第十話:苦悩する魔王
未開拓の異世界に飛んで早々、俺達は保護対象である事故転生者を発見……する筈だった。しかし、目の前にいるのはどう見ても……。
「魔王っスね。」
石造りの建物の室内。広い空間は薄暗く、禍々しい空気で満たされている。奥の方には玉座らしき豪華な椅子があり、この禍々しい空気の出所と思われる者が座っている。
「保護対象死んだかこれ。」
半径五キロ圏内の二つの生命体の片方が奴だとすると、殺されてしまった可能性が高い。これは面倒な事になったな。そう考えていると、魔王らしき者が口を開いた。
「ここで生きた人間を見るのは久しぶりだな。その服装を見るに、異世界転移者か?」
どうやら有無を言わさず戦闘とかにはならないらしい、今回は。賢明で助かる。
「その通りだ。予定外にこの世界に飛ばされてしまった人間を救出しに来た。」
「ほう、奇遇だな。実は私も飛ばされてここに来たんだ。と言っても、もう三年以上前の事だが。」
「また異世界人が魔王パターンっスか?」
なるほど、それで服装を見てすぐに異世界人と判断出来た訳だな。これはワンチャン生きてる可能性が出てきた。
「まあ一応魔王っぽい感じにはしているが、私は代理だ。で、その人間はいつこちらに飛ばされたんだ?」
「十八時間くらい前だ。」
「ふむ。私が飛ばされて以降、この辺には誰も飛んできていない。場所を間違えたのではないか?」
あの兄弟がミスを?未開拓エリアだから可能性は無くはないが…。
「ここから半径五キロ以内に、他に人はいないか?」
「有り得ないな。ここにいるのは私と魔王本人だけだし、ちょっと訳あって付近に生きてる者はいない。もし突然生きてる者が現れれば魔王が気付く。」
聞いていた転移予定地と条件は合うな。あの兄弟がミスをしたとは考えにくい。一体どういう事だ?
「その異世界人、名は何と言う?」
「ミズキだ。」
「また妖怪っスか?」
「漫画家じゃない。」
「じゃ『ゼェェェット!!』の人。」
「歌手でもない。そもそも名字じゃない。『ミズキ サトウ』という女性だ。」
転生すると新しい名前にする事が多いが、今回は事故転生だ。同じ名前で生活している可能性が高い。
「どっちも名字みたいっスね。」
「音だけで聞くとな。」
「危なかったっス。逆にどっちも下の名前みたいだったら、白いのと契約して魔法少女やらされる所だったっス。」
「急に訳の分からない世界にすっ飛ばされて路頭に迷うのと、どっちがマシだろうな。」
「どっちも嫌っス。」
そんなやり取りを静観していた魔王代理さんが、不意にスッと右手を挙げた。
「私だ。」
「は?」
「『ミズキ サトウ』は私だ。」
トレハン兄弟、良い仕事するじゃねぇか…。違う、そうじゃない。
「それはおかしいっス。ここに来て三年は経ってるんスよね?事故発生からまだ一日にも満たないっス。」
そうそれ。同姓同名の別人という可能性もある、とりあえず本人確認をしよう。確か貰った資料に写真があった筈だ。
「顔を確認させて貰っても良いかな?」
「ああ、構わない。」
魔王代理さんは立ち上がると、ゆっくりとこちらに近付いてくる。顔が確認出来る距離まで来て、暗黒面にどっぷりな感じのローブのフードをめくった。その顔は……
「写真と同じっスね。」
間違い無い、同一人物だ。
「となると、可能性は三つだ。彼女が転移する時に何やかんやあって三年前にすっ飛んだか、俺らが転移する時に何やかんやあって三年間気を失ってたか。」
「何やかんやって何スか?」
「何やかんやは……何やかんやです。」
「先輩、三十分ちょい位なら許されるかもっスけど、何やかんやで三年はきついっス。」
「そうだな、俺もそう思う。だから多分無い。十中八九、最後のヤツだろう。」
「最後の可能性は何スか?」
「時間経過の速度が違う。向こうの十八時間がこっちの三年。」
「え、それはそれでヤバくないっスか?」
確かにヤバいと言えばヤバい。六時間で一年。速度が違うにも程がある。しかしこっちでちょっともたもたしてても帰ったら数分しか経っていないのだから、さして問題にはならない。逆だとちょっと焦るが。
「ドラゴ◯ボールのあの部屋の四倍速っスよ?これは緊急事態っス!!」
「何をそんなに焦ってるんだ?」
「一年間こっちで働き続けても、帰ったら六時間労働っスよ!?給料どうなるんスか!!?」
「ああ、それな……。」
「あっしはおぜぜが貰えないなら働かないっスよ!!」
おぜぜて…。
「大丈夫、ちゃんと現地時間で貰える。今はな…。」
実はこの手の異世界は結構ある。ここまで速度差があるのは初めてだが。
「ちゃんと給料貰えるなら良いっス。ん?今は?」
「それ以上は聞いてくれるな、スルガさんや。」
「おぉぅ……。」
何かを察して黙るスルガ。そのうっすらと憐憫を湛えた穏やかな顔は止めてくれ、俺に効く。
「む?という事は……なるほど、アリっスね。」
今度は何か思い付いたとばかりにニヤリ。普段ジト目で、負の感情を抱いている時もあまり面には出さない。例外と言えば、可愛いモノを前にした時くらいか。そんなスルガには珍しく、今日はよく表情が変わる。こういう時は大抵、碌な事を考えていない。
「一週間くらい居ても問題無いっスね。」
「俺はさっさと帰りたい。」
「未開拓エリアでは何が起こるか分からないっス。事故って帰れなくなったら仕方ないっスよ。」
それはそうだが、未開拓エリアに長居はしたくない。
「それに七日もあれば先輩と銀婚式やっても三年お釣りがくるっス。」
「そっちの七日かよ!!つーか結婚前提かよ!!」
「当然っス。先輩には『遭難という極限状態の吊り橋効果で愛が芽生える』という体で生きてもらうっス。」
やはり碌な事を考えていなかった。トレハン兄弟ー!!はやくきてくれーっ!!!
「話は聞かせてもらった。」
黙って茶番を聞いていたサトウさんが口を開いた。一番の被害者きたー!!そうだ言ってやってくれ。迷惑千万だと。『事故ったから仕方ない』で二十八年追加なんて洒落にならんと。
「状況は大体理解した。私は大丈夫、どれだけかかっても構わないぞ。」
「そうだそうだ!そんなに待ってられるかー!!……ん?今、何と?」
「好きなだけ居てくれ。どちらにしろ私はまだここを離れるわけにはいかない。」
ああ、これは……厄介事の臭いがする。
「この三年で、私はこの世界の『事情』に深く関わり過ぎてしまった。少なくともそれが解決しなければ、ここを去る事は出来ない。」
「仕方ないっスね!ここは彼女に協力するっス!!」
それはそれは爽やかな笑顔で、スルガは言い放った。
長居する事がほぼ決定してしまった。立ち話もなんなので、応接間のような部屋に移動した俺達。
「とりあえずその『事情』とやらを話してくれ、サトウさん。」
「ミズキでいい。魔王も私の事はそう呼んでいる。」
まずは彼女が現在置かれている状況を知る必要がある。三年の間に一体何が起きたら、魔王の代理をやるような事態に陥るのか。半径五キロの謎の不毛地帯の事も気になる。俺はミズキの話を聞く事にした。
「そうだな、まずはこの世界の基本構造から説明しようか。」
それは助かる。調査の手間が省ける。
「この世界に生きるものは、全てが魔力を必要とする。生命エネルギーの役割を担っていると言えば良いか。人間や魔物に限らず、動物、植物に至るまで全てだ。」
「魔力が切れるとどうなる?」
「死ぬ。」
まあ、そりゃそうか。
「この世界の生命は、この魔力を食物連鎖のように循環させながら生きている。」
「この世界に魔法のようなものは存在するのか?」
「ある。魔物は生命維持に必要な魔力よりも多くの魔力を取り込める。それを使って魔法を発動させる事が出来る。人間の中にも稀にそういった者が存在する。それらを魔法使いと呼んでいる。」
なるほど。という事は、魔王はさぞかし大量の魔力を持っているのだろうな。
「この不毛地帯は、魔王の力によるものか?」
「ああ……まあ…そんなところだ。」
魔王の周辺が不毛、つまり魔力ゼロ地帯。魔王が何らかの方法で魔力を根こそぎ取り込んだと見るのが自然だ。ミズキの仲間とはいえ、ヤバイ奴かもしれない。少し警戒しておくか。
「では次に、魔王の役割について話そうか。」
「役割?勇者とボコり合うだけじゃないんスか?」
「それは魔王の役割の一環に過ぎない。さっき魔力を循環させると言ったな。魔王はその循環の一翼を担っているのだ。魔力は、生命を殺す事でしか取り込めない。そして殺すという行為において、人間はとても器用だ。」
「人間が増え過ぎた時に現れて一掃するんスね。」
「その通り。水も空気も、金銭ですら同じ場所に多く留まれば汚濁する。魔力も同様だ。汚濁した魔力は不純物を多く含み、あらゆる不具合を引き起こす。魔物だけが、魔力を浄化する事が出来る。魔物の長たる魔王が汚濁した魔力を取り込み、勇者が特殊スキルで倒す事で浄化された膨大な魔力が世界中に降り注ぐ。」
少し強引な気もするが…それで上手く回しているんだな、この世界は。
「何だ、魔王良い奴じゃないっスか。」
「しかし人間達はこのシステムを知らない。彼らからすれば大量虐殺と同義だ。」
「知った所で魔王を倒さなければならない事に変わりは無い、か。」
静かに頷くミズキ。
「縁あって、私はその魔王の手助けをしている。現魔王はある問題を抱えていて、その役割を果たせていないのだ。」
「ミズキ、誰か来ているのかい?」
扉を開けて入って来たのは、金髪碧眼の美少年。
「APPが人外レベルっス。『お人形さんみたい』とは、まさにこの事っスね。」
この不毛地帯最後の一人の登場。つまりこの少年が…。
「クーエ様!!」
ミズキの表情が華やぐ。
「ほほぅ、おねショタの香りがするっス。」
かけてもいない眼鏡をクイッとしている奴はほっといて話を進めよう。
「初めまして、現魔王のクーエといいます。僕の近くにいても生きているという事は、お二人はこの世界の者ではないようですね。」
「はい。私が元居た世界から、私を捜索しに来てくださった方々です。」
「なるほど、ではミズキとの別れの時が来てしまったのか。」
見るからにしょんぼりする魔王クーエ。
「帰りませんよ。クーエ様を一人にはしません。少なくともこの世界の問題が解決するまでは。」
「こちらは急がないんで、ごゆっくりどうぞっス。」
あまりゆっくりされても困るんだが。とはいえ、すぐに帰れる訳でもない。ここはスルガに合わせよう。
「無事生きている事が確認出来た時点で、目的の半分は達成されたようなものだしな。協力出来る事があるかは分からないが、その問題とやらを聞こうとしていた所だ。」
「この世界の仕組みと、魔王の役割については説明しました。あとはクーエ様についてだけです。」
「分かりました。ではお話ししましょう、僕の事を。」
クーエは落ち着きを取り戻した様子で、静かに話し始める。
「僕は生命維持に必要な量を超える魔力を保持出来ません。」
思った以上に大問題だった。それでは魔力の浄化役がほぼ居ないに等しい。
「魔王は通常、降臨の際に大量の人間の魔力を奪います。生まれながらの殺戮者という訳ですね。しかし先代の魔王はそれを良しとしませんでした。心優しき先代は、次代以降の魔王が人命を奪う事無く降臨出来るようにしたのです。世界の仕組みに関わる事柄のため、その改変には困難を極めました。その試みが成功した時には、協力者だった先代勇者の女性と共に泣いて喜んだそうです。」
「あー、それ勇者と書いて『嫁』と読むパターンっスね…。」
「そうかもしれません。先代が残した文献の殆どは、その女勇者との日々を綴ったものでした。」
なんだろう…ただの優しい魔王かと思ったら、途中から雲行きが怪しくなってきた。
「先代魔王達の思惑通り、僕は一人の命も奪う事無く降臨しました。しかしその改変は不完全なものだったようです。僕には大量の魔力を保持する能力が無く、魔力量だけで見れば普通の人間と変わらず魔法も使えません。当然、魔力を浄化する事など出来ません。」
「先代魔王は魔力浄化については何か考えていなかったのか?」
降臨の時に魔力を取らなかったとしても、何処かのタイミングで汚濁した魔力の回収は必要だ。結局、人間を殺さざるを得なくなる。これではただの問題の先送りだ。
「研究はしていたようですが、そちらは上手くいかなかったようです。」
「肝心の魔力浄化が上手くいっていないのに、見切り発車したのか。」
「今回のポン枠っスね。」
「否定はしません。正直、僕も先代の文献を調べながら少しイラッとしました。」
「いちゃこら日記大量に書いてる暇あったら研究しろって感じっス。」
腕を組んで深く頷くクーエ。
「クーエ様が抱える問題はそれだけではない。一般人と変わらない魔王が何故今まで誰にも襲われずに生きてきたのか、不思議ではないか?」
「確かに。」
「それについても説明しましょう。僕は魔王としては持っている魔力が極端に少なく、常に枯渇した状態です。そこで生命維持のためか、歴代の魔王には無かった特殊な能力が備わりました。僕は自分の意思に関係無く、周囲の魔力を根こそぎ奪い取ります。」
不毛地帯はそれが原因か。
「自分の意思に関係無くという事は、常時発動なのか?」
「ええ、そのため僕はミズキ以外の人間と会った事がありません。」
「あっしらはどうして生きていられるんスか?」
「これは予測だが、私達が異世界転移者だからではないかと思われる。この世界の理の外から来たため魔力を持たないし、必要としない。」
「ではこの世界にいる異世界転移者は、俺達とミズキだけという事か…いや、そうとも限らないな。」
「ああ、人間達に紛れている可能性もある。」
「人間側に居たらさっさと殺しに来ないっスか?」
「そいつはどうかな。魔王城の手前には得体の知れない視認出来ないデッドラインがあって、越えたら文字通り死ぬ。踏破を試みた者は悉く死んだが、理由がさっぱり分からない。さて、異世界転移者はわざわざ危険を冒して無害な魔王を殺しに来るだろうか?」
「バカでない事を祈るっス。」
「今の所は大丈夫なようです。ここに近付かなければ被害はありませんし、今までこちらから人間に何かした事もありません。降臨時の被害が皆無だった事もあり、完全に居ないものとして扱われているようです。」
「買い出しも兼ねて人間の街に調査に行く事があるが、中には魔王の存在を知らない者すら居るようだ。」
それも良いのか悪いのか、複雑な所だ。人間が増え過ぎている上に、彼等の共通の敵となるべき魔王が機能していない。至る所で戦争が起きている筈だ。
「人間側の様子が気になるな、勇者の所在とか。」
「各地で争いが絶えず、汚濁魔力が原因と思われる流行り病も発生して悲惨な状態だ。そして勇者は…行方不明だ。」
「こんな大事な時に行方晦ましてんスか?」
「考えあっての事だろう。流行り病は勇者ではどうにも出来ない。戦争だけなら勇者が強引に止めさせる事も可能だが、それをやってしまうと行き着く先は勇者の独裁だ。普段から『政治がわからぬ』と仲間に愚痴っていたそうだから、それだけは避けたかったのだろう。」
「その勇者、めっちゃ走ってそうっスね。」
「そこまで考え無しという訳でもない。自らの力が世界のパワーバランスを変えてしまう事を恐れたが故に、身を隠したようだからな。」
「ふむ、事情は大体分かった。解決すべき問題は二つだな。魔力浄化システムの正常化と、クーエの能力改善及び戦力強化。」
どれについても全く解決策が思い付かない。気長にやるしかなさそうだ。人類滅亡までに間に合えば御の字だな。さて、まずは何処から取り掛かるか。そんな事を考えていると、ミズキが口を開いた。
「クーエ様の戦力強化については、秘策がある。」
「そうなんです。実はミズキには、凄い能力があるんです。」
「ほう、どんな能力か気になるな。」
「僕は、ミズキの能力こそ世界のパワーバランスを変えてしまうと思っています。」
そんなヤバイ能力を持っているのか。
「事故転生のどさくさでチート能力を手に入れちゃった系っスか。」
「説明するより見せた方が早いな。丁度、新しいモノが完成した所でね。お披露目といこう。クーエ様、よろしいですか?」
「構わないよ。ここだと危険だから、移動しよう。」
何故か能力を見せるミズキが冷静で、見るだけのクーエがワクワクしている。
「そんなにド派手な能力なのか。」
「いや、この感じ…おねショタの香りっス。」
スルガを無視して、俺は二人に付いて行った。




