第四話:枠に収まらない者達
「先輩、スライムっス。出番っスよ。」
「戦闘じゃねーよ!!」
目の前には一匹のスライム。
「あ゛?やんのかコラ。」
半透明の青いのが反復横跳びしている。人間だったらシャドーボクシングでもしていそうな感じだ。随分と血の気の多いお方で。
「ステイさん!丁度良い所に!!」
「おう。なんかモメてそうだったから様子を見に来たぜ。」
こいつが会話スキル持ちのスライムか。
「ステイだ、よろしくな。一応、成り行きでこいつらの頭みたいなもんをやらせてもらってる。」
スライムなのに物理攻撃特化型な雰囲気を醸し出している。
何だろう……ステゴロ感が凄い。
「話は大体聞かせてもらった。とりあえず魔王とか勇者とかどうでもいいからよ、人間が行けない場所とか教えてくんねーかな。」
そこに引きこもるつもりなのか?
口調に似合わず、随分と弱気な発言だ。何か…違和感がある。
「これだけの数集まっちゃいるが、所詮はザコスライムだ。人間に見つかりゃ、あっという間に狩られて終わりだ。それだけは避けたい。」
「ザコ?何を言ってるんもむっ!!」
慌ててスルガの口をおさえた。そういう事か。
こいつら、自分を【タイプD】と勘違いしている。確かに見た目はそちらに近い。実際には【タイプS】なのだが、アメーバ感も無いしSANチェックが必要になりそうな外見ではない。この誤解、使えるかもしれない。
ぺろっ。
「はうっ!!」
不意にスルガが俺の手のひらを舐めた。
「苦しいっス、先輩。」
「な、な、な、何するのよ!ビックリしたじゃない!!」
思わずオネエ口調になってしまった。まだ背筋がゾクゾクしている。
「女の子がそんな簡単に男の手を舐めてはいけません!!もっと自分を大事になさい!!」
「大丈夫っス。先輩にしかしないので。」
それはそれでどうなの……。
「そこはお前、普通『ガブッ!』からの『ペッ!ペッ!』の流れだろう。」
「他の人ならそうするっス。というか、目の前に手が来た瞬間に斬り落とすっス。」
無事で良かった俺の手。思わず手首をさすってしまった。
何やら妙なフラグが立っているような気がしないでもないが、スルガとフォーカが余計な事を言う前に話を進めてしまおう。
「ステイに確認したい事がある。さっき『頭みたいなもん』と言ったな。スライム同士でのコミュニケーションは可能なのか?」
「ヨユーだぜ。仕組みは分からねーが、なんかテレパシー的なヤツでピピッとな。」
「あんたは頭として、皆からどれくらい信頼されてる?」
これが大事だ。再びばらけてしまったら、それこそ各個撃破されて終わりだ。
「付き合いがそこまで長いわけじゃねーが…いくつもの危険を、助け合って乗り越えてきたんだ。団結力は高いと思うぜ。だが頭としては、どうだろうな。俺が頭やってるのは、たまたま俺だけ会話スキルがあって、俺だけ人間に擬態出来るからってだけなんだ。」
ほほう、人間に擬態とな。
「そんなスキルも持ってるのか。便利だな。」
「そうでもねーよ。どんな姿にでもなれるわけじゃねーからな。前世の姿を再現出来るだけだ。」
「試しに擬態してみてくれるか?」
「おう、いいぜ。ちょっと待ってな。」
少しばかりの静寂の後、半透明の青が変形し人の形を成していく。ものの数秒で、長身の美女が完成した。大したもんだ。何処からどう見ても人間そのものだ。それにこんな美女、そうそうお目にかかれるものじゃない。
ん?美女?
「「「「お前、女やったんかい!!!」」」」
声が揃った。こちら四人の団結力も高まったな!
っていうか、サムも知らんかったんかい。
「いやー、なんか勝手にリーゼントの男で脳内変換してたっス。」
同じく。
「なんだよ!なんか文句あんのか!!」
「いえ、御座いません。全てこちらが悪いです。」
しかし…なるほど。これなら問題無さそうだ。喧嘩っ早いが情に厚く、頼れる存在。おまけにスタイルの良い長身美女。まさに姉御って感じだ。解決策が見えてきたかもしれない。根本的な解決にはならないが、とりあえずすぐには殺し合わずに済む妥協案。
「サムよ、しばらく撤収は無しだ。」
「何か思い付いたんですか!?」
丸く収まるかどうかは、この二人次第だ。
「ステイ、あんたは魔王になれ。」
「はぁ!!?」
驚愕するステイとサム。
「勇者で出来るんだから魔王でも可能だろ?」
生存者の魔王化。
「出来ますけど、そうなると勇者とのパワーバランスが…。」
「勇者も生存者から出せばいい。」
弱い魔王に弱い勇者。しかし常人にとってはどちらも『めっちゃ強い存在』。おまけに生存者に歴代の魔王と勇者の強さを知る者など存在しない。強さの違いなど分かろう筈もない。
「では勇者の選定をしなければ。」
「何を寝ぼけた事を言っているんだ、フォーカ。適任者がここにいるだろ。」
事情を知ってる奴が勇者をやった方が良いに決まっている。
皆の視線がサムに集まる。
「え、まさか…。」
「お前が勇者になるんだよ!!」
「えええええ!!」
困惑するサム。だがこれが現状のベストだ。
「待ってくれ、ザコスライムが魔王とかダメだろ。」
「それな、お前らザコじゃねーから。」
「何だって!?」
困惑するステイ。ざっくりとこの世界のスライムについて小声で説明してやった。
「この事は他のスライム連中は知らん。魔王業をやるにあたって、その辺は上手くやれよ。」
「お、おう…。」
自分がザコでない事を知れば、暴走する奴が出てくるかもしれない。知らせても構わないが、その判断はステイに委ねる。
「ひとつ問題があります。」
「何かね、フォーカ君。」
「魔王に出来るのは一人だけです。スライム全員を一個体として魔王にする事は不可能です。」
何だ、そんな事か。それはむしろ好都合だ。
「ならステイが魔王。スライムどもは魔王直属部隊で良いだろ。」
スライムの中でステイだけ強くなってくれれば、他のスライム達を御し易くなる。
「あとはお前ら次第だ。一切戦っていないのに、全力で殺し合っているように偽装しろ。この世界に生存する全ての者を騙せ。騙し続けろ。」
「なんか先輩がオ○リンに見えてきたっス。」
「気のせいだ助手よ。」
魔王と勇者が現れては、その度に大きな戦争になるというこの世界のシステムそのものに喧嘩を売る事も出来るが、そこまでやってしまうと本当に何が起こるか分からない。神であるフォーカでも対応出来ない可能性が高い。多分こいつは神でも下っ端の方だろう。何となく、彼女からは俺達と同じ下っ端臭がする。
「何か今、物凄く失礼な事考えてません?」
「ソンナコトナイヨ。」
ともあれ大筋は決まった。あとは舞台を整えるだけだ。
「それでは私は一旦帰ります。魔王・勇者に関しては、選出業務は私に一任されていますが、最終決定は私の上司がしていますので。異世界転生者から選出するのは初めての事なので、詳細説明も必要ですし。」
「分かった。じゃ、俺達はその間……どうしよう。魔王城でも造っとく?」
「良いっスね!!」
「気が早いですね。でも何だか、あなた方ならどうにかしてしまいそうな気がしてきました。ではまた後程。」
フォーカは何やらバチバチと放電しつつ謎の球体に包まれたかと思うと、地面を少しばかり抉って消えた。なんだろう、転移の仕方が世界観と合っていない。しかしまあ開拓世界にはよくある事だ。創造世界ではまずありえない。そんな要素があったら即、不具合案件だ。
「今の転移、アーノルド式っスよね?向こうで全裸じゃないっスか?あれ。」
「服着たまま行ったし、この世界では大丈夫なんじゃないか?同じ世界を行き来するだけでいちいち全裸とか、不便過ぎるだろ。」
「それもそうっスね。」
そういえば来る時ちょっと遅かったような………うん、気のせいだな。
そういう事にしておこう。
さて、ここからは蛇足だ。ぶっちゃけ俺達の仕事は終わった。軽い助言程度で殆ど何もしていないような気もするが、他人様の世界であれこれ動き回るのも良くない。が、まだ暫定だ。フォーカが上司から決定のハンコを貰ってくるのを待たねばならない。それまでは多少動いても良いだろう。出張先で、ご当地の美味いもんを食ってくるようなものだ。気にしない気にしない。
魔王城のひとつやふたつ、建造しても問題無い。
………多分。