第六話:魔王は二人もいらない
まだ城の基礎も造ってないのに問題だらけだ。
気付けばそこらじゅうで爆発が起き、目の前には謎のアンデッド。
「斬っていいっスか?」
「襲ってきたらいいぞ。」
十中八九襲ってくるだろうけどな。
這っていた筈のアンデッドは気付くと立ち上がっており、ゆらゆらと近付いて………来ない。その場で首を回し、手首を振り、軽く飛び跳ねてから、肩をおさえて腕をぐるぐる回している。アンデッドらしからぬ動き。まるで準備運動でもしているかのようだ。暫くするとアンデッドはボクサーのようなステップを踏み始め、流れるような動作でスルガに左ジャブを放ってきた。
「斬るっス。」
上体だけで避けたスルガが愛刀を抜いた。
アンデッドはその場でデンプシーロールを始めた。
「そりゃ悪手っス。骸骨。」
ネ○ロ会長のような一言と共に、アンデッドの動きに合わせ刀を縦に振り下ろす。
「相手の懐に入ってからやらないとダメっスよ、それは。」
言い終わると同時にアンデッドは真っ二つになった。
「スルガさんかっこいー。惚れるわー。」
「じゃ、両想いっスね。」
抑揚なくさらりと爆弾発言したね。聞かなかった事にしよう。
当のスルガはアンデッドを刻み続けている。
「そんなに斬る事に飢えていたのか。」
「このタイプは緩い攻撃だけだと復活するっス。赤と緑の髭面兄弟から学んだっス。復活出来ないレベルまで粉砕しないと。」
カ○ンねー。確かに骨キャラにありがちではあるけど。ただ今回の場合、中の人がいない事を考えるとネクロマンサー的な奴がどっかで操ってる可能性が高い。
「スルガ、カ○ンを切り刻んでも多分ダメだ。カ○ックを探せ。」
「うぃーかんぷらーい。」
「地雷にも気を付けろよ。」
「大丈夫っス。踏んでも爆風より速く避ければいいだけっス。」
川を走って渡る烈○王もビックリだよ。
気付けば辺り一面、動く骨だらけだ。
「何だかよく分からねーが、売られた喧嘩は買うぜ。スライムなめんな!!」
この世界の歴史には残らない、モンスター同士の戦争が始まってしまった。奇しくも埋まっているであろう遺体の数と、こっちのスライムの数はほぼ同数と思われる。戦力は互角…ではなかった。そりゃそうだ。物理攻撃無効のスライムを倒す攻撃手段を、ただの骨の塊が持ち合わせている訳も無く。唯一、物理攻撃可能なスルガには攻撃が当たらない。展開は一方的だった。あっという間にスライムがアンデッドを蹂躙してしまった。
「ま、こんなもんよ。」
「所詮ザコの集まりっス。」
魔王軍(予定)強いわー。味方で良かったー。
「それよりカ○ックがいないっス。これだけの数を何処で操ってたんスかね?」
その時だった。粉砕した骨が一ヶ所に集まり始めた。塊はどんどん大きくなり、やがて一体の巨大な骸骨を形成した。
「多分あれだな、カ○ック。」
「すげー、がしゃどくろっス。やっとファンタジー感出てきたっスね。」
そうだね、君のその一言のせいで和風になっちゃったけどね。
「しかし困ったっス。あれじゃ、生け捕りにしないと。」
「何でまた。」
「だってがしゃどくろっスよ?中身は美少女に決まってるじゃないっスか。」
がしゃどくろの中身が全員カ○タちゃんだと思っているのか。多分こいつは違うと思うぞ。
「貴様ら、よくも我が僕達を蹴散らしてくれたな。」
襲いかかってくるのかと思ったら、野太い声で喋り始めた。スルガに精神的ダメージ。
「可愛く…ない……カ○タちゃん…じゃ……ない……斬るっス。」
そんな事はお構いなしに喋り続けるがしゃどくろさん。
「だが無駄な事だ。貴様らに余を倒す事は叶わぬ。児戯に等しい自らの力を呪い、我が力の前に平伏すがいい。まずは―――」
ゴシャアッ!!!
「ぐふぉっ!!」
いつの間にかがしゃどくろさんの腕を駆け上がっていたステイが、顎に一発入れた。
「殴って…いいんだよな?」
「当たり前っス。」
スルガちゃんはご機嫌斜めだ。がしゃどくろさんには悪いが、自分が美少女じゃなかった事を呪ってくれ。
「クニヨシが再生する前に破壊するっス。」
がしゃどくろさんにあだ名が付いた。
「余を愚弄するか。赦さぬ。」
「お前如きがその一人称を使うな。自分の事を『余』と言って良いのは貧乏旗本の三男坊だけっス。」
スルガは一睨すると、もう一振の刀を抜いた。
「『大治郎』だけだと再生速度に負けそうなので、『小兵衛』も使って畳み掛けるっス。」
砕かれたクニヨシの顎はもう再生しつつあった。恐らく何処かにコアがあって、そいつを破壊しなきゃいけない系のモンスターなのだろう。しかし、そんな事は最早関係無い。こいつらもそれはとうに察していて、その上でコア諸共、粉微塵にしてしまう気なのだ。
「ステイさんはそのまま顔面お願いするっス。あっしは下から達磨落としするんで。」
「おうよ、任せな!!」
再生する顔を何度も破壊するステイと、再生速度を超える速さで下から削っていくスルガ。達磨落としというよりも、大根おろしって感じだ。他のスライム達もあらゆる所を攻撃しているが、こちらはあまりダメージを与えられていない。どうやら骨と一緒に城壁の残骸も一緒に取り込み、強度を増しているようだ。
半分くらい削った所でクニヨシの様子が変わった。明らかに慌てている。
「馬鹿な…有り得ぬ!この地に降り立ってすぐにこの様な…何なのだ貴様ら!!」
「冥土の土産に教えてやる。俺はこれから魔王になるモンだ。」
「何…だと…?」
「いやー、一度ガチで言ってみたかったんだよー『冥土の土産』。テンション上がるわー。」
その時、スルガが何かを見つけた。
「あーこれっスね、コア。ど真ん中に配置するとか、芸が無いっスよ。考えて配置しないと。右側のビットとか。」
「一体何が起きている!!有り得ぬ!!魔王はこのわた…」
パキッ……パァン!!!
全て言い終わる前にコアは破壊され、クニヨシは絶命した。
「このわた……魔王ってナマコだったんスか?」
「質感は似てるかもしんねーけど、スライムを酒のつまみにする奴なんかいねーだろ。」
何だか意味深な断末魔の叫びだ。
「もしかして…『魔王はこの私』って言おうとしたんじゃないか?」
「えー?今まで『余』って言ってた奴が急に『私』なんて言うっスかね?」
「死に際にスルガの気迫に怖気付いて、空気読んだとか。」
「そこまで怖くないっスよ、あっしは。」
自覚無しかー。
何はともあれ、これで作業を再開出来る。さっさと築城せねば。
「さて、素材集めを再開しよう。クニヨシはどっかに片付けといてくれ。骨に城壁取り込んでるみたいだから何かに使えるかもしれないが、今の所邪魔だ。そろそろフォーカが戻ってくるかもしれんし、ちょっと急ごう。」
「みーなーさーん!!」
噂をすれば影。フォーカが森の方から走ってきた。
「お疲れ。首尾はどうだ?」
「それが大変なんです!!魔王が…魔王が…!!」
「落ち着け。とりあえず息を整えろ。」
何度か深呼吸するフォーカ。
「で、魔王がどうしたって?」
「魔王がもう決まっちゃってたんです!!」
あっ、何か物凄く嫌な予感がする。
「しかももうこっちに送っちゃったとかで…もう何処かで暴れ回ってるかもしれないんですよ!!」
「その魔王、どんな奴?」
「姿はよく分からないんですが…アンデッドを使役するのが得意で、自らも巨大な骸骨に擬態する事が多いそうです。」
「こいつっスか?」
クニヨシの頭をがしがし蹴るスルガ。
「ふぇ?」
呆気に取られるフォーカ。
「確かにちょっと面倒だったっスけど、『魔王』って程は強くなかったっスよ。」
「魔王倒したんですか!?」
ああ、やっちまった。
「よく倒せましたね。攻撃しても再生速度が速過ぎてダメージが与えられないと聞いていたんですが…。」
そうなのだ。確かにステイも一方的に攻撃していたが、再生速度は上回れなかった。スルガがこの世ならざる速度で切り刻んで倒した。外部の者が魔王を倒してしまった。始末書で済めばいいが…。『外交問題』の四文字が脳裏をよぎる。
「とにかく上司に報告しないと。すみません、ちょっとまた帰ります。」
フォーカが後ろを向いたとほぼ同時に、フォーカの前に放電が起きる。バチバチと音を立てながら二つの球体が形成される。
「まさか…ちょっと待って!!」
フォーカが何故か青ざめている。すぐに二つの球体は弾け、二人の女性が現れた。童顔のフォーカと違い、二人とも整った顔立ち。背もフォーカより少し高いか。銀髪に近いプラチナブロンドの髪を片方はサイドテールに、もう片方はハーフアップにしている。
そして、二人とも全裸であった。
「きゃああああ!!」
慌てて二人のアカン部分を隠すフォーカ。
対して隠されている二人は仁王立ちのままだ。
「やっぱ普通のアーノルド式転移っスね。こいつぁ不便だ。」
フォーカは離れた場所に転移して、こっちで何らかの方法で服を手に入れていた。だがこの二人は服なぞどうでもいいとばかりに、直接目的地に転移してきた。
「二人とも服を着てください!!」
「そんな事よりフォーカちゃん!魔王がソッコー死んでるんだけど!!」
「凄いよ!最短記録だよ!!」
「説明します!!ちゃんと説明しますから!!服を!!服を着てください!!」
騒がしくなりそうだなこりゃ。
「こちら、私の上司のデルフィとオルシーです。」
サイドテールの方がデルフィ、ハーフアップの方がオルシー。二人ともサムの仲間が持っていた白い布を巻き付けて服の代わりにしている。
「何か映画の最初に出てくるロゴの女みたいっスね。」
よく自由の女神と間違えられるあれな。髪の色と髪型が違うが、確かにそれっぽい。
「フォーカも落ち着いたし、話を聞こうか。レコードホルダー。」
デルフィが胡座でその場に腰を下ろした。その格好で胡座は危険だと思うのだが、気にする様子は無い。フォーカがまたそわそわしている。
「俺ら何か記録持ってたか?」
「魔王討伐の最短記録とかじゃないっスか?」
「あー、そういや生まれたばっかみたいな事言ってたもんな。クニヨシ。」
「生後間も無く骨粉にされるとか、残念な魔王っスね。クニヨシ。」
骨粉にした張本人がまるで他人事のように宣う。
「そのクニヨシってのは何だい?」
「あだ名っス。なんかクニヨシって感じの見た目だったので。でも、個人的にはクニヨシは猫の方が好きっス。」
あの絵、がしゃどくろじゃないんだよなぁ。真っ先に思い浮かぶのはあの絵だけど。
「で、その魔王クニヨシを有無を言わさず倒してしまったわけか。」
魔王クニヨシって呼ぶと何か勇者ヨ○ヒコっぽいな、語感が。
「有無を言わさず喧嘩売ってきたのはあいつっス。邪魔だし、すげー偉そうだったのでちょっと刻んでやっただけっス。」
「なるほどな、こいつは仕方ないか。場所とタイミングが悪かった。こっちの伝達ミスもあったしな。オルシーはどう思う?」
後ろでニコニコと佇んでいるオルシーに振る。
「いいんじゃない?ちょっと強いモンスターを倒したって事で。当事者以外誰にも見られていないのだから、無かった事にしてしまいましょう。」
いいのかそれで。いや、こちらとしては凄く助かるんだけれども。神々にあるまじき隠蔽体質が見え隠れしているような気がする。かわいそうなクニヨシ。来世は恵まれてるといいな。
「まあそういう事だ。なんか不幸なすれ違いはあったが、何も無かったという事で頼みたい。残りの問題が片付き次第、希望通り君達を魔王と勇者にしたいと思う。」
魔王討伐のお咎めが無いというだけで十分ありがたい。彼女らにも色々と都合があるのだろう。そもそも俺とスルガがこちらに派遣される程のイレギュラーが起きているというこの状況自体が、向こうさんにとっては好ましくないに違いない。出来るだけ早く、俺達にはお引き取り願いたい筈だ。何だか汚い政治家同士のやり取りをしているようで気が進まないが、別に俺達は悪い事してないし、始末書は書きたくないのでこの流れに乗っかってしまおう。
「残りの問題とは?」
「実はな………勇者がもうすぐここに来る。」
「は?」
おかしい。聞いてた話と違う。
「魔王が軽く暴れてから用意する筈では?」
「それなんだけどな……大災害をきっかけとした一連のごたごたのせいであらゆるもののバランスが崩れていてな。今、暴れられると世界がヤバイ。」
「だからすぐにぶつけようと?」
「そんな感じ。」
「来ても話せば済むのでは?」
勇者様なんだし、事情を説明すれば戦わずに収められそうなもんだが。
「それは無理だな。勇者はここに魔王がいる事を知っている。そして魔王を倒せるのは勇者だけだという事を知っている。ついでにこの場所は危険地帯で、人間が立ち入る事はほぼ無いという事も知っている。」
「『ここにいる奴=魔王と愉快な仲間達』となる、と。」
「そういう事だ。」
魔王同様、有無を言わさず攻撃してくるのか。
「どうやって止めるんだ?」
「殺るしかない。」
「世界を救うつもりでやってくる人間を殺すのか。」
流石にそれはちょっと。神々の都合で振り回し過ぎでは…。
「それに関しては安心していい。奴はもうバーサク状態になっていて、魔王を倒す事しか頭に無い。」
勇者、制御効かなくなってるのかよ。
「どうしてそんな事に。」
「魔王より先に勇者を用意すると、役目を果たさなくなるって話は聞いてるな。その対策を講じた結果だ。勇者はこの地に降り立つ前に、魔王を倒す契約を結ぶ。如何に勇者の素質があろうとも、この契約なくして勇者にはなれない。」
「契約を破ると自分の意思に関係無く『魔王絶対殺すマン』になるのか。」
「奴はこちらに来て早々に、面倒という理由で魔王を倒す気が無い意思を明確に示してしまった。」
勇者の選考基準に『性格』も入れた方がいいな。
「そもそも何でそんな不安定な時に魔王出現させちゃったんスか?落ち着くまで出現を遅らせればよかったんじゃね?」
「………。」
黙ってしまった。
人が思っていても、何となく空気を読んで決して口に出さないような事でも容赦無くバッサリ。スルガさんは毎度、言葉の方も切れ味抜群だね。
「ほ…ほら、魔王の出現周期が決まってるんだよきっと。な?そうだろ?」
「特に決まってませんね。状況を判断してお二人が時期を決めて、私に指示を出しています。」
フォーカ、お前もか。二人に何か恨みでもあるのか。……ありそうだな。苦労させられていそうだし。その時、黙って俯いてしまっていたデルフィが口を開いた。
「君、頭良いな!!」
ぽんこつだぁぁぁっ!!!
こいつぁ紛うこと無きぽんこつ上司だぁ!!!
「いやー、言われてみればその通りだ。全く思い付かなかったよ。」
ぽんこつだけどさわやかー。皆に好かれるタイプのぽんこつだー。
「先輩、こいつバカっスよ。」
「スルガちゃんはちょっと黙ってて。」
刹那、前方から凄まじい殺気が漂ってくる。勇者か!?
「今、デルフィちゃんの事バカって言った?」
違った。殺気はデルフィのすぐ後ろから放たれていた。どうやら禁忌に触れたらしい。これはまずい。
「今、デルフィさん本人が認めました。バカっス。」
切れ味鋭いスルガちゃんは、火に油を注ぐのもだーいすき!今もオルシーさんにガソリンをぶちまけた所だよ!
「バカとは違うのよ?ちょっとドジっ子なだけなの。」
声が震えている。臨界点が近い。
「そのドジで世界を滅ぼしかけてるとか、世界レベルのバカっス。」
僅かばかりの静寂。
終わったな、これ。
「調子に乗るなよ糞餓鬼。圧し折るぞ。」
オルシーさん…いや、オルシー様がおキレあそばされた。
「ちょうどよかったっス。元々ここには神をシバくつもりで来たんス。」
やる気満々のスルガちゃん。まさかわざと怒らせたんじゃないだろうな?
「得物諸共、引き千切ってくれる。」
仕事が増えるよ!やったね!
もうどうにでもなーれ。