第九話:休日出勤
「本当に申し訳ない。」
「そう思っているなら、いちいちメタ○マンの博士に寄せて言うのをやめろ。」
本来なら今頃は家で二度寝をしている筈だったのに、何故か職場にいる。ここにいる全員、休日出勤だ。
「本来なら今頃は先輩の家に押しかけていちゃいちゃしている筈だったのに、何があったんスか?」
おや?俺の予定と違うぞ?この娘は何を言っているんだ。
「急に召集されて脳をやっちゃったかな?」
「それは否めないっス。仕事に支障をきたす恐れがあるので帰っていいっスか?」
「ダメに決まってるでしょ。」
「ちぇー。」
俺も帰りたい。絶対に昨日の帰り際に見たあれ関係だ。厄介事に決まっている。
「こうなったらさっさと終わらせて帰るぞ。一体何が起こっている?」
「えーとね、事故った。」
「昨日、そんな感じで騒いでたっスね。」
事故ってまさか事故転生か?この体制になってからは一度も起きていないと聞くが。
「急にいなくなっちゃったんだよ。で、調べたらもう異世界に飛んじゃってるっぽいんだよね。だから今、事故転生として原因を調査してるみたい。」
「事故転生ってアレっスよね。ここを経由しないで直接異世界行っちゃうヤツ。交通事故の勢いですっ飛んだり、通り魔に襲われた勢いですっ飛んだり、プロレスしてただけなのにすっ飛んだり、東京タワーで社会見学してただけなのにすっ飛んだり。」
だいたい合ってるが後半は転生ではなく転移だな。手続き上の違いはあまり無いから全部『事故転生』でまとめてしまっているが。
異世界課創設前はよくあったらしいが、今は監視が厳しくなっているのでうっかり異世界人から召喚されるなんて事も無くなった。
「で、何処の異世界にすっ飛んだんだ?」
「それがね、わからないんだー。」
「は?」
「正確に言うと、場所は分かってるの。ただ、そこがどんな場所か分からないの。」
「まさか…未開拓エリアか?」
「ぴんぽーん、大正解ー。」
大正解ーじゃねぇよ。まさか行けってんじゃないだろうな。未開拓エリアじゃ、帰り道が無い。下手すれば、向こうに着いた瞬間即死も有り得る。
「では開拓班の仕事だな。我々では力不足だ。というわけで帰る。」
「お供するっス。」
「待ってよぉー。その開拓班からの依頼なんだよー。」
依頼って、こんな窓際部署に何をさせようってんだ。
「そうそう。つれない事言わないで頼むぜ、お二人さん。」
突然現れたおっさん。口から放たれる軽いノリとは裏腹に、鋭い眼光は歴戦の猛者のそれであり、只者ではない雰囲気を醸し出している。
「ヴィンセント班長直々のお出ましっスか。」
開拓班のトップがこんな所で油売ってていいのか。
「文句の山ほどもあろうが人手も足りん。協力してくれ。」
「その台詞は出世出来ないフラグっスよ。」
「元より出世欲なんざ無ぇよ。現場の方が性に合ってる。」
ヴィンセント班長に直接頼まれては断れん。仕方ない。
「大して役に立ちませんが、協力はさせてもらいますよ。」
「謙遜するなって。窓際部署なんて言う奴もいるがな、俺はお前らの実力を買ってるんだ。でなきゃ開拓班のトップ様が直接頼みになんて来ねぇよ。」
冗談めかして言うが、買ってくれているのは本心のようだ。このお方は何か勘違いしている。今まで結果的にどうにか上手い事転がっただけで、その実どたばたで常にその場しのぎだ。昨日のように。
「で、何させようってんです?」
「事故転生者の救出だ。」
やっぱり行くのか、未開拓エリアに。
「お前らにはウチの二人と一緒に現地へ行ってもらう。ウチの二人が帰り道を手配している間に、事故転生者の生存確認・救出を頼む。」
「そっちの二人は誰が行くんですか?」
「ブラストとトイズの二人だ。」
「えー、あのトレハン兄弟っスか?あいつらテンション高くて苦手っス。」
しかし開拓班で最も腕の立つ二人でもある。
「分かりました。準備出来次第、出ます。」
「迅速に頼むぜ、もうすっ飛んでから十八時間は経ってる。」
行く事になってしまった以上、急いで行かねば。未開拓エリアでうっかり死なれると、何処にすっ飛ぶか分からない。追い切れなくなってしまう。さっさと準備を済ませて二人と合流しよう。まあ準備といっても着替えるくらいだ。いつもならば行く世界に合わせ、違和感の無い服を選ぶ。だが今回は未開拓エリアのため、どんな世界か分からない。そういった場合はスーツで行く。理由は特に無い、何となくだ。
「スーツで行くの初めてっス。」
「お前は別にスーツじゃなくてもいいんだぞ。」
異世界は数多あれど、スーツでうろついて浮かない世界なんて殆ど無い。いくら行き先がどんな世界か分からないからといっても、スーツを選ぶのはあまり得策とは言えない。俺がスーツを選ぶのは、様式美というか…本当に大した理由は無い。
「絶対スーツが良いっス。」
「なにゆえ…。」
「かっこいいからっス。」
さいですか。
「どれにする?一応、防弾にしとけよ。あんま意味無いだろうけど。」
「じゃ、これが良いっス。ジョン・○ィック仕様。」
「それ防弾だけど、食らった時クソ痛いらしいぞ。」
「食らわないので大丈夫っス。」
さ、さいですか…。
「先輩のは、キン○スマン仕様っスね。傘もセットっスか?」
「そんな物騒なモノは持って行きません。」
「えー。」
準備完了。開拓班の二人と合流しよう。
「オイオイ二人とも、スーツなんか着てドンパチしに行く気かよ!!」
「穏やかじゃねーなオイ!!」
開拓班のトップエース、兄ブラストと弟トイズ。転生可能異世界発見数一位。通常、新たな異世界を探す作業と、発見した異世界が転生可能か調査する作業はそれぞれ別のスタッフが行うが、この兄弟は発見から調査まで二人でやってしまう。いつしかトレジャーハンターなんて称号が与えられ、今では『トレハン兄弟』と呼ばれている。
「どうしたらスーツから銃撃戦に繋がるんだ。イメージ偏り過ぎてないか。」
「今着てるそいつが防弾じゃなかったら、考えを改めるぜ。」
「お見逸れしました。」
外見では判別出来ない筈だが、流石トレハン兄弟と言うべきか。
「それじゃ、お前らに依頼する任務を説明するぜ。と言ってもやる事は一つ、事故転生者の救出だ。」
「まず俺達とお前らは別の場所に飛ぶ。俺達は帰り道を手配するのに最も適した場所、お前らは事故転生者の目の前だ。どっちも遠隔で調査するのに苦労したぜ。現地で探索する方が億倍楽だな。」
「全くだ。俺達ぁオペ子じゃねーってんだ。で、お前らはそのまま事故転生者を保護してくれ。一応資料は渡しとくが、目の前に飛ばすんだ。到着したらそこにいる奴が保護対象だ。」
テンポ良く交互に喋る息の合った兄弟。二人の腕は信頼しているが、そんなにピンポイントで飛ばせるのか。行った事無い場所でも。
「そう上手くやれるんスか?未開拓エリアっスよ?」
「実を言うとな、俺達も不安だったんだ。だがラッキーな事に、半径五キロ以内に人型の生命体が二人しかいねーんだ。というか、生きてる奴がこの二人しかいない。」
「つまり運悪く二人一緒にいてもどっちかが保護対象ってこった。」
「ちょっと待て。半径五キロ以内に動物がいないどころか、植物すら生えてないってのか。」
「そういう事だ。どんなヤベー所かワクワクするな!!」
勘弁してくれ。何故か事故転生者は生きてるが、十中八九危険地帯って事じゃないか。
「その半径五キロ圏外に飛んだ方が良いんじゃないか?」
「結局その後そこに入らなきゃいけないんだから、最初から飛んじまった方が良いだろ。保護対象本人が生きてるんだから大丈夫だって。」
嫌な予感しかしねーよ。
「保護したら俺達と合流だ。アレはちゃんと持ってるな?」
「大丈夫だ、問題無い。」
「先輩、その台詞は死亡フラグっス。」
「こいつが『一番いいの』だから大丈夫。」
そう言って懐から人形を取り出す。
「ジュゼっぺ人形!!」
スルガの目の色が変わる。そういえば欲しいとか言ってたな。
「よし、これは良い子にしていたスルガちゃんにあげよう。」
「ひゃっほう!!先輩愛してるっス!!くれなくても愛してるけど!!!!」
喜んでくれて何よりだ、一言余計だけど。
「オイオイ、すぐ連絡出来るように俺達のどっちかに合わせとけよ。」
「そうだな。今のうちに合わせとくか。」
俺はジュゼっぺ人形の鼻に触れる。
「ブラストに接続。」
……おや!?
ジュゼっぺ人形の ようすが……!
「はっ!?まさか!!」
スルガが慌てふためく。
「やっ!やめるっス!!Bボタン!!Bボタンは何処っスか!!?」
「そんなものは無い。」
おめでとう! ジュゼっぺ人形は
ブラスト人形に へんかした!
「酷い…こんなの…あんまりっス。」
膝から崩れ落ちるスルガ。
「よーし準備出来たな!!」
「説明は以上だ。質問はあっても答えてる暇無いぜ!!」
「じゃ飛ばすぜ!!」
「問答無用かよ!!」
俺のツッコミと同時に、俺達はすっ飛ばされた。