼の形相が瞬く間に乙女の顔に変わる。
「デルフィちゃんがそう言うなら……。」
二人はいちゃいちゃし始めた。やれやれ。
「あっしにもあれやってくれてもいいんスよ?」
「やりません。」
「ちぇー。」
何はともあれ、これで問題は片付いた。大分寄り道した気がしないでもないが、結果オーライだ。いちゃいちゃ女神に手続きをしてもらって、城を造れば終わりだ。やっと帰れる。
そういえば、この二人が来た辺りからステイ達の姿を見ていない。何処行った?
辺りを見渡してみると、皆平然と作業を続けている。割とヤバめにどたばたしていたが、もう慣れてしまったか。まあ物事に動じないのは良い事だ。これから魔王と勇者になるわけだからな。さっさと手続きをしてもらおう。
「ハイ、全員集合。」
スライム達も皆集める。
「じゃ、ステイが魔王でサムが勇者な。よろしく。」
「分かった。それでは始めよう。」
デルフィが何処からともなく紙とペンを出現させる。
「では確認の上、ここにサインを。」
「急に胡散臭くなったな。」
何かの詐欺とかじゃないだろうな。
「勇者の方は今回限定で少し変更がある。よく読んでからサインしてくれ。」
「そういえば勇者には問題があったな。」
このままではサムもバーサク勇者になってしまう。
「そこが変更点だ。今回はあの契約は除外してある。表向きは不具合の修正が必要なため、という事でな。」
「それは助かる。」
魔王が自由に暴れて世界が滅びるのを防ぐための対策だから、魔王と勇者がズブズブの関係である今回は必要ないという判断だろう。二人がサインし終え、今までの騒動が嘘のように何事も無く手続きは完了した。
「これで魔王になったのか?なんか実感ねーな。」
「身体に違和感や外見上の変化は無いが、二人とも規格外の力を得ている筈だ。戦闘スタイルに合った特殊スキルも覚えているだろうから、色々試してみるといい。」
「そうなのか、どれどれ。」
ステイはクラウチングスタートの姿勢になり、軽く踏み出す。
そして、ステイは消えた。
数秒後、爆音と共に山も消えた。
更に数秒後、ステイが戻ってきた。
「すげーぞこれ!ちょー気持ちいー!!」
「何したんですか今。」
「ちょっと試しに山殴ってみた。」
「殴っただけであれですか、凄いですね。」
凄いですねって、お前も同じ力与えられたんだぞサム。
山がただの小高い丘になってしまった。サ○ヤ人じみてきたなこいつら。何にせよ、無事に魔王と勇者になれたようで何よりだ。
「よーし。じゃ、城もサクッと造っちまおうぜ。」
「ああ、城ならこちらで用意するよ。」
何それデルフィさん太っ腹。
「というか、さっきの書類に書いてあったろう。ちゃんと読まなかったのか?」
あー、ステイさんそういう細かいの読まないタイプなんですわ。
「まあいい。で、通常だとこちらで全て決めてそこに住んでもらうのだが、今回は色々と迷惑をかけたからな。君らの希望で用意しよう。」
デルフィさんやっぱり太っ腹。
「マジかよ、ありがてーなそれは。じゃ、設計図あるからそれで頼むわ。」
「分かった。場所はどうする?」
「そうだな…。」
ステイは少し考えると、にやりとして跳んだ。
「たった今、良い場所を造ったばっかだ。」
小高い丘に着地して、こちらに振り返る。
「おい!野郎共!よく聞け!!」
数万の仲間達が全員、ステイを見上げる。
魔王というより、兵を束ねる将のようだ。
皆を確認した後、ステイは高らかに宣言した。
「ここを魔王城とする!!」