第二話:厄介なお仕事
「ミッションの概要を説明するよー。」
締まりの無い声でジュゼが言う。
「今日はそのノリでやるんスか、ジュゼっぺ。」
「『っぺ』はやめて。」
緊張感ゼロ。だが騙されてはいけない。出張先が平穏だった事など一度も無いのだ。今回もクソ面倒な仕事に違いない。
「今回の世界は【W-4454】。パッと見は普通の剣と魔法のファンタジー的な所だね。」
「W?【開拓世界】なんスか?珍しい。」
異世界には二種類ある。開拓班が発見した【開拓世界】と、創造班が創った【創造世界】。普段は創造世界に駆り出されて、不具合の対応をさせられる事が多い。開拓世界は元から存在する異世界であり、そこの神…というか、管理者?っぽい存在と提携して転生させてもらっているだけなので、こちらが動かなければならないような事は基本的に起こらない…筈なのだが。
「三日前、現地の転生者から『スライムが多過ぎてヤバイ。』との連絡があったの。」
「殲滅すればよくね?」
即答かよ。だがまあその通りだ。どれだけ多かろうがそんなもの、狩って終わりだ。何がそんなにヤバイのか。そんな疑問を一瞬で吹き飛ばす一言が、ジュゼの口から春風の如き爽やかさで放たれた。
「全部こちらからの転生者だったんだー。」
「………。」
厄介過ぎる。
「殲滅すればよくね?」
ブレないねスルガさん。キミあれだね。長年可愛がって育てた牛を、躊躇い無くステーキにできるタイプだ。
「諸事情によりそれはダメ。仮にOKだとしても、この世界のスライムはちと厄介だよ。」
「所詮ザコっしょ。」
そうとも限らない。開拓世界をナメてはいけない。
「世界にはいろんなスライムがいる。スルガがザコと言っているのは【タイプD】だな。」
「先輩、物知りっスねぇ。で、ここのは何なんスか?」
「【タイプS】だねー。」
「めっさ強そう。」
「ああ、違うぞスルガ。DとかSってのは強さのランクじゃない。Dはドラ○エのDだ。」
「なるほど、どちらにしろザコっスね。じゃSは?」
「ショ○スのSだ。」
「勝ち目無いっスね。」
基本、物理攻撃は効かない。そんなスライムがうようよしている世界とか、正直行きたくない。しかもそれが全部転生者とか、地獄絵図かよ。
「どうしてそんな事に…。」
「分かっている事を時系列で説明するね。」
十年前、この世界に大きな災害が起きた。一万メートル超の山を背に建造された要塞都市が滅んだ。原因は無計画な地下資源の採掘だった。山の内部構造が不安定になる程の資源のおかげで、要塞都市はますます強固な防備を得たが、ちょっとした地震がきっかけで山体崩壊が起こり、全て飲み込まれた。不幸にもこの世界で最高レベルの技術で建造された城壁に挟まれる形で、逃げる間もなく住民は全滅した。当初、自然災害とされたこの大災害は、高度な技術を持ちながら眼前の宝に目が眩み十分な調査と対策を怠った事による人災に等しく、後の人々に教訓を残す負の遺産として語り継がれた。
一方、死んだ住民達。一握りの支配階級と、多くの疲弊し切った鉱夫などの庶民で構成された彼らは、殆どが同世界での転生を断固拒否。提携しているこちらに異世界転生を果たした。
そこで困ったのが、この世界の転生者を管理する神っぽい人達だ。急に世界から数万人もの人間が転生せず消失し、いろんなモノのバランスが崩れ始めた。異世界転生して行ったのだからそっちから転生者を募れば良い。そう考え募集をしたが、この世界は『お手軽にファンタジー世界を楽しむ』には些か難易度が高く、思うように集まらなかった。そこで考え出されたのが―――
「【モンスター割】キャンペーンだぁ!!」
「スマホ感覚か!!!」
ジュゼの謎のドヤ顔にイラっとして思わずツッコんでしまった。
「なんスかそれ。」
「転生先を人間でなくモンスターにする代わりに、ポイント優遇が受けられるキャンペーン…だってさ。」
「認められるのか?そんな事が。」
認められたから行われたのだろう。
なんか不安になってきた、このポイントシステム。
死後残ったポイントを使い、亡者自ら転生先を選ぶポイントシステム。数多ある異世界から転生先を選び、欲しいスキルや転生方法等を選び、転生する。付加したい要素が良いもの程、ポイント消費が激しい。例えば、異世界転生ライフを楽しむ上での絶対条件とも言える【記憶引き継ぎ】。これにはかなりのポイントが必要になる。多くの転生者が【記憶引き継ぎ】で通常の異世界転生をするか、現在の記憶を捨てて転生先で有利になるスキルや身分・容姿等にポイントを使うか選ぶ事となる。良い奴のまま死んだ人間は良い条件で転生できる。上手いシステムを考えたもんだ。
と、今までは思っていたが、妙な事始めやがって…。
「面倒事が増えそうだねぇ。」
「その第一号がコレかね、ジュゼっぺ。」
「だから『っぺ』はやめてよぅ…。」
転生先にあえて悪い条件を選ぶ事で、通常より少ないポイント消費で良い要素を付加できるというこのキャンペーンは大当たり。消えた数万人が『数万匹』として補充された。
「それでみんなスライムを選んだって事っスか?」
「スライムが一番コスパ良かったみたいだねー。」
コスパって……。
自分の行動が全て数値化される事を嫌がっていた時代の人の気持ちが、少し分かった気がする。
それはそうと。
「スライムが選ばれた理由は、恐らくそれだけじゃない。」
「ほほう、何スか先輩。」
「史上最強のスライムと謳われる『あのお方』に憧れたんだろう。」
「【タイプS】の上がいたんスね。」
「古き異世界転生者で【タイプR】と呼ばれる存在だ。」
「なんとなく凄い速そうっスね。『R』は何の略なんスか?」
「その名を口に出す事は禁じられている。」
「ヴォル○モートか。」
「昔は【タイプL】とか【タイプT】なんて呼び方もあったみたいだが、異世界課が創設されるより遥か昔の事故転生者だからな…謎が多いんだ。」
転生部を経由せずに直接異世界に飛ばされてしまう事を、事故転生と呼んでいる。
「なんかワクワクするっスね、そういうの。」
「だろ?で、みんながR氏に憧れてワクワクした結果が、コレだ。」
「現実は非情っス。」
「で?このワクワクさん達をどうすればいいんだ?」
「殲滅すればよくね?」
粘るねスルガさん。
「新しいスライムが補充されるだけなのでダメだよー。」
「じゃ、神ってのシバいてから殲滅すればよくね?」
一応、向こうのお偉いさんなんだよなぁ…。気持ちは分かるが。
「その神にも話聞いてきて。事と次第によっちゃ、シバいてもいいよー。」
瞬間、スルガの目がきらりと光る。
「その神に物理攻撃は?」
「一定の威力を超えれば効くよー。」
「じゃ、あっしは神やるんで先輩はスライムお願いするっス。」
異世界ひとつ滅ぼす気か。
「とりあえず、連絡してきた転生者に会って現場を確認してみて。で、丸く収めて。」
内容がざっくりし過ぎている。あと、丸く収めたいなら人選を間違えている。隣でどの愛刀を装備していくか思案している武闘派をチラ見しながら、軽い溜め息をつく。どうかその刀が血に染まりませんように。
こうして俺達は、重い足取りと軽い足取りで現場に向かった。