招かれざる客人
「――こら、扉を閉めるな!」
「いえ、この家は留守ですので!」
堂々と居留守を使いながら、扉にもたれて考える。
(なんで、彼がこんなところにいるわけ?)
昨日も国王の後ろにいて、クリストファーを懸命に抑えていたが、シルヴィには敵意を向けていた。
その彼が、昨日の今日でなぜここにいる。
(あ、いや……王族なら転送陣の一つや二つ、ぱぱっと作れるわよね……)
遠い目をして、ため息をひとつ。
転送陣は描く際に魔力を消耗し、発動させる際にもまた魔力を消耗する。描くのにも発動させるのにもけっこうな魔力を必要とするため、活用できる者は少ない。
王族や貴族は、平民と比較すると魔力が多く、聖エイディーン学園が基本的に王族貴族しか入学を許さないのもそんな事情からだった。
カティアや現メルコリーニ公爵夫人のようなレアケースも存在するが、どこかで貴族の血が混ざっていることが多いと聞いている。
「……まずは、謝罪に来た」
シルヴィが背中を預けている扉の向こう側から、そんな言葉が聞こえてくる。
(王家を代表しての謝罪――ではないわよねぇ……)
それなら昨日、クリストファーが退室させられたあと、国王夫妻から直々にいただいている。
今さらエドガーが来る必要はないはずだ。
「謝罪って何を?」
「……昨日の俺の態度についてだ。一方的に婚約を破棄された女性にとるべき態度ではなかった」
どうやら、一晩たって頭が冷えたらしい。素直に謝罪しにくるあたり、クリストファーとは少し違うらしい。
と、一瞬見直しかけたが、次の言葉で台無しだった。
「だが、お前の王家に対する不遜な態度は別問題だからな!」
「あのくらい、いいじゃない」
不遜な態度と言われても。
王家はともかく、クリストファーに対しては尊敬の念など消え失せている。思いきり挑発したのも否定できない。
(……ものすごーく、楽しかったのは否定できないけどね!)
王妃様直々に叩き込まれた扇の使い方を思う存分発揮できたのは楽しかった。
昨日の自分は、実に『悪役令嬢』ぽかったのではないかと思う。
「……そういうことで。じゃあ、謝罪は受け取ったのでけっこうです」
「――それともうひとつ」
今まで自分の背中を預けていた扉を開いたら、しかめっ面のままのエドガーは、すぐそこに立っていた。
「こんなところで、何を企んでいる?」
真正面からそんな問いをぶつけられて、シルヴィも困惑する。
(何を企んでいると言われても)
企んでいることなんて、何もない。
とりあえずはスローライフを堪能するためにここに来ているわけで。
なお、実家の両親もしばしば遊びに来るつもりではいるらしい。娘の一人暮らしが心配なのだそうだ――強盗が押し入ったとして、押し入ったことを後悔する羽目に陥るのは間違いなく強盗の方だとしてもだ。
「何を企んでいると俺は聞いているんだが?」
不機嫌そうに、エドガーは眉を上げる。
黒髪を兄より無造作な形にセットしていることをのぞけば、二人はよく似た兄弟だった。背は高め、鍛え上げられた体躯。
「……別に、何も」
「何もってことはないだろう」
「そんなことを言われても、わたくし、ここで一人暮らしを始める予定でしたのよ? 他意はございませんわ」
元冒険者シルヴィではなく、王族を前にすれば自然と出てくる公爵家令嬢シルヴィアーナとしてのふるまい。長年の間、身についた習性は、簡単に抜けるものではないらしい。
(……って、もう私はシルヴィなんだし!)
慌てて気を取り直した。
シルヴィ・リーニ。元S級冒険者。
現役中の主な活動地域は王都近くのダンジョンだった。若くして惜しまれつつも冒険者家業は引退。
夢だった農場を始めるところだ――というのが、シルヴィ・リーニの設定だ。
基本的には嘘はついていない。公爵家の娘であるという肩書を勢いよく放り出してしまっている一点をのぞけば。
シルヴィの返答に、エドガーはますます不機嫌そうな顔になる。
「だが、わざわざ国境近くの町に来る必要はないだろう。王家にあれだけの喧嘩をふっかけたんだからな。何か企んでるんじゃないのか?」
「あれだけの? 喧嘩? はぁぁ?」
シルヴィの声が裏返った。
喧嘩をふっかけたのは、シルヴィではない。売られた喧嘩を買っただけ。
「婚約者としての扱いをしてもらえなかったのは私。公衆の面前で踏みつけにされたのも私。正式な手続きをとるのではなく――卒業式の場で、破談を言い渡されたのも私。喧嘩を売ってきたのは、クリストファー殿下の方でしょうに」
その言葉は、エドガーの耳には痛かったらしい。彼はうっとうなってしまった。
「――たしかに。今の俺の言動も誉められたものではない。すまなかった」
またもや勢いよく頭を下げるものだから、シルヴィの方も面食らう。王族たるもの、そう簡単に頭を下げない方がいいんじゃないだろうか。というのも余計なお世話だろうが。
「シルヴィ・リーニという冒険者、名前だけは知っていたが、まさかお前とは思わなかった。名を隠す以上、何か目的があると思うにきまっているだろうが」
今度は違う方面から攻めてきた。シルヴィは肩をすくめた。
「そりゃ、わからないようにしてましたからね。卒業式の時にも言いましたけど、公爵家のご令嬢が冒険者やってるだなんて醜聞もいいところでしょうが」
魔物から民を守るための技量を身につける必要はあっても、冒険者として活動するのは外聞が悪い。初代メルコリーニ公爵は例外中の例外だし、冒険者としての能力さえあれば、平民でも配偶者として迎えるのも例外中の例外だ。
「だったら、なぜお前はそれを許される?」
「ダンジョンに潜るよう要求してきたのは、前国王陛下ですからね。ダンジョン産の野菜が必要なんですって」
前国王が高齢になって政務が務まらないからという理由で、退位したのが二年前のこと。それ以前から、王家はシルヴィの能力には気づいていた。
ダンジョン産の野菜は、栄養価が非常に高く、また様々なポーションの材料としても使われる。冒険者達がダンジョンから採取してきた野菜も、市場で普通に流通している。普通に農家が育てた野菜の数倍の値はついているが。
そのため、高齢の前国王夫妻の健康を守るために、前国王夫妻の食事については基本的にダンジョン産の野菜が使われていた。
シルヴィがダンジョンに大根を掘りに行ったり、芋を掘りに行ったりしていたのも、王家からの依頼を受けてのことだ。
「それなら、お前はここで何をしてるんだ?」
「何をって隠居生活です。学生生活に冒険者稼業、おまけに公爵家の娘としての義務もおろそかにはしませんでした。隠居してもいい頃合いだとは思いません?」
それは偽らざる本音。
自分のペースで生きたいと思って、何が悪い。
シルヴィの返答に、エドガーは目を見開いた。
「は? 隠居生活?」
「はい、隠居生活です」
「ふざけるなよっ」
いきなり声を荒らげ、エドガーはシルヴィの方に一歩踏み出す。
ふざけるなと言われても。
いろいろと面倒だなと思いながら、一応事情の説明だけはしておこうと思った。
お読みいただきありがとうございます!
小説家になろうでの連載が久しぶりなので、どきどきしていたのですがブックマーク300件超えました。
誤字脱字の連絡もいつもありがとうございます。自分では見落としがちなので、とても助かります。
最後まで書きあがっているのを、修正しながらの投稿になりますのであまりお待たせせずに更新できると思いますが、ご意見ご感想お寄せいただけたら嬉しいです。
今後もどうぞよろしくお願いします。