第十二話:イケメン勇者エミールの優雅なスローライフ
光が晴れると、辺り一面森が広がっていた。どれくらいの距離を移動したのかは分からない。森が何処まで続いているかも分からない。隠れるには打って付けだ。転移してすぐにエミールとご対面とはいかないだろうと思っていたが、これはまた暫く徒歩移動か。
「えー、また歩きっスかー?疲れたー、おんぶー。」
「我が儘言わないの。」
フィジカルモンスターのスルガがこの程度で疲れる筈が無い。こいつはただ俺に引っ付きたいだけだ。
「そこまで歩きませんから大丈夫ですよ。」
そう言って歩き始めたチカネに付いて行く。人が全く立ち入らない所なのだろう。全く舗装されていない、道とも呼べぬ道を分け入って行く。
「そういえば、あーちゃんさん。あの弾を止めた能力はどういったものなのですか?」
ふと、チカネが疑問を投げかけてきた。
「あれは、見ての通りだ。銃を弾詰まりさせる能力。それ以上でもそれ以下でも無い。」
俺の唯一の特殊能力。名前は特に付けていない。まさかここで使う事になるとは思っていなかった。
「そっち系の世界だったら、対面最強なんスけどねぇ。」
無防備な相手を一方的に攻撃出来る。使い方は簡単。『止まれ』と思いながら見るだけ。対象は銃でも射手でも良い。銃に使った場合は、暫くその銃が撃てなくなる。射手に使った場合は、そいつがどんなに銃を変えようが全て詰まる。リボルバーだろうが水鉄砲だろうがお構い無し。あとは、近距離限定で範囲使用が出来る。俺から半径二十メートル以内の銃を、全て詰まらせる事が出来る。こちらは対象を見る必要は無い。ただし効果時間が短い。もって数秒といった所か。
「この能力のせいで、一時期職場で変なあだ名を付けられていたんだ。」
「変なあだ名?」
「ああ、今はあまり呼ばれなくなったがな。正直、嫌だった。それが…」
「『ジャムおじ』っス。」
「………。」
絶句するミズキ。
「『おじ』は酷くないか『おじ』は。そんなに歳食って見えるか?せめて『ジャムニキ』にして欲しかった。」
「ホントっスよ!皆、先輩の事をナメ過ぎっス!あだ名だろうと、先輩に対しては敬意を払って呼んでもらいたいっス!!」
スルガにしては珍しく良い事を言う。スルガよ…お前、面倒臭い奴ではあるけど良い奴なんだよな。
「だから次、このあだ名で呼ぶ奴がいたら言ってやるっス。『さんをつけろよデコ助野郎!!』って。」
「絶対にやめてください。」
前言撤回。この野郎、ある意味今までで一番危ない発言をしたぞ。完全に悪い方の意味で『放っとけない奴』である。ミズキもちょっと顔が強張っている。唯一、何も分からないで頭に『?』を浮かべながら先頭を進んでいたチカネが口を開いた。
「間も無く着きますよ。ここが私達の住処です。」
そこには森の中とは思えぬ程、広大な農場があった。畑には色んな種類の野菜が栽培され、大人しい魔物と思われる生物がのんびりと草を食み、穏やかな日の光も相まって長閑な雰囲気を醸し出している。隠居生活…意外に楽しんでいるかもしれんな、エミール。ちらほらと、農作業に勤しむ作業員の姿が見える。多分、作業員じゃなくて勇者パーティのメンバーだろうな。
「確認出来るだけで五人。見た所、全員女っス。全員勇者の嫁候補っスよ。」
スルガが俺に耳打ちしてくる。エミール、イケメン主人公タイプ確定か。苦手なんだよなぁ、そういうの。眩しくてこっちが灰になっちゃうから。これは、気を引き締めねばなるまい。
「こちらで少々お待ちください。」
チカネは農場の入口近くにある小さな建物に俺達を案内した。この小ささは、トイレじゃないか?少なくとも人が生活出来るサイズの建物ではない。扉を開けるチカネ。そこには、洋式の便器が鎮座している。やはりトイレだ。扉を閉める。もう一度扉を開閉し、ドアノブを左右にガチャガチャ回していると、奥からカチッという音が聞こえてきた。最後に、建物の横に立って思い切り一蹴り。
「ふいー。ささっ、どうぞ。」
扉を開けると、地下へと続く階段が出現していた。
「エミールに会いに行く度に、これやってるのか?」
「ええ。蹴る時の力加減が一番難しいんですよ。パーティメンバー全員、すぐに習得しましたけどね。エミール様に一日以上会えないと皆、精神がもたないので。」
ま、そうでしょうね。とは言わないでおく。エミールを敵に回したらここから生きては帰れない、という事は良く分かった。
「私は少し用事を済ませてから行きますので、先に行っていてください。」
「じゃ、行こうか。」
ミズキを先頭に、階段を下りて行く。三階層分くらい下りると、扉があった。ミズキがノックして、声をかける。
「エミール、入るぞ。」
「ミズキか、どうぞ。」
中から声が返ってくる。いよいよご対面だな。扉を開け、ミズキ、スルガの順で中に入る。
「今日のご用件は何かな…むむ?」
「今日はまず紹介したい人が…。」
「い、異世界人が…一度に二人も!?」
何やら驚いている様子のエミール。
「いやいや、君達は運が良い。今日は特別でね。もう一人来てるんだ。」
「スルガさん、ホント『素晴らしきおじさん』好きな。」
「そうでもないっス。最推しは『衝撃のおじさん』っス。」
その割には、何でも真っ二つにしそうな台詞をちょいちょい挟んでくる。
「ミズキも含めて三人も異世界人が…これは楽しくなりそうだ。」
銀縁の眼鏡をクイッとする切れ長のイケメン。こいつがエミールか。ミズキがエミールに俺達の事を説明し、その間にチカネが部屋に入って来た。
「それにしても、私が説明する前に二人が異世界人だとよく見抜いたな。」
「それはね、こいつのお陰さ。」
そう言って、眼鏡を指差すエミール。所作がいちいちイケメンだな。眩しい。
「今回の新アイテムはそれか。」
「ああ。開発自体はずっと前からしていたんだけど、それがようやく完成したんだ。」
「ほほう。どんなアイテムなんだ?」
「じゃ、それも説明しがてら『お話』をしようか。この世界の事について。君達はそれを聞きに来たんだろう?」
喋り方もイケメン。いかん、眩し過ぎて灰になってしまいそうだ。
「立ち話もなんだ、適当に掛けてくれ。珈琲でも淹れよう。」
過剰なイケメン波に晒され、俺は灰になった。
淹れられた珈琲を口にする。……甘っ!!
「うまー。」
『珈琲はクソ甘党』のスルガの口には合ったようだ。一口飲んでほっこりしている。他の二人も普通に飲んでいる。ここではこれが普通なのか…。一息ついたエミールが話し始める。
「君達は、この世界については何処まで知ってる?」
「ミズキから基本的な事は粗方聞いた。魔王の事情も含めてな。」
「オーケー。では僕が調査していた、この世界の魔力についての事から話そうか。」
激甘珈琲を優雅に飲みながら、エミールは続ける。
「君達は不思議に思った事は無いか?この世界では常識として語られている、魔力のある特性について。」
確かに違和感があった部分はある。が、全てが合理的に創られている訳では無い。矛盾だらけだったり、無駄の多い世界なんて幾らでもある。それで言ったら、この世界は今の所まだマシな部類だ。
「強いて言えば、『生命を殺さないと魔力が取り込めない』って所かな。随分と血生臭い世界だな、と。」
「そう、そこだ。僕もいまいち納得がいかなくてね。それが本当なら、ちょっとおかしな事になるから。」
「おかしな事?」
チカネだけ、不思議そうな顔をしている。
「例えば、父、母、子の三人家族がいて、父は狩猟を生業としているとする。ある日父が動物を狩って持ち帰り、家族でそれを食べた。この時、この動物が持っていた魔力はどうなると思う?」
「父親が全て得る筈です。」
「その通り。だがそれだと困る事が起きる。」
「母と子が魔力切れで死ぬっスね。」
「ああ、父に養われている母と子は何も殺していない。野菜等を栽培していて、それを収穫する事を『殺す』と捉える事も出来るが、それで得られる魔力など高が知れている。」
この世界の者は大人から子供まで全員、狩りで自給自足をしなければならなくなる。何ともバイオレンスな世界だ。
「だが実際はどうかというと、そんな事で死ぬ家族などおらず普通に生活している。」
「つまり、前提条件が間違いである可能性が高い、と。」
静かに頷くエミール。
「そこで、魔力の実際の動きが見てみたくなったんだ。」
「その眼鏡、魔力を可視化出来るのか?」
「ご名答。これを掛けて狩りを観察してみた。すると実際には、狩った瞬間に半分程の魔力が狩った者に取り込まれ、残りの半分は狩られた者の周囲に留まる事が分かった。留まった魔力は、食した際に取り込まれるようだ。」
「凄い発見じゃないですか、エミール様!」
むしろ今まで誰も疑問に思わなかったというのも…。生まれた時から刷り込まれた『当たり前』を疑うというのは、難しいものだな。
「この眼鏡で生きてる者を見ると、ほんのり魔力を纏っているのが分かる。」
「我々にはそれが無いのか。」
「ああ、三人とも怖いくらいクリアに見える。」
死んだ後でさえ魔力が半分残っているのだから、一切魔力を纏っていない俺達は相当異質に見える事だろう。
「気になる事が幾つかあってね、これを装備して魔王城まで行ってみようかと思っているんだ。」
「引きこもりのエミール様が外出!?」
「僕はね…好きで引きこもっているんじゃないんだよ、チカネ。」
「大変失礼しました。」
「むしろ、世界中を旅して色んなモノを調べて周りたい欲望を必死に抑えているんだよ…。」
安楽椅子探偵は本意ではないと。まあ確かにそんな性格っぽいな。
「そういえばチカネ、『フレーバー』はどうだった?」
「まともに撃てませんでした。」
「そうか、では上手く作れたみたいだな。」
「お陰でこっちは殺されかけたっス。」
「ん?撃てなかったのでは?」
「そ、それがですね…。」
チカネは自分がしでかした暴挙を説明した。
「あっはっはっはっは!チカネ…最高だよ君は!!はっはっは!」
爆笑するエミール。
「全く君は、何時も僕の予想の斜め上を行くね!んっふっふ!」
「笑い事じゃないっス。」
「いやー、すまない。それにしても…ふふ、そうか。全体重を乗せれば撃てるか。」
「どうしてあんなに重くしたんだ?」
「悪用防止にね、常人の力では撃てない様にしたんだ。撃ててしまったようだがね、ふふふ。」
やはりそうだったか。ツボに入ったらしいエミールはまだ笑いを堪えて震えている。
「あれで初弾当てたのは奇跡だよ。」
「ほう、当たったのか。」
「初弾だけは、綺麗に頭をぶち抜いてたっスね。」
「なるほど。」
顎に手を当てて少し考えるエミール。
「それは恐らく、最初だけ『正しく』撃てたんだろう。」
「『正しく』とは?」
「あれはね、ちゃんと撃てれば必ず標的に当たるように出来ているんだ。スコープを覗いて標的を捉え、引き金を引ければ、標的が動いていようが必ず当たる。」
「追尾機能あるのか、凄いな。」
「銃と使用者の魔力を繋いでいてね、スコープに映っているモノと使用者が狙っているモノが同一であれば、そいつを追尾して撃ち抜く。エイム・バイ・マジックと名付けた。」
初弾は、スコープは見ていなくても偶然標的が映っていた、という事か。
「凄い武器だったんですね、これ。」
チカネが実感無さげに言う。
「最初はね、弾を真っ直ぐ飛ばすのにも苦労したんだ。真っ直ぐ飛ばせる様になっても、標的との距離が遠ければ遠い程、何故か狙った場所から少し外れてしまう。ミズキ、この世界にもあの『妖精さん』は存在するみたいだよ。」
「妖精さん?」
「あ゛っ…。」
急に気まずそうな顔になったミズキから、何とも言えない声が漏れた。
「君達の世界には悪戯好きの妖精がいて、弾道をずらしてくるんだろう?名前は確か…『コリオリさん』だったかな?」
「ミズキさん?」
「ハハハ…。」
ミズキの視線が泳いでいる。どうやら、説明が面倒な事は全部『妖精さんの仕業』で片付けているようだ。確かに、『コリオリさん』の説明をするにはまず俺達の世界が平面じゃないという所から説明しないといけない。気持ちは分かるが、ちょっと雑過ぎやしないかミズキさん。
「それでね、何かもう面倒臭くなってしまってね。『コリオリさん』の影響が少ない距離でも、標的が動いていればその動きを予測して撃たなければならないし。ならいっそもう追尾させてしまえば良いと考えたんだ。」
「この世界では、そんなに簡単に追尾機能が付けられるのか。」
「とんでもない!そんな魔法見た事無いですよ!攻撃が必ず敵に当たるなんて、もう無敵じゃないですか!!」
この勇者も規格外だな。
「この銃、魔力が無い者が使っても追尾するのか?」
「それは無いな。真っ直ぐ飛んで行くだけだ。」
「あっしが撃った時も当たったっス。」
「それは単に君が上手いだけだよ。」
「まだまだ腕は鈍っちゃいないって事っスね。」
スルガが刀を使うようになったのは、今の職に就いてから。それ以前は主に銃器を使っていた。射撃の腕は、まあ悪くない。少なくとも俺よりは圧倒的に上手い。
「スルガ君は凄い握力の持ち主のようだが、人間なのかい?」
「一応、扱いとしては人間っス。」
「凄い能力を持っているんだね。」
「そうでもないっス。単純に物理極振りなだけなんで。先輩の特殊能力の方が凄いっスよ。」
「防衛専門だけどな。」
「異世界人というのは、皆何かしらの能力を持っているものなのかな?」
「いや、俺達が特殊なだけだ。」
「そうなのか。後から現れた異世界人が二人とも常人ならざる能力を持っているようだから、てっきりそっちが普通なのかと。」
まあ、そう思われても仕方ないな。
「では、そちらの世界の人もこちらと変わらないんだね、ミズキの方が普通なんだ。」
その瞬間、場の空気が硬直した。
ミズキはまた気まずそうな顔になり、スルガとチカネは『おまえは何を言っているんだ』という顔をしている。俺は…ミズキに対して何となく抱いていた違和感の正体に、近付いた様な気がしていた。この空気を作った張本人は、ミズキの表情で全てを察したようだった。
「エミール様。ミズキさんには、例の『薬を作る能力』があるじゃないですか。」
「ふむ、チカネにはまだ言っていなかったな。だがミズキ、肝心な事をこの二人にまだ伝えていないというのはどうかと思うよ。」
「すまない、伝えるタイミングが無かったんだ。クーエ様の前では当然言えないし、外では誰が聞いているか分からない。ここに着いてから話すしかなかったんだ。」
「まあ、それもそうか。」
チカネはまだ要領を得ないという顔をしている。
「じゃ、今言ってしまおう。良く聞いてくれ。」
エミールは一呼吸置いて、再び口を開く。
「ミズキに『薬を作る能力』なんてものは無い。ミズキは普通の人間だ。」
チカネは絶句していたが、顔は明らかに『な…なんだってー!!』と言っていた。




